第13話 復讐の行方

 前からは魔弾の雨、背後からは悲鳴の嵐。

 地獄と化した教室で、俺はその中間に立ち、奴の攻撃を受け続けていた。


「ちっ、君も一角の勇者って事か、無詠唱の初級魔法じゃ効果が無いみたいだね!」


 地獄の中で奴はそう言って無邪気な笑みを浮かべる。


「じゃあこいつはどうだ! エーレ・カリスト・フォイラ・ストーク!」


 奴の右手に炎が宿る。

 奴の周囲に拘束されていた生徒たちがその余波で黒焦げになるような超高温だ。

 あんなものを撃ちだされたら逃げる所の話では無い。

 俺の体は無意識に前に動いてた。


 炎の龍が奴の右腕から飛び立つ、その瞬間だった。

 床に穴が開くギリギリの強さで踏み切った俺は、一瞬で奴の眼前に――


「えっ?」


 気の抜けた奴の声が聞こえて来る。

 俺はそれを無視して、炎の龍を奴の右手ごと打ち抜いた。


 パンッ!


 という音が、遅れて聞こえて来る。

 右腕が爆散した奴はきりもみをしながら黒板へと叩きつけられた。


「うがあああああああ!

 エーリ! エーリ! ラスキュラを! くそッ! エーリは居ない! くそッ! くそッ! くそッ!」


 黒板を割り、壁を破壊し、前の教室まで吹き飛んだ奴は、消えた右腕を抑えながら必死に叫びを上げる。


「くそっ! やり過ぎちまった!」


 踏み込みが強すぎて下に落っこちる間抜けはしなかったが、前の教室にまで被害を広げてしまった。


「早く奴を止めないと」


 俺は風通しの良くなった前面の壁から前の教室に躍り込むと、奴の胸倉をつかむなり、校庭へと放り投げた。


 前後左右、あちこちから聞こえる悲鳴を無視して、俺は奴を追い校庭へと飛び出した。


「って、奴は何処だ!」


 俺に投げ出された奴は先に校庭に降り立っている筈だ。だが、幾ら目を凝らしても奴の姿は確認できな――


「やってくれた! やってくれたなーーー!」


 その声は上から聞こえて来た。


「飛んでるだと!」


 右腕を失った奴は、失血により顔を真っ青にしながらも、宙に浮かんでいた。


「お前は! お前たちは! 僕から全てを奪ったに飽き足らずッ!」


 奴はそう叫び、左腕に発した炎を、右肩の傷口へと押し付ける。


「うぐっ!」


 強引な止血法。気絶しても何らおかしくないその痛みに、奴は歯を食いしばり耐え抜いた。


「消えろ! 消えろ消えろ消えろ消えろ! みんな消えちまえ!」


 奴の全身から漆黒のオーラが