第17話 解放戦線での日常2

「ふわーーーぁあ、朝かっておぅわあああ!?」


 目覚めると同じベッドにロリっ子がいて俺の方をじっと無言で見つめていた。


「よっ、よしてくれよ、かすみ。心臓に悪い」


 ベッドの端に避難した俺は、ドクドクと早鐘を刻む心臓を抑えながら優しく彼女にそう諭した。


「……朝」

「あっ、ああ、朝だな。起こしに来てくれたのか。ありがとうなかすみ


 俺は、言葉少なにそう語る少女の頭を優しく撫でてやる。

 ふいと、少女は気まぐれな猫みたいに、俺の手からするりと抜け去り、トコトコと室内から出て行った。


「ふぅ……何なんだ、一体」


 少なくとも嫌われているんじゃないだろうが、さっぱり真意が読めやしない。


「まぁいいか」


 俺は背伸びをしつつそう言って。寝間着から着替えはじめた。


 ★


 ここに来て3日が過ぎた。

 検査三昧の日々は終わり、いよいよとやる事が無くなったが、さりとて他にやる事は無く、暇を持て余す時間が多くなった。


(俺はこのままここにいていいんだろうか……)


 暇が多いと碌な事を考えない。

 最近もっぱら考えているのは家族の事だ。


(みんな心配してるだろうなぁ)


 何も言わずに逃げ出してきてそのままだ。

 身内に殺人犯がいたら、みんな肩身が狭いなんて話では無いだろう。


(殺人犯と、帰還者、どっちの方が肩身が狭くなるか分からないけど……)


 大人しく出頭する事も考えたが、それはみんなに止められた。

 現状、警察の上には協議会の手が伸びている。出頭することはすなわち協議会の手に落ちる事と同意だそうだ。

 その先に待ち受けているのは怪しげな実験のモルモットとして命を使う羽目になると。


(裁判を受けさせてもらえるのならともかく、それじゃあなぁ……)


 ここは、いぬいさんのおかげで、鉄壁のファイヤーウォールに守られたネットが使える。おかげで外の情報を仕入れるのには苦労しない。


 俺が起こした事件は衝撃的だったが、世間はそこで止まっちゃいない。

 昨日も、新しい帰還者による事件が発生し、多数の死傷者を出したとのことだ。


(俺たちは、何故異世界に行き、そして帰って来たんだろう)


