第38話 逃避行
さて、彼女を連れてどこか遠くへと言った所で、こっちとしては感情任せのノープラン。
小一時間ほど、
「あー、所で
俺の質問に、彼女はしばらく目を伏せた後、ポツリとこう言った。
「あなたの……お家に行ってみたい」
「家? 俺んちか?」
別に観光名所という訳でもない、何処にでもあるただの家だ。だが、
「まぁ、別にいいけど」
取りあえずは、そこをめざし、落ち着いたら改めて行く場所を考えるのも手段の一つだ。
「ん? ところで
今更になって気が付いたが、
「みんなが……渡してくれた」
「みんなが? 開けてもいいか?」
「金だ……」
溢れるほど、とまではいかないまでも、ふたりがしばらくの間身を隠すには、十分なほどの現金などが収められていた。
「恩にきります」
突発的に出てきた俺は、旅の準備なんて何一つしてやしない。
俺はみんなからのカンパをありがたく受け取った。
「?」
「ん? どうした?
彼女は携帯食のひとつを手に持っ――違う、それは携帯食じゃなかった、どこまで薄く出来るかを競うゴム製のアレだった。
俺は彼女の手からそれを奪い去ると、遠い空へ向けてほうり投げた。
「たちの悪いジョークグッズだ、今は必要ない」
あれを仕込んだのはどこのどいつかを想像しながら、荷物を積み直す。おそらくは男性職員の誰かだろうか、時と場合を考えて欲しいものである。
彼女はまだ13歳、そんな事をいたしたら、色々な点でアウトである。
「しかし、俺んちか、となると結構な距離があるな」
携帯食をつまみつつ、今後の旅程を考える。
俺が本気で走れば半日ほどで着くだろうが、おぶっている
一番いいのはタクシーなりを捕まえる事だろうが……。
俺はちらりと、ドラゴンキラーとジャッジメントアイを見る。
いくら帰還者に寛容な世界になったとはいえ、こんな物騒なものを持ち歩く少年少女の二人連れを気安くのせてくれるタクシーなんて無いだろう。そもそもサイズや重量的に普通車には乗せられない。
「どこかで野宿をしながら、ゆっくり目指すのが最適かな?」
幸いと言っては不謹慎だが、終焉の獣の出現によって半壊状態の家はそこら中に溢れている。雨風をしのぐためにちょっとお借りするぐらい問題はないだろう。
「それにしても、家かー、いつ以来の事やら」
あの日、
久しぶりの里帰り、そう考えるとこの逃避行も少し前向きなものになってくる。
今はもう誰も住んでない、荒れ果てた家になっているだろうが、それでも俺にとっちゃ大切な場所だ。
「もう大丈夫? それじゃあそろそろ出発するか」
俺の問いに彼女はこくんと頷いた。
★
終焉の獣の爪痕残る人気のない街を歩いていく。
多くの命が失われた……いや、命だけじゃない、その人が生きていたという事さえ人々の記憶から消え去ってしまう恐るべき厄災。
かつては大勢の人で賑わっていた都市部だが、いまや文明の墓場と化した。
その重要なファクターとなる少女と一緒に俺は進んでいる。
もしかしたら、そんな事はただの偶然で、獣と
だが、あの
熟考に熟考を重ね、余分な可能性を排除していき、やっとのことたどり着いた結論がそうだったのだろう。
それは目をそむけたくなるような結論だったに違いない。何度も何度も計算をし直したに違いない。その上で司令官は大義に基づき冷徹に結論を出し、俺は感情に任せてそれに反対した。少女を救うために世界を敵に回したのだ。
だが、後悔はしない。してやらない。
少しでも立ち止まれば、後ろからそれが手を伸ばしてきそうになるが、それでも俺は少女との愛を選んだ。
否応なしに異世界に送られ、流されるまま戦いに身を投じたけど、この決断は自分自身が選んだものだ。
「今日はここにお邪魔しようか」
夕闇が世界をあかね色に染めた頃。壁のひとつに大穴があいている民家の前で立ち止まる。
ここまで壊れていたら流石に住民なんて居ないだろう。
もしかしたら、この世からも居なくなっているかもしれないが……。
「おじゃましまーす」と控えめに声をかけ、壁に開いた穴から恐る恐る侵入する。幸いなことに内部に人の気配はなく、また一面に血の跡が残っていると言う訳でもなかった。
どうやらこの家の人は無事に脱出できていたようだ。
「
俺としてはかなり気を使って歩いて来たとは思うが、何しろ籠の鳥のような生活をしてきた彼女だ。背負われていただけとは言え体力は消耗する。
俺の問いかけに、彼女はこくりと頷いた。
(……心なし、元気が無いような気がする)
彼女との付き合いはそう短いものでもない、些細な表情の変化から彼女の具合を読み取れる程度にはなっている。
「大丈夫か? 無理しなくてもいいんだぞ?」
俺はそう言って、彼女の真っ白な髪を優しく撫でる。雪人形をなでるように、優しく、優しく。
壊れてしまわないように、溶け落ちてしまわないようにと祈りながら。
だが……。
「こほっ」と彼女が突然咳き込んだ。
「大丈夫か!
俺は彼女の背をさすりながら、ごそごそと彼女が背負っていたリュックサックを漁る。
この中には金と食料の他に、薬箱も入っていた筈だ。
「えーっと、どれだ? どれだ? 風邪薬でいいのか? それとも咳止め? それとも?」
リュックサックの奥底にあった薬箱は見つけたものの、どれを彼女に飲ませていいのか分からない。こんな事なら
すると、彼女は振るえる指で、とある薬を指さした。
「これか? これでいいのか?」
俺は彼女の指示通りに淡いピンク色した錠剤を取り出し、彼女に飲ませてやる。
俺の指が彼女の小さな唇に触れると、彼女はこくりとそれを飲み込んだ。
「ほら、水だ、
ペットボトルを彼女の唇に添えると、彼女の小さな喉がこくりこくりと動き、ゆっくりとそれを飲み込んでいく。
俺は彼女の背中をさすりながら、薬箱に目を落とす。
謎の薬の残りは9錠。これが市販薬ならいいのだが、そうでない場合、追加の薬を取りに戻らなくてはならない。
(まぁ、そん時はそん時だ)
薬を飲んで落ち着いたのか、それとも旅の疲れが出たのか。彼女はこくりこくりと舟をこぎ始めた。
俺は、彼女をそっと持ち上げ、ソファーへと運ぶ。
その時だった。
壁に開いた大穴から、目を焼くようなまばゆい光が差し込んできた。
「くッ!」
まさか! もう追いつかれたのか!?
俺は彼女を隠すように、立ちふさがった。
「あっはっは。逃避行は楽しめたかい? それともお楽しみの真っ最中だった?」
逆光に照らされたその中には、太陽の黒点の如き漆黒の鎧があった。
「テメェは……」
俺は歯を食いしばりながら、そいつを睨みつけた。
黒騎士。
俺の家族、そして
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