第36話 敵と味方
「
「さて、それは僕にも分らない。ただ、彼女の生理周期と獣の発現周期が同期しているのは確かだ」
「彼女に……何の罪があるというのですか」
絞り出すような
「アンタが言った通りだった。かつて
生命力の乏しい彼女だ。もし、あの臓器を全摘出するようなことになれば、彼女の命は間違いなく消えてしまうだろう。
だが――」
「だが! 何というのですか! その様な不確実な根拠でひとりの少女を犠牲にするというのですか!」
「だが、そう、だが……だ」
その言葉と共に、研究室のドアが開き、ひとりの大柄な男が入って来た。
「司令官……」
「ボス?」
「だが、だ。『大を生かすために、小を殺す』人類の歴史の中で幾度となく突きつけられてきた命題であり、目をそらすことのできない真実だ」
「私は……私は認めません!」
少女に、自分が失った娘の面影を重ねている。言われてみればただそれだけの理由かもしれない。だが、人として医師として、幼い少女を犠牲にして助かるような事はごめんだった。
「くッ!」
「残念だが、この事については既に協議会とも結論が出ている事だ。
彼女の身柄はむこうへ引き渡すことになっている」
「そんな! そんな事私は許可しません!」
そう言って彼女は必死に彼の手から逃れようとするが、彼女の胴ほどもある丸太のような腕からは逃れられない。
「貴方はそれでいいのですか! あのように幼い子を! それも! 我が子を殺めた組織へと引き渡すことが!」
「全てはッ! 全ては人類が生き残るためだッ! その為には外道の名を甘んじて引き受けようッ!」
★
「そんなこと……させる訳にはいかないッ!」
イヤホンから流れ聞こえる一連の会話を耳にしながら、俺は一直線に突っ走っていた。
彼女ひとりの命と、人類の命運。それらを秤にかければ、立場ある者ならばその答えは決まっているのかもしれない。
「だけど……! 納得できるわけないだろッ!」
最初に記憶にあるのは、彼方の世界で幾度となく見た夢だ。
あの澄んだ瞳のおかげで、俺は人としての理性を失わずにすんだ。
こちらに帰って来て、実際に会ってからもそうだ。
家族と離れ、心細く暮らしていた俺に、彼女は只々寄り添ってくれた。
家族を、
「そんな少女を! 奴らに引き渡してなんかたまるものかッ!」
シュンという音が衝撃波を纏いながら、俺の傍を掠めていった。
解放戦線の本拠地についた俺を出迎えたのは一発の銃弾だった。
「そこをどけ、
彼女は義体化された右腕に、その華奢な体に不釣り合いな馬鹿でかい銃を持ちながら、正門の前に仁王立ちしていた。
「やっぱり、今のステータスじゃ、狙いを付けるのもままならないわね」
彼女はそう言いつつも、再度照準を俺に向ける。
彼女が手に持つのは、対終焉の獣用アサルトライフル・ジャッジメントアイ。
帰還者ならば、なんとか運用できる程度に軽量化されたレールガンだ。
「お前は、司令官側につくのか」
俺は彼女を睨みつけながらそう言った。
「冷静になりなさい、
「わがままだと? わがままだというのかッ!?」
俺は吐き捨てるようにそう言った。だが、彼女は冷たい瞳で俺を見返す。
「当然よ、終焉の獣の出現以来、世界人口はおよそ2割減少したわ。これ以上の犠牲は看過できない」
「でもッ!」
「その元凶に味方するという事は、この世界を敵に回すという事よ」
彼女はゆっくりとトリガーに指を当てながらそう言ってくる。
彼女が言っていることは、全くの正論だ。文句のつけようのないただの事実だ。
このまま獣の好きにさせていれば、この世界は、俺が行った未来の日本のようになってしまうかもしれない。
だが……だが……。
「これが最後通告よ。大人しく私のいう事に従いなさい」
ジャッジメントアイの照準が陽光を反射してきらりと光る。
いくら俺のステータスが向上したといえ、あの一撃を食らっては五体満足と行かないだろう。あの銃はそう言う風に設計されている。
だがッ!
俺は、
「武器を捨て、両手を上げて投降しなさい!」
「断る」
ああ、断る。断固としてだ。
少女を生贄にしないと滅んでしまうような世界なんてこっちから御免こうむる。
そんな世界は、あの地獄のような世界以下だ。
「止まらないと撃つわよ!」
「撃つなら撃て!」
既に一即一切の間合いはとうに過ぎ、銃口は目と鼻の先。俺はそれでも彼女から目をそらさずにそう言った。
「なぜ、そこまで彼女に固執するの?」
「そんな事は決まっている。人の命が地球より重いかどうかは知らないが。人を愛することは命がけってことだ」
そうだ、いつも俺に寄り添ってくれたあの少女。
俺は彼女を愛しているんだ。
俺がそう言うと、
「まったく、とんでもないロリコンね」
「失礼な、愛に年齢なんか関係ない」
それに彼女は13歳で、俺は17歳。たった4歳差でしかない。その位の差、もう5~6年たったら誤差だ誤差。
彼女が銃を下ろしたのを合図に、ビルからどやどやと人が現れて来た。
そして、その中心には雪の少女の姿があった。
★
「これは、どういう事だ?
「ああ、すまんねボス。僕としたことが無線機のスピーカーをオンにしたままだった」
正面ゲート付近で起こる騒動を監視カメラ越しに映し出しながら、
「終焉の獣を放置することが、人類にとってどれだけの脅威なのか分からぬお前でもあるまい」
「だから
それにボスだって本心は――」
「本心は決まっている。俺はこの世界を守る」
★
「さあ、そんならとっとと何処にでも行きなさい。私たちの事は気にしなくていいわ。高々醜い化け物程度、人類の総力を上げればどうってことないわ」
「
「それと、さっきの台詞は彼女に直接言ってあげる事ね。女はいくつだってレディなのだから」
彼女はそう言ってとびっきりのウインクをした。
「
俺は雪の少女に呼びかける。
だが、彼女にしては、とてもとても珍しく、困ったように目を伏せていた。
「
俺はドラゴンキラーを地面に突き刺し、彼女に両手を差し出し――
「おままごとはそこまでだ」
その声と共に、上空から飛び降りて来るものがあった。
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