 神の気まぐれについて、愚にも付かない思考を重ねる。


「おう、お目覚めか、隆一りゅういち

「はい、おはようございます源十郎げんじゅうろうさん」


 暇を持て余した俺は、フラフラと指令室まで足を運ぶ。


「あのー、なんかやること無いですかね?」

「ははっ、随分と熱心じゃないか」

「いや、そう言う訳じゃないんですが、無駄飯暮らしの居候状態というのもすわりが悪くて」


 俺は頭を掻きつつそう言った。


「ふーむそうだな」


 源十郎げんじゅうろうさんは腕組みをしながら頭をひねる。

 ここ帰還者解放戦線は、帰還者の保護と社会復帰を目指した組織だ。

 だが、世間の帰還者に対する風当たりは、大型台風レベルの向い風。堂々と表に看板を掲げるわけにもいかず、こうして地下に籠っているという訳だ。


 恵美えみさん達実働員の役割は、俺にしてくれたように現場に行って帰還者を説得・保護すること。

 現実世界に帰って来た、あるいは楽園から追放された帰還者の多くは、非常に混乱しており。その任務は大きな危険をはらんでいる。

 おまけに同業他社? である協議会との小競り合いも日常茶飯事だ。


「俺も実働員として働くのはどうでしょうか?」

「いや、それは時期尚早だな。お前の力は稀有なものだ、彼方さんもお前が出て来るのを手ぐすね引いて待ち構えているだろう」


 むぅう。まぁ、アイツらに良い所なしでやられたのでそれを言われたら何も言えないが。


「先ずは力の使い方を学ぶことだな。それと雑用なら山ほどある、それを手伝う分には構わないぞ」


 源十郎げんじゅうろうさんは、そう言って俺の背中をバシバシ叩いた。


 ★


「アンタが新入りね!」


 ゴシゴシとモップがけに精を出していた俺にかけられる声があった。

 その声に顔を上げると、そこには大股開きで腕を組むひとりの少女がいた。


「はぁ、そうだけど」


 年は妹と同じぐらいだろうか。きりりとした目つきの負けん気の強そうな少女だった。

 少女は腰まで届く艶やかな赤髪をかき上げながら、びしりと俺を指さした。


「歓迎式の腕試しよ! ちょっと訓練場まで顔貸しなさい!」

「……はっ?」


 ★


「……は?」


 突然現れた少女と押し問答している間に、いつの間にかギャラリーに囲まれた俺は、いつの間にか訓練場に立っていた。


「ふっふーん。大丈夫よ、精々手加減してあげるから」


 少女は自信満々にそう言って、入念なストレッチを行っている。


「……は?」

「ははっ、これもまあいい機会だ、いっちょ揉んでもらうといい」

「って、源十郎げんじゅうろうさん! 止めてくださいよ!」

「なーに? 自信無いのー?」


 少女はニヤニヤと笑いながら俺を挑発する。


「いやちがくて」

「ははは、加賀かが君はそう見えても、うちの古参メンバーだ、遠慮なくぶつかってこい!」


 駄目だこいつ等、地下暮らしでいろんなことが麻痺してやがる。


「そうは言ってもですね、年下の女の子に向ける拳は在りませんよ」


 それに、俺のスキルはスキル無効化だ、彼女がどんな特技を持っていたとしても関係ない。


「言いたいことはそれで終わり? それじゃあ遠慮なく行くわよッ!」

「ちょっ! 待てよッ!」


 だが、彼女は聞く耳持たぬとばかりに突っ込んでくる。


「くっ! って消えた!?」


 まっすぐ一直線に突っ込んできていた彼女の姿が、俺の目の前で掻き消えた。


「がッ!」


 かと思えば、ひざ裏に衝撃が走り、ただでさえ準備不足だった俺の体勢が激しく崩れる。


「はっやっ」


 死角から死角へと、赤い髪がちらちらと視界の端を横切る。弾丸の如きその速さに、俺の目はついていけない。


「ははッ! ちょーっとレアスキル持ってるからって調子乗ってんじゃないわよ!」


 前後左右から木霊する彼女の声と共に、俺の体に打撃がくわえられていく。


「くそッ!」


 打撃の重さ自体は大したことはない、だが、その尋常では無い手数の前に、俺はサンドバッグ状態となる。


「あーもうチクチクと!」


 このままではらちが明かない、俺は部屋の隅へと逃げ出した。

 ここならば少なくとも背面からの攻撃はしのげる。

 だが、彼方もそんな事は百も承知だった。

 俺が駆けだした勢いをそのままに、彼女は俺を背負い投げしたのだ。


「ぐはッ!」


 したたかに床に打ち付けられ、肺の空気が絞り出される。


「いだだだだだだッ!」


 そのまま流れ込むように、肘に激痛が走る。腕ひしぎ十字固めだ。


「ふっふーん。スキルに頼ってるからこんな目に合うのよ」


 全身を弓なりにのけぞらせ、俺の肘をがっしりと固めている彼女は気持ちよさげにそう語る。


「んなこと言われたって!」


 スキルに頼るもなにも、俺はここに来るまで自分のスキルが何なのか理解していなかったんだ。

 そもそも帰還者同士の戦いも、今回入れて三戦目、何が何だがさっぱりだ。


「どーう? ギブアップは何時でも受け付けてるわよー?」

「くっ! う……う……うああああああ!」

「ってうそ!?」


 歯を食いしばり、きまっている腕を無理矢理に持ち上げる。

 ぶちぶちと嫌な感触が肘に走るが、こんなものはあの時の傷みに比べれば物の数では無い。

 それに――。


「捕まえた」


 首にかけられた彼女の足をがっしりと握りしめる。


「くッ!」


 今度は彼女が苦痛の声を上げる番だ。


「そこまでッ!」


 俺が彼女を抱えて立ち上がった時、源十郎げんじゅうろうさんの声がかかった。


「ちょっと司令! 私はまだ!」

「ああ、分かっている。だがこれ以上は訓練の枠を超える」


「つッ!」


 言い争いをする彼女たちを他所に、俺は肘を抑えて跪く。


「大丈夫ですか、工藤くどうさん」

綾辻あやつじさん、何とか」


 ったくあの女、誰が「手加減する」だ。無茶苦茶痛てぇじゃねぇか。

 だが、色々と勉強になった。

 俺のスキルは相手の内部までは届かない。

 相手がなにがしかのスキルを使い肉体を強化――今回の場合速度の向上。した時には、俺のスキルは意味をなさない。


「まぁ、名誉の負傷って奴ですよ」

「なーにが、名誉の負傷よ! 司令に止められなければとっておきの手で完膚なきまで叩きのめしたんだから!」

「はいはい、それはよござんした」

「キー! 真面目に聞きなさいよー!」


 彼女の名前は、加賀明日香かが あすか、どうやら俺の年下の先輩という事になるそうだ。

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