第33話 消えるもの
「ここは、もうお終いかな」
あちこちが破壊された地下基地を見ると、自然にそう言う感想が出てきてしまう。
ここまで破壊されたのなら、一から作り直した方が早いというものだろう。
敵帰還者によって溶かされ・抉られ・切り裂かれた通路。一部では、天板が崩壊して通行不能になっている。
敵味方問わず、死傷者の数は膨大なものとなる。通路は人間の赤い血と奴らの紫の血によって、奇妙なマーブル模様が描かれ、壁や天井を問わず、何らかの肉片がこびりついている。
……だれだって、好き好んでこんな所に住みたいとは思わないだろう。
「俺は……何処に行けばいいんだろう」
あのホテルでの戦いで、家族は帰らぬ人となった。その上、第二の家とも言えるここが消えてしまったら……。
胸に大きな穴が開いたような寂寥感を抱えながら、病人のようにフラフラと通路を歩く。
もう、ここでの戦いは終わった、そう思っていた。
だが、行き着いた先はまた別の戦場だった。
「エピ! 急いで!」
「血圧低下止まりません!」
「どいて下さい! 私が見ます!」
静けさを取り戻した通路とは違い、医務室は正しく戦場だった。
音声無しのモニター越しでは感じられなかった、命の輝きがそこに在った。
「ははっ、アンタは生きてたのね」
「
力無く笑う彼女は顔半分に包帯をグルグル巻きにした痛々しい姿だった。
それだけでは無い。よく見ると、包帯で巻かれた彼女の手の長さが左右不揃いだった。
「大丈夫……なのか」
頭が真っ白になって、そんな月並みな言葉しか出てこなかった。
「これしきの傷、なんてことないわよ」
彼女は少し口調をもつれさせながらそう言った。おそらくはまだ麻酔の効果が残っているのだろう。
「俺が……済まない」
あの化け物がどうして現れたのかは不明だが、少なくとも協議会の連中にこの地下基地がばれたのは俺の責任だ。
「なんでアンタに謝られなけりゃならないのよ、まったく自信過剰な新入りね」
彼女はそう言って柔らかな笑みを浮かべる。
「けど! あのタイミングからいって!」
「こーら、ここには怪我人が売るほどいるのよ、少しは声を抑えなさいよ」
「ああ、ごめん」
俺は彼女の視線をまともに受けることが出来ず、つい目をそらしてしまう。
「なにか勘違いしてるみたいだけどね、悪いのは協議会の奴らに決まってるじゃない」
彼女はそう言って口をとがらせる。
「確かにアンタは協議会の連中からたった一人で逃げ帰って来た。それを奴らに付けられていたのかもしれない。そんな状況になってしまったのはこっちのミスだし、そもそもが万が一の場合の訓練も欠かしてない。
もちろん私に手を出して来た奴らは遠慮なく返り討ちにしてやったわ」
彼女は満足げにそう笑った。
けどなんだ? 今の発言に違和感が……。
「そんな事よりアンタ、
「
ドタバタの極みで、アイツの事を忘れていた。
「えーっと、さっきまで
俺は身を起こそうとした彼女をベッドに寝かし、
★
「こんな所にいたのか、
雪のような真っ白のワンピースを所々赤と紫で滲ませた姿で、彼女は正面ゲート前に佇んでいた。
俺がそう声をかけると、彼女はゆっくりと俺に振り向いて来た。
その瞳は相変わらず何処までも純粋で透き通っており、自分の内を何処までものぞき込まれている様な気分になる。
「色々な……事があったな」
相変わらず俺は無力で、色々なものを失ってしまった。
だが、霞はその言葉には反応せず、ただじっと俺の目を見つめて来るだけだ。
色々なモノを失った。それでも彼女は『残るもの、繋がるもの』があるというのだろうか。
ところが、彼女はフルフルと首を横に振った。
「え?」
彼女はテレパスだ、俺の心を読んだのだろう。だが、何に対して首を横に振ったのだろうか。
「終焉の獣」
俺が尋ねる前に、彼女は聞き覚えの無い名前を口にした。
「獣に食べられると消えちゃうの」
彼女はそう言い悲しそうに目を閉じた。
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