第6章 新たなる世界

第34話 新しい世界

 あの日から一年、世界はガラリと様変わりした。

 終焉の獣はおよそひと月ごとに何処からともなく現れては、その猛威を振るっている。

 当初は小型の獣ばかりだったが、最近では俺が最後に戦った大型の獣も出現して来たのだ。

 その破壊力、防御力は、小型の獣の比では無く。戦車の主砲でさえもはじき返すほどの頑強さだ。


 帰還者たちは、それら目に見える脅威から、世界を救うスーパーヒーローとして認識されるようになり、おかげで俺たちは半壊状態の穴倉から、日の当たる場所へ出ることが出来た。


 心配していた協議会からの追撃は杞憂に終わった。

 彼らは、俺たちにかける時間なんて無いとばかりに、精力的に怪物退治に取り組んでいる。

 

 終焉の獣たちがパワーアップした分、彼らも新たな力を手に入れた。それは、スキル無効化スキル無効化装置だ。

 これの発明によって、彼らは獣に対して思う存分、チートスキルを発揮することが出来た。

 量産化には向いていない装置の様で、現在では精鋭部隊にのみその配備が行われているが、それでもその効果は圧倒的なものだった。

 

 だが、奴らは何の予兆も無しに、いきなり人口密集地に現れて来る。ゆえに、先手は譲らなければならないのが現状だった。


 しかも、奴らについては恐ろしい特徴を持っていることが判明した。

 奴らに食われた人間は消えてしまうのだ。

 それは、物理的にこの世から消えてしまうというだけでは無い。


 あの日、かすみが言ったように。

 あの日、明日香あすがが、信二しんじの存在を忘れていたように。


 奴らに食われた人間は、人々の記憶から消えてしまう。まるで、そんな人間は始めからいなかったように。


 その事について、協議会の代表を務めるヴィクターはこう言った。


『終焉の獣は、世界に溜まった不要なデータを消去するためのシステムだ。だが、我々はただ掃除機に吸い込まれる事を待つだけのゴミでは無い』


 奴らの意見に賛同するのは癪だが、それについては同感だ。世界のシステムだか何だか知らないが、こっちにだって生きる意志がある。

 先に行った者たちの想いを繋ぎ、後に続く者たちの未来へと続けていかなくてはならない。それが今を生きる者たちの責務なのだ。


 ★


「はああああああ!」


 小型の獣たちを一刀両断切り伏せて、大型の獣の頭部へ駆けあがる。

 奴はデカイ、兎に角デカイ。

 戦車の主砲をもはじき返す奴の外皮は驚異的な硬度と分厚さを持っている。

 だが、俺が持っているこの槍も、単なる鉄パイプとは訳が違う。

 

 穂先の長さが1mはある剣鉈型の厚くて重い武骨な槍、いや、ここまで行ったら長巻とか薙刀とか言った方がいいかもしれない。


「食らえッ!」


 トリガーを引き絞ると、重く静かなモーター音と共に、穂先が超振動を起こし、奴の鋼鉄の外皮をバターの様に切り裂いていく。

 いぬいさんお手製の、対終焉の獣用重槍、その名もドラゴンキラー。総重量100kgを超すこの武器は、使用者の負担を度外視して作られたもので。兎に角丈夫で、兎に角重い。


「うらあああああ!」


 力任せの機械任せで振りぬいて、奴の紫の脳髄を破壊しつくす。

 この一年でいったい何体の獣を退治したことか、数える事も馬鹿らしい。


 通常では、現実世界へ帰って来た帰還者の能力は減る一方だ。

 協議会では何らかの方法で、それを維持できるように成功している様だが、なぜだか俺だけは話が違った。

 俺は現実世界に帰って来てからも、成長し続けることが出来た。

 ドラゴンキラーがあるとはいえ、あの時は手も足も出なかった大型の獣を退治できるのがその証拠だ。


 今の俺のステータスは

 筋力A

 耐久A+

 敏捷C++

 知力B

 と言った所だそうだ。


 その事について、いぬいさんと綾辻あやつじさんの出した仮説はこうだった。


 異世界で得たスキルがその効力を最も発揮できるのは異世界だ。

 それは異世界の大気、食物、あるいはファンタジーでよく言われる魔素マナ的なものが影響しているのだろうと思われる。

 それに対して、俺が行ったのは異世界では無く、未来の地球である確率が高い。故に、スキル発動に伴うデメリットは最小限に抑えられているのではないか、と。

 

 それと並行して考えられるのが、俺に宿った未知の臓器。それも、デメリット減少に一役買っているのではないのか、と。


 ところで、その臓器と言えば奴らの肉だ。

 俺の考えでは、奴らの肉を主食にしていたからそんなけったいなものが生えて来たのだと思っているのだが、生憎とこの世界ではそうはいかない。

 奴らが何処からともなく現れてくるように、奴らを殺したら、まるで夢のように消え去ってしまうのだ。

 おかげで死体処理に困らなくても良いが、奴らの肉を食う事は難しい。まぁあんな地獄味、好き好んで食うような品物では無いのだが。


 ★


「次ッ!」

『いや、そこまでだ。奴らが登場した、巻き込まれないうちにお前はとっとと帰ってこい』

「くっ……了解です」


 やる事が変わったといえ、協議会の奴らの荒っぽさは変わっちゃいない。

 奴らは周囲に及ぼす被害を度外視して、楽しむように獣を狩る。

 ウチはかすみの予知能力があるので、奴らより先に現場に到着することが出来る。

 奴らが来るまでに、どれだけ獣を退治して、周囲への被害を減らせるかが今後の課題だ。

 そんな事は、奴らがもう少しお行儀良くなってくれればいいだけの話だが、今や世界は奴らを中心に回っている。期待するだけ無駄だろう。


「チッ!」


 奴らの先頭をいく漆黒の影を見つけて、俺は舌打ちをする。

 あいつ――例の黒騎士は、今や協議会のエースとして第一線で働いている。


 俺の家族や、恵美えみさん、その他多くの人を殺めた奴が、人類の切り札として賞賛を受けるのは忸怩たる思いだった。

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