第37話 大義と我欲

かすみをわたす訳にはいかん。彼女は人類の希望なのだ」

「生贄の何処が希望なんだ!」


 俺は目の前の巌のような男に食って掛かる。


「もはや、これは決定事項。

 理解しろなどとは言わん。その我欲を押し通したいのならば、自らの武でもって示すがいい」


 源十郎げんじゅうろう、いや解放戦線司令官はそう言って構えを取る。


「殺す気で行くぞ」


 彼はそう言うなり突っ込んできた。


「くッ!」


 彼は確かに強い、だがそれは一般人の枠内だ。俺の拳が当たってしまえば、跡形も無くはじけ飛んでしまうだろう。

 その一瞬の躊躇は大きな隙となった。


「がッ!?」


 顔面が爆散したかと思った。

 衝撃は、頭の内部ではじけまわり、俺はフラフラと後ずさった。

 この打撃の感触はかつて味わった事がある。

 そう、オルトロスの片割れ、市兵衛いちべえと同種のものだ。


「俺の発勁の前では、幾ら外皮が硬くとも同じことだ」

「がはッ!」


 続いて喉、鳩尾、下腹部の三発同時に衝撃が走る。

 その衝撃は、内部を破壊する衝撃で、威力に合わせて背後に飛び去る事が困難な打撃だった。


「つッ!」


 これ以上はヤバイ、俺は反射的に拳を振るった。


「フンッ!」


 安易な一撃を後悔する間もない、視界がぐるりと反転し、俺はアスファルトへと叩き付けられた。


「がっ!?」


 そして、大きくバウンドした俺の背中に打撃がくわえられる。

 かと思えば今度は逆、肘が顔面を貫かんと言う勢いで振って来た。


 だが、今度は何とか覚悟が間に合った。俺は歯を食いしばり、顔の前で両腕を交差させる。

 戦槌のような一撃が俺の両腕に打ち込まれ、俺は再び地面にたたきつけられる。

 しかし、今度は不恰好ながらも受け身を取り、ゴロゴロと地面を転がり回って、追撃の範囲から逃れる。


 よろめきながらも立ち上がった俺に、司令官は真っ直ぐと歩いて来る。

 強い……強いとは思っていたが、これ程とは。

 力、速さ、耐久力、そのどれもが俺の方が遥かに上の筈だ。一撃、そう、一撃当てれば勝負はそれで終わりだろう。

 だが、練り上げられた功夫が、埋めようのない戦闘経験の差が、遥かな高みとなって存在していた。


「分かったぜ、こっちも殺す気で行く」


 俺は口から流れる血を拭いながらそう言い構えを取る。


(一撃だ、一撃で良い)


 威力よりも、速度と正確性を重視した結果。利き腕右手を前にした、サウスポースタイルで構えを取る。

 狙うは右のジャブ。それが司令官の体のどこかにかすりでもすれば終わりだ。

 じりじりと距離が詰まっていく。

 さっきの明日香あすかとの我慢比べとは真逆の展開だ。

 俺は司令官が射程距離内に入るのをじっと待つ。


 と、突然司令官の姿が目の前に現れた。


「なっ!?」


 もちろん目を離したわけでもない、それまで一定のペースで歩いていた彼が突如ワープしたかのように俺の眼前に現れた。

 そして、また三連撃の衝撃が走る。

 やはり市兵衛いちべえと同じスタイル、いや司令官の方がよほど洗練されて威力も上だ。


「くそっ!」


 俺はなりふり構わずに、司令官に抱き付きかかる。

 だがそれは、あっさりとかわされて、背中に肘を打ち込まれた。


「がッ!」


 体内でグレネードが爆発したような痛みを無視して、裏拳を放つ。

 だが、そこに司令官の姿は無く、足元をすくわれる。


 そして、靴の底が俺の顔面に――


「あああああ!」


 俺はそこ目がけて全力の頭突きを食らわせた。

 メキョリと何かが砕けた音がする。


「ぬぅッ!」


 司令官は、その反動を利用して大きく宙に舞ったが、十分なダメージは与えられたようだ。

 彼は右足を地面から浮かせて、片足で構えを取った。


「もう終わりです、その足じゃ勝ち目はない」


 俺はふら付きながらも立ち上がり、彼に向ってそう言った。


「嘗めるなよ、小僧」


 だが、彼の戦意は一辺も欠ける事無く、燃え上がる瞳で俺を睨みつけて来る。


「止めてください、貴方を殺したくない」

「なら、かすみは諦めろ。彼女がいる限り、世界の危機は無くならない」

「そんな事!」

「それが事実だ、それが俺の大義だ。俺は世界の為、かすみを差し出すと決めたのだ」

「そんな……事……」


 彼が言っていることは正論だ。だが、そんな言葉に納得できない自分がいる。

 俺が言っているのはただの我儘、我欲に過ぎない。

 それでも俺は……。


「それでも俺は、かすみを失いたくはない」


 俺は司令官を真っ向から見据えてそう言った。


「ならば来い!」

「うあああああ!」


 俺は、司令官の声に誘われるように真っ直ぐに突っ込んだ。

 彼は傷ついた右足を地面に食い込ませるように下ろしながら、正拳突きを放ってくる。

 だが、その左拳は、おれの右ジャブによって爆散した。


 ★


「大丈夫、ボスは気絶しているだけだ」

「そうですね、驚異的な体力です」


 打撃の衝撃で吹き飛ばされた司令官にいぬいさんと綾辻あやつじさんが、そう診断を下す。


「後の事はこっちでやって置く。お前はお前で好きにするんだな」


 いぬいさんは俺に背を向けたまま、そう言ってひらひらと手を振った。


「そうね、そう言う事。司令官はどうせ義体化手術を受けるだろうし、ちょっとしたら元通りよ」


 明日香あすかはそう言って、俺にジャッジメントアイを手渡して来た。

 俺はそれを受け取ると、スリングを肩に通し、右手でドラゴンキラーを握りしめた。

 そして……。


「行こう、かすみ


 開いた左腕で、少女に手を差し伸べる。

 少女は、司令官、そして皆を見て、しばらく考え込んだ後、その小さな手で俺の手を握り返してくれた。

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