第18話 解放戦線での日常3
「ボスー、あの小僧のデータ送ったぜー」
「んっ、おお、なんだ。わざわざすまんな
「ふむ、健康面は……例の事以外は問題なしと。
肉体評価は……。
筋力B
耐久B+
敏捷D+
知力C
と、まぁこんなもんだろうな」
「ははっ、大した肉体自慢だ、羨ましいねぇ」
「ふっ、お前の売りはそんなものが霞む程度の最高級の知力だろう、思ってない事を言うな」
肩をすくめてそう言う
「それでスキル評価は……あー、案の定測定不能か」
「そう、奴のスキル無効化能力が災いして測定する事すらできやしないんだ」
異世界と言っても様々だ。
それを同一の尺度で測ろうなど、大統一理論を新たに築き上げる様なものだ。
それを何とか、見てくれだけでも整えたのが、
「まぁ、どういった能力かは分かってるんだ、そこまでこだわる必要はないって分かってるんだけどね」
「エンジニアとして納得いかないってか」
「まぁ、僕の下らないこだわりさ」
「それよりあいつ、お嬢とやり合ったんだって? どうだった?」
「まぁ、この肉体評価通りの結果という所だな――」
★
「むっきー、何なのよアイツー!」
そもそもが、人一倍ヒステリー気味な彼女である、自分の思い通りに事が進まない事は、彼女にとって人一倍のストレスになる。
彼女はそんなやり場のない苛立ちを、サンドバッグにぶつけていた。
「荒れてるじゃないお嬢ちゃん」
そんな彼女に話しかける声があった。
「嬢ちゃんは止めてって言ってるでしょ、
彼女はサンドバッグを殴る手を一時止め、鋭い視線を声の主に向けた。
そこには、訓練室のドアに寄りかかる一人の男の姿があった。
彼――
「ああ、ごめんごめん」
彼はそう言って、心のこもっていない謝罪を口にする。
その事がさらに
「なによ、私は見ての通りトレーニング中なの、用が無いなら出てってよ」
彼女はそう言うと、サンドバッグに再び向かい合った。
彼はその様子に嘗める様な視線を向けるとこう言った。
「あの新入りが気にくわないんだろ? だったら僕に良い手がある」
★
「
筋力D
耐久E+
速度A
知力B
スキルC+
西洋ファンタジー風な異世界に転移、そこでは魔法戦士として活躍。激闘の末、悪の帝国を撃ち滅ぼし、雷光神姫の異名を授かる。
得意技は、加速スキルを極限まで高めた時間操作とも言える早業。
ねぇ……それじゃ俺の攻撃なんて当たらない訳だ」
自身のステータスと見比べ、俺はそう呟いた。
「それにしても随分とピーキーなステータスだな、目を廻しそうだ」
「あらあら、何見てるの
「あっどうも、
「ふーん。って、そうか
「ははっ、このステータスどおりですよ。俺の攻撃なんてちっとも当りやしない」
俺はあの時の様子を思いだし肩をすくめる。
「まぁねー、彼女のスピードはここでもトップラスだもん、私だってスキルなしじゃ彼女を捕らえる事は難しいわ」
「へー、
「まぁね、因みに私のステータスは、スキル以外はオールC、見事なまでの平均タイプね」
彼女はそう言って照れくさそうに微笑んだ。
「ほー。それじゃあスキルは?」
「そうねー、以前測った時はAだったけど、今じゃ落ちてるかもしれないわねー」
彼女は顎に指をあててそう答える。
「落ちてる?」
平凡な人間としては一つでもA項目あるのは羨ましいが、それよりも聞き逃せないのはその言葉だ。
「あら? 聞いていないかしら。異世界で獲得した能力は時間共に消失するって」
「ああ、そう言えばそうでした」
彼女との戦闘で、そんな事は頭から叩き出されていた。それも極めて物理的に。
「その事は……
獲得した能力、それは優越感と共にあるのだろうか、それとも壁としてあるのだろうか。
俺の場合は……分からない。
こんな力が無ければ、こうしてお尋ね者になる事は無かった。だが、アイツを止める事も出来なかったし、あの世界で生きていくことは出来なかった。
「そうねー、まぁ私も
彼女はそう言って語り始めた。
