第32話 終焉の獣

「ふふ、はっはは、はっはっは!」


 協議会の指令室にて、ヴィクターはモニターに映し出される地獄のような光景を見ながら、まるで大好きなおもちゃを買ってもらった少年の様に大笑いした。


「来たか、やっと来たか! 待ちくたびれたぞ!」


 上機嫌なヴィクターに、メルビンはモニターを食い入るように見ながらこう言った。


「あれが、総帥のおっしゃっていた『終焉の獣』という奴ですか」


 その先では、例の化け物終焉の獣、に組みつかれ、装甲を食い破られる戦車の姿があった。


「ああそうだ、私が行った世界は、奴によって食い滅ぼされた」


 ヴィクターは机に置いてあったコーヒーカップに手を伸ばしながらそう笑みを浮かべた。


「私が行かされたのは、いわゆる剣と魔法のファンタジーな世界でね。天には月がふたつあり、地にはモンスターが闊歩するような世界さ」


 ヴィクターはコーヒーを一口すすると、その味に満足したのか眉をピクリと持ち上げた後、そう話し始める。


「私をその世界に派遣した担当は少しルーズな性質だったようでね、最初は言葉が通じずどうでもいいトラブルに襲われたりもしたものだ」


 過去を思い出し、彼はくつくつと含み笑いをする。


「まぁ、未知の言語を習得するにそれほど時間はかからなかった。自慢じゃないが、言語の習得に苦労したことは無くてね」

「そうですか、僕の場合はそのあたりはサービスでやってくれましたからスムーズでした」


「それは羨ましい」ヴィクターはそう笑って話を続ける。


「その世界、ユステランドは悪の大魔王に侵攻され風前の灯火な世界だった。私の役割は、てっきりその悪の親玉とやらを成敗する事かと思っていたのだが……」

「そこで、件の予言者に出会ったのですね」

「ああそうだ、旅の途中に出会った世捨て人、2千年の時を生きるドレイクの大賢者、彼の話を聞き、私は真の目的にたどり着いた」

「それが……」

「ああ、世界の掃除屋、終焉の獣の存在だ」


 そう言って、ヴィクターはモニターをチラリと見る。

 衛星画像から映し出されたそれでは、戦車部隊は半壊状態。

 終焉の獣は、くず鉄と成り果てた戦車の装甲をバリバリと食い破り、内部に閉じ込められた人間を食している最中だった。

 ヴィクターは、その様子を満足げ眺めながら話を続ける。


「そも、帰還者とは何だと思うかね?」

「それは、文字通り異世界から現実世界へ帰って来た者たちではないでしょうか」

「無論それで正解だ、では、なぜ帰還者等と言うものが存在するのか考えたことは?」

「それは……」


 メルビンは、ヴィクターの問いに言い淀む。

 彼は今の状況に満足していた、自らの力を思う存分発揮でき、研究に没頭できる毎日に、故に彼はそんな疑問を抱く必要が無かったのだ。


「……まさか!」


 だが、問いを授けられれば答えは直ぐ傍にあった。

 彼は、モニターに映し出される醜悪な生き物に目を見開く。


「そう、その通り」


 ヴィクターは満足げに頷いてからこう言った。


「彼の賢者は、こう言った。転移者とは、終焉の獣に対するカウンター。世界を最適化しようとするシステムに対抗するため、知恵あるものが生み出した戦士なのだと」

「その賢者は、なぜそのような事を」

「ははは、それごく簡単な事さ。彼も帰還者だったのさ」

「帰還者! 異世界にも帰還者は居たのですか!」

「ああ、帰還者と言うシステムはこの星だけの専売特許ではない。むろん、終焉の獣もね」


 ヴィクターは、茶目っ気たっぷりにウインクしながらそう言った。


「君が、異世界に行った時、上位存在からチュートリアル的なものはあったのかい?」

「えっ、ええ。僕はその時、魔法系のスキルを授かりました」

「そう、いわゆるチートスキルという奴だな」


 ヴィクターは、一拍おいてから勿体付けるように話し出す。


「その賢者が上位存在へ求めたのは、知識だった」

「知識……ですか?」

「ああ、何故自分がこの様な目に合うのか、彼は上位存在と同等の知識を求めたのだ」

「それはまた……」


 メルビンはその大胆不敵な発想に驚愕のため息をもらす。


「だが、それは大失敗に終わった」

「大失敗……ですか?」

「ああ、人間、いや彼の場合は人間を凌駕するドレイクという存在だったが、そんな些細な事は関係ない。一個の矮小な生命体に、世界と繋がる事など出来やしなかったという事だ。

