第39話 仇
何故だ? どうして此処がばれた? つけられていたのか?
様々な疑問が頭に浮かぶが、それよりなにより、一番の大事は
はらわたの煮えくり返る話だが――奴は強い。
おまけにスキル無効化スキル無効化装置を装備している以上、俺のとっておきは役に立たない。
「どうして、ここが分かった」
俺は時間稼ぎにそんな質問をした。すると奴は嬉しそうに口を歪めて話し出した。
「まったくおめでたいねぇ、誰もが皆君たちの旅路を歓迎したとでもいうのかい?」
奴はそう言って
なるほど、そう言う事か。小型の発信機がリュックサックのどこかに縫い付けられていたんだろう。
「貴様らは、大勢の人間を殺しただけでは飽き足らず、
「あっはっは。元凶たる巫女を匿おうって君に言われたくはないね。
その少女が生き続けることで、どれだけの被害が出るのか想像がつかないほど君の頭はお花畑なのかい?」
「それがどうした、俺たち帰還者の役割は、獣狩りだ。こんな少女を手にかける為じゃない」
「おやおや、開き直った人間ってのは怖いものだね。まぁ安心しなよ、その少女を直ぐに殺そうって訳じゃない」
奴はそう言って肩をすくめる。
そう言えばそうだ、
「なにが……狙いだ」
不気味な予感を感じつつも、俺はそう奴に尋ねた。
「うふふふ。むしろその少女には死んで貰っちゃ困るって事さ」
「?」
なぜだ? 協議会の狙いは、終焉の獣の殲滅の筈だ。その為には
すると、奴は意気揚々と話し始める。
「僕たちが自由気ままに生きるには、明確な敵が必要って事さ」
「貴様ら……まさか」
「そう、その少女にはどんなことをしても生きてもらう。生きて生きて生き抜いて、永遠に獣を生み続けてもらう」
奴は陶酔した表情を浮かべそう言った。
バカげてる、ふざけてる。奴は、奴ら協議会は、人の命なんて毛ほどの価値があると思っちゃいない。
一般人、いや自分たち以外の帰還者でさえ、ただのNPCとしか見ちゃいない。
この世界をかつて自分たちが主役だった異世界へと塗り替えてしまうつもりなのだ。
「それが……貴様らの考えなのか」
「その通り」
透き通るような声と共に、ひとりの西洋人が姿を現した。
「貴様は……ヴィクター」
「おや、私の事をしっているのかい? それは話が早くて助かるよ」
奴はそう言って、この場に似合わない爽やかな笑みを浮かべる。
ヴィクター・D・オルドリッチ、協議会のボスにして最強の帰還者と名高い男だ。奴の顔をニュースや新聞で見ない日は無いと言っても良い。
「貴様は、本気でそんな事を考えているのか?
この世界を、異世界と同じような世界にして、ヒーローごっこをするのが望みなのか?」
俺の問いに、ヴィクターは柔らかな笑顔を浮かべてこう言った。
「私が望むのは、人類の革新だよ。この世界を変容させるのはその手段に過ぎない」
「なんだと?」
「そもそも、この世界には生きる価値の無い人間が多すぎる。
終焉の獣は一年で2割減らしてくれたがね、まだまだそんなものじゃ足りやしない。
もっともっとふるいにかける必要がある」
「いかれてる……」
「世界と引き換えに、その少女を選んだ君にそう言われるとは光栄だ」
奴はそう言って肩をすくめた。
「私たちが必要なのはその少女、君の役目はここまでだ」
「そう簡単にいくと思うか?」
俺は傍に置いてあったドラゴンキラーを握りしめながらそう言った。
(奴らは、
だが、その未来は想像が付く、あらゆるスキル、あらゆる医療手段、ありとあらゆる事をして、
そこに彼女の意思などなく、人権なども毛頭ない。彼女は生きる装置として、永遠の時を過ごしていかなければならなくなる。
(そんな事はさせない)
俺はドラゴンキラーを握る手に力を込める。
……かと言ってどうする?