大学時代最後の夏休み、考古学部に通っていた彼女は、フィールドワークの一環として、とある遺跡調査のバイトをしていたらしい。
その時だ、洞窟内の調査をしていた彼女にとある事件が巻き起こる。
崩落だ。
彼女の調査していた部屋が崩れ落ち、地の底へと吸い込まれた。
ところがだ、彼女がたどり着いたのは、花咲き乱れる高原だったそうだ。
果たして自分は天国まで一直線に来てしまったのか。
そう思う彼女の前に、醜い化け物が現れた。
地獄で仏ならぬ、天国で鬼な状況に、流石の彼女も驚いた。
絶体絶命のピンチ、だがそこに、白馬に乗った王子様が通りがかる。
「それが、勇者エラン。後に大魔王バラステュートを倒す選ばれし人間だったって訳よねー」
彼女は感慨深げにそう言った。
「なんとまぁ……」
乙女チック全開の夢物語、それなんて乙女ゲー? である。
「あははははー。私も都合のいい夢見てんなーって思いながらだったから勘弁してよ」
彼女は照れくさそうにそう笑った。
「そしてその後は、私も勇者パーティの一員に加わり、魔法使いとしての能力を開花させていったって訳」
彼女は肩をすくめながらそう言った。
「それじゃあ最後はどうなったんですか?」
俺の場合は、あの化け物に食い殺された後、悪夢から目が覚めたように現実世界にもどって来た。
「それが酷いのよー。大魔王を打ち倒して、さあこれからお楽しみじゃーと思ったら、足元からサラサラと光の粒子に包まれて行って、その世界からお役御免よ。まったく人をなんだと思っているのかしら」
「いやな派遣社員生活ですね」
「まったくよ、人を利用するだけしといて、仕事が終われば後はポイ。せっかく酒池肉林の逆ハーレム生活が……おっとここから先はR指定だッぜッ!」
彼女はそう言って俺の鼻をピンと小突いた。どうやら触れてはいけない乙女の神髄にかち当るらしい。
「それで、なんだっけ……あー、力の消失の話よね」
「はい、それを
俺がそう尋ねると、彼女は笑いながらこう言った。
「私はそう言う訳だから、とんでもなく精巧なゲームをやっていたみたいな気分なのよねー。だから、ある程度俯瞰的に見れちゃうの」
「俯瞰的……ですか」
「もちろん、多少は惜しい気持ちもあるけれど、消えたら消えたでこんなもんかって思うはずよ」
「……大人ですね」
何という冷静で的確な判断力なんだ。
「そりゃーもう、二十歳超えてますからー」
彼女は照れくさそうに頭を掻きつつそう言った。
★
「はっ? いやよそんなねちっこいの」
「うっ、ぐっ、言ってくれるじゃないの」
「だけど、アイツは協議会の狂犬コンビから生き延びたって話じゃないか。正攻法じゃ分が悪いぜ?」
「はっ、くだらない、何が狂犬コンビよ、そんなの私の前に出てきたら、ぐうの音も出ないほど畳んでやるわ」
「君はアイツらの恐ろしさを知らないからそんな大口を叩けるんだよ」
「なーによ、アンタビビってんの?」
「ビビっちゃいない、単なる事実だよ」
「協議会の
「あーそう言えば、アンタ奴らの前に尻尾捲いて逃げて来たんだってね」
「ぐっ……戦略的撤退だよ、あんな化け物、僕が行った世界にもいなかった」
「なっさけない、それでもアンタ世界を救った陰陽師なの?」
「ぼっ、僕の事はどうでもいい、僕は直接戦闘向きのタイプじゃないんだ!
それよりアイツの事だ、後から来た新入りの癖に、司令官たちのお気に入り面して!
気にくわないと思わないのかい?」
彼は声を荒げてそう言った。
「なによそんな必死に……ってそうか、アンタ
「そっ、そんな事は関係ない、僕はただここの秩序の事を言ってるんだ!」
ニヤニヤと笑う
「へーへー分かった分かった、けどそんな下らない事に私を巻き込まないでよね」
話は済んだとばかりに、彼女はすたすたと訓練室を後にする。
「ガキがっ!」
がらんとした室内には、震える拳を握りしめる
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