 彼は膨大な知識の海に溺れて廃人状態となってしまったそうだ」


 ヴィクターは、懐かしそうにそう語る。


「だが、幸いなことに、彼は人間よりも遥かに長寿のドレイクだった。彼はその生涯をかけてゆっくりと与えられた知識を消化していった」

「そうして、帰還者の真実にたどり着いたわけですか」


 メルビンの答えに、ヴィクターは、満足そうに頷いた。


「帰還者という存在は、チートスキルを与えられたうえで、異世界へ飛ばされ、元の世界では味わえない十分な経験を積み、特別な戦士となった所で回収される。

 それは、人類を存続させるために神が生み出した、世界と戦うための力なのだ」

「神と世界は対立しているのですか?」


 メルビンの問いに、ヴィクターは愉快そうに口角を歪めた。


「ははは、君は聖書を真実だと思っている口かい? 見かけによらず随分とロマンチスト何だな」

「いっいえ、そう言う訳では」


 赤面するメルビンに、ヴィクターは話を続ける。


「そう、この星は神が七日で作り上げたものでは無いのは常識だ。神など人間が作り上げた想像上の存在に過ぎない。

 だが、そんな妄想も、数千万の人間が、数千年という時間をかけて練り上げれば、なにがしかの力持つ存在として結晶化する」

「それが、上位存在」

「ああ、人間の、人間による、人間を存続させるためのシステムとしてだ。

 対して終焉の獣だが、これは、世界――星そのもののシステムだ。

 無駄なデータがたまりすぎて動かなくなったパソコンを初期化するようなものだな」

「しかし、その説明では、終焉の獣を退けてしまうのは、星の寿命を縮めてしまうようなものではないのですか?」

「それはその通り。だが、一度や二度のアップデートに失敗したからと言って直ぐに寿命が尽きる訳でもなし、なにより、そう簡単に滅びを甘受する訳にもいかんだろう?」

「それは……そうですが」


 一通り話し終わって満足したのか、ヴィクターは改めてモニターに視線をよこす。

 日本だけでは無い、世界各地で終焉の獣はその猛威を振るっていた。

 レールガンの射程距離からの爆撃が最適解なのだろうが、終焉の獣が出現しているのは人々が生活する都市圏が主だった。

 肉を切らせて骨を切る様な選択を安易にできる訳も無く。人類は泥沼の戦闘を続けていた。


「さて、そろそろ頃合いかな?」


 その様子を満足そうに眺めていたヴィクターは、そう呟いたのだった。

 

 ★


 自衛隊は壊滅状態になって撤退していった。だが、おかげで奴らの数も半減した、この数ならばなんとか一筋の光明を掴めるかもしれない。

 そう思った時だった。

 爆音を成り立てて、一機の輸送ヘリが戦場目がけて突っ込んできたのだ。


「あれは……、自衛隊?」

「違う、あのエンブレムは」


 ヘリの側面に刻まれたエンブレム、それには二振りの剣が交差していた。


「協議会だ!」


 そう言った瞬間、ヘリは奴らのレールガンにより爆散した。

 しかし、そこから飛び出して来た影があった。


「ヒャッハーー! ロックンーーーーーール!」


 巨大な砲――是川これがわが装備していたレールガン、を両手に抱えた輝義てるよしが高らかに雄たけびを上げながら宙を舞う。

 逆側からは、鉄道のレールみたいな武骨で分厚い弓を携えた市兵衛いちべえが、眼下を睨みつけ矢籠に手を伸ばしながら降りて来た。


「……オルトロス」


 戦場に解き放たれた双頭の犬オルトロスは、歓喜の笑みを浮かべ、地にまみれた大地へと降り立った。


 ふたりのチームワークは、抜群だった。

 お互いに死角をカバーしながら、奴らの群れを食い破って行った。

 それを支えるのは、圧倒的な戦闘力。

 輝義てるよしのレールガンが火を噴けば、数頭の奴らが爆散した。

 市兵衛いちべえは一度に数本の矢を番え、レールガンの隙間を縫うように速射する。

 そして、オルトロスが明けた穴に協議会の後続が突っ込み、その隙間を広げていった。


「徹底的なアウトレンジの戦闘だね、これじゃ、奴らの持つスキル無効化スキルも役に立たない」


 いぬいさんが、ポツリとそう呟いた。


 そう、輝義てるよしが射撃攻撃を好むのはいつも通り、だが市兵衛いちべえは接近戦を得意としていた筈だ。


「協議会は、奴らの事を知っていた?」

「さてね、分析する時間は十分にあった。奴らの練度と装備なら、それに合わせた戦術を即席で組んでも十二分にやれただろうさ」


 いぬいさんはふて腐れたようにそう言った。

 そう言われてみれば言い返す言葉が無い。俺たち解放戦線と奴ら協議会ではあらゆる面で規模が違う。

 まぁ、非合法すれすれの秘密組織と、国連公認の巨大組織では比べるのもおこがましいが。


 協議会はその圧倒的な戦闘力でもって、一方的に奴らを刈り取っていく。

 大地を埋め尽くすほどに存在していた奴らは、見る見るうちにその数を減らしてき、ついに地上から奴らの姿は消え去った。


「……凄い」


 協議会の奴らは明確な敵だというのに、俺の口から出て来たのはその一言だった。


「これを見た、一般人もそう思うだろうな」


 俺の呟きを受け、源十郎げんじゅうろうさんがポツリと漏らす。


「そうだね。今までの協議会、いや帰還者に対するイメージは最悪という言葉では物足りない程だった。だけど、今回の活躍で風向きが変わるかもね」


 いぬいさんは、椅子の背もたれにギシリと体重を預け、背伸びをしながらそう言った。その顔は苦虫を噛み潰したような複雑な表情だったけど。


「奴らは……いったい何だったんでしょうか?」

「さてね、第一人者である君が分からないんじゃ、僕たちに分かる訳ないさ」


 いぬいさんは、肩をすくめながらそう言った。

 それはそうなんだが、俺が奴らについて知っている事なんて、問答無用で人を襲ってくるのと、奴らの肉はクソ不味いという事だけだ。


「取りあえず、奴らの件については一段落、後はボスの仕事だね」


 いぬいさんは、そう言って源十郎げんじゅうろうさんに、顔を向けた。

 そう、奴らの出現でうやむやになってしまったが、この基地は奴らに攻め込まれたんだ、その戦後処理という大事な仕事が残っている。


「まあこっちには、結構な数の人質がいる。それを上手く使えれば、有利とは言えないまでも五分五分の話し合いは出来るかもね」


 そう言ってモニターに映し出されたのは医務室の様子だ。

 そこには、ベッドからあぶれた人間たちがずらりと並び綾辻あやつじさんたち医療班からの治療を受けていた。

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