ここは逃げるのが最善だが、俺の戦闘機動に彼女の体力はついていかないだろう。下手をするとショック死してしまうかもしれない。
彼女はひとまずここに置いておいて、先に奴らを片付ける?
そんな事は無理だ、黒騎士だけなら可能かもしれないが、ふたりがかりで来られてはどうしようもない。
だが、奴らは俺に考えをめぐらす暇を与えてはくれなかった。
矢のような勢いで黒騎士が飛んでくる。
俺は反射的にそれを迎え撃った。
奴の二刀と俺の槍が交差する。
しかし場所が悪すぎる。俺の背後には
「ぼーっとしてんじゃないよ!」
「ぐッ!」
俺はその勢いのまま、壁をぶち破り家の外へと追い出されてしまった。
「くそっ!」
攻守は交代してしまった。今度は逆に黒騎士が
「そこをどけッ!」
「はっはー!」
流れ弾の心配がなくなった奴は、遠慮なしに魔法系スキルを使って攻撃して来る。
炎の鞭、雷の矢、氷の槍、あらゆる攻撃が俺を襲う。
「くっ!」
どれも当たればただじゃおかない攻撃だ、家を盾にしても高々木製の壁一枚ティッシュペーパーの様に易々と燃やされ、貫かれ、破られてしまう。
俺は奴の持つスキル無効化スキル無効化装置の範囲外へと逃げなくてはならなかった。
「待てッ!」
声を張り上げるも既に遅い。
ヴィクターは
「邪魔だッ! どけッ!」
俺は近くに止めてあった自動車を黒騎士に向かって蹴り飛ばす。
「はっ、その程度」
一瞬で自動車は火だるまになるが、その一瞬で十分だった。
奴の懐へと潜り込んだ俺は、奴の腰に付けられた、西洋鎧とは明らかに違った意匠の装置を蹴り壊した。
「くっ!」
「これでテメェは能無しだ!」
「たかが装置を破壊した程度でッ!」
剣戟が再開される。
再び奴の二刀と俺の槍が交差する。
とにかく奴を排除しなければ、ヴィクターを追う事はままならない。
あの日は手も足も出なかったが、俺はここ一年の獣狩りで十分なレベルアップを果たした。ステータス上では劣っちゃいない。
以前なら奴の一刀をまともに受けたらそれだけで俺の腕は吹き飛んでいただろう。だが、今の俺なら十分に戦える、抗える!
別々の意思を持った生き物のような二刀が、目もくらむような速度で風を切り裂き俺の急所に襲い掛かる。
奴の二刀は熾烈だ、その速度は、俺の目で追える限界ギリギリの速さだろう。
だが……。
だが、遅い!
受けをワンパターン化し、あえて作った隙に奴はまんまと引き込まれた。
狙いを定めた穂先が奴の指を殴打する。その瞬間トリガーを引き、奴の剣は切り落とされた指ごと地に落ちた。
奴の剣は速いが遅い。ステータス頼りで剣を振るってきたのがまるわかりな大振りの攻撃だ。
司令官のような、技術の粋を極めた起こりが見えない攻撃と比べると極めて読みやすいものだった。
「あああああ!」
奴は、切り落とされた指先を握りしめ、悲痛の雄叫びを上げる。
おそらく、奴は今まで戦場で傷みなんて感じたことはない筈だ。
その圧倒的なスキルとステータスを持ち、一方的に蹂躙を繰り返してきたはずだ。
でなければ、敵を目の前に、そんな無様な真似は晒さないだろう。
俺は、痛みに苦しむ奴の首に、鋭く尖った穂先を突き刺した。
「がっ?」
それが奴の残した最後の言葉だった。奴の首は胴からはなれ、地面にころりと転がった。
★
初めて、明確な殺意を持って人を殺したというのに、特に感情の変化は起こらなかった。
仇を討てた高揚感や、殺人と言う禁忌を犯した後悔よりも、今の俺にとっては
もしかしたら、俺も終焉の獣を殺し過ぎて、そこら辺の感覚が麻痺しているだけかもしれないが。
「とにかく奴を追わないと」
俺はヴィクターが消えた方向へと走り出した。
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