第31話 中と外

「ひゃあああ! なんだ! なんだこいつ等は!」

「やめろ! 嫌だ嫌だ嫌だ!」

「来るな! 来るなよ!」

「痛ええええええ!!!」


 そこは奴らの食事場だった。

 解放戦線・協議会の区別なく。奴らはひたすらに人間を襲い食らっていた。


「やめろおおおおおお!」


 否応なしに、あっちの世界での悪夢が呼び戻される。

 俺は今にも人を食らおうと大口開けている奴の口内に鉄パイプを投擲した。

 1mほどある鉄パイプは丸ごと奴の体内に消えていった。

 だが、ここは戦場だ、武器は山ほど転がっていた。

 俺は床に転がっていた、誰かの斧を拝借する。


「くらえやあ!」


 如何にもファンタジーぜんとした、装飾過多の斧だった。

 俺はそいつを振りかぶり、化け物の脳天に叩き付ける。


「なっ?」


 だが、それは俺の力に耐えきれず、ぐにゃりと柄がへし曲がってしまった。


「いっ、異世界の武器だからか?」


 俺のスキル。スキル無効化スキルの発動条件は、接触する事だ。異世界で武器製造をどうやってるのか分からないが、その製造過程でファンタジー的な工程が組み込まれていたら、俺のスキルによって無効化され、こう言った事になってしまうのかもしれない。


「くそっ、やっぱりこっちしかないって事かよ!」


 壁の内部を走る鉄パイプを引き抜いてはブンなげる、引き抜いてはブンなげる。


 いぬいさんがこちらの世界の原料で作った特殊合金性の鉄パイプ。

 ウホウホ原始時代? を生き抜いて来た俺にはこっちの武器の方が性に合っているという事だろう。


 目の前の敵を粗方片づけ、次の獲物を探し出そうとした時だ。曲がり角から新たな気配を感じ取り、俺は躊躇なく鉄パイプを投擲した。


「おっと危ないな」


 だが、俺の全力で放たれたソレは、あっけなく受け止められる。


「って、源十郎げんじゅうろうさん!? 無事だったんですね!」

「俺は何とかな」


 彼はそうやるせなく笑みを浮かべた。


 ★


「対スキル無効化スキル?」

「ああそうだ、お前に秘められたスキルって奴だな」


 俺と源十郎げんじゅうろうさんのコンビは、基地内をうろつく化け物たちを鉄パイプで潰しながら進んでいた。


 というか、この人はいったい何者なんだろう。

 一般人という話だけど、呂布か項羽の生まれ変わりかなんかだろうか?

 力の桁が人間のそれじゃない。


「お前は生きなければならない。もはやこれは、解放戦線や協議会がどうこうという話では無い、人類と奴らの戦いだ」

「それってどういう」

「奴らが現れたのは、この地下基地だけでは無い。地上では奴らが跋扈している」

「そんな!」

「残念ながらただの事実だ。今では逆に、地上へ逃げ出すことは自殺行為と言っても良い」


 源十郎げんじゅうろうさんに、連れられてやって来たのは、指令室だった。

 俺は壁面に設置されたモニターを見て唖然とする。


「こっ……これは……」


 それは、街中の監視カメラや衛星画像をジャックした映像だった。

 数時間前まで平和そのものだった住宅街は大規模な爆撃を受けたように瓦礫の山と化していた。


「現時点での奴らの数は、およそ数百ってとこかな、もっとも蛇口を閉め忘れているみたいでどこまで増えるか分からないけどね」


 いぬいさんは、苦虫を噛み潰したようにそう言った。


「警察の9mmじゃ、らちが明かない。僕の予測では7.62mmNATO弾でも難しいだろう。つまるところ普通の小銃では意味がないって事だ」


 モニターのひとつでは、警察が必死に発砲を繰り返しているが、それは化け物の表面に小さな火花を生むだけだ。

 それは無駄な抵抗となり、警察はあっという間に奴らの群れに飲み込まれた。


「じっ……自衛隊の戦車なら……」

「ああ勿論、流石にMBTの主砲なら効果はあるだろうね。だが場所が悪い、奴らはあの巨体の癖に動きが早い上に、壁面すらすらすら上がっていく。

 三次元行動が可能な相手に市街地での遭遇戦なんて戦車乗りにとっちゃ悪夢だろうね。

 だったらヘリや航空機で周囲丸ごと焼け野原にする方がよっぽど早い」

「こっ、こんな所で冷静に分析している場合じゃないですよ! 早く助けに行かなきゃ!」


 あまりの惨状に、しばし頭が空っぽになっていた俺は、我に返ってそう言った。


「それは許可できない。今君に離れられたら、ここに潜り込んでくる奴らへの対処が出遅れてしまう」

「そんな! これ以上奴らに好き勝手させてろって言うんですか!」

「残念ながら、その質問には頷くことしか出来ない」


 いぬいさんはそう言いつつ、モニターにひとつの画面を映した。


「現在医務室では、敵味方の区別なく、手当たり次第に治療を行っている。君はそんな彼らを危険にさらしてまで外に行こうというのかい?」

「うっ……」

「もういい、いぬいそれ以上彼をイジメるな」


 ずっと黙って話を聞いていた源十郎げんじゅうろうさんが、そう言って重たい口を開いた。


「だったら!」

「だが、俺の出す結論も同じことだ。お前の能力は奴らとの戦いにおいて切り札となる存在だ。

 外の事は、自衛隊に任せて、今は手の届く範囲を守る事に集中してほしい」


 源十郎げんじゅうろうさんはそう言って頭を下げる。


「自衛隊は……間に合うんですか?」


 モニターに映し出される地獄絵図を見ながら、俺はそう呟いた。


「さてね……。まぁ、最速で事が運ぶよう、善意の第三者として行政マスコミ問わず手当たり次第にこの情報は送ってある。後は……っと、言ってる傍から反応ありだ」


 こういう時に出足が早いのは、やはりマスコミのようだ、報道ヘリの一機が飛んでくる映像がモニターに映し出される。


「これで、正規ルートで情報が流れる。自衛隊の出動だって――」


 いぬいさんがそう言いかけた時だ、突如そのヘリが爆発した。


「なっ!?」

「どうした! 何があったいぬい!」

「ちょっと待ってなボス!」


 いぬいさんは、キーボードを忙しなく動かし、監視カメラの映像を操作する。

 コマ送りでうつされたその映像には、地上から打ち出された何かによって貫かれたヘリが映し出されていた。


「これは……」

「レールガン、その類の弾速だね。

 なあお前? あっちの世界の奴らは、食った武装を自らの物として取り込むような能力を持っていたのか?」


 いぬいさんはそんな事を聞いて来るが、あっちの世界では武装といえる武装なんて、鉄パイプを始めとした原始的なものばかりだった。

 俺は曖昧な表情で首を横に振るしかなかった。


 奴らの猛攻――あるいは食事風景を、歯を食いしばりながら眺めていることしばし、無数のドローンが破壊されるという準備期間を経て、ようやくと自衛隊が到着した。


 だが、これで一件落着とはいかなかった。戦況はいぬいさんが予想した様に、泥沼の地上戦となったのだ。

 たしかに、戦車の主砲が当たれば、奴らの外皮を貫くことはできる。だが、歩兵や航空支援を持たない戦車というものは、そう自由に動き回れるものでは無い。

 しかも敵の数の方が遥かに多い上に奴らは三次元行動を行うのだ、戦況は徐々に化け物側へと傾いていった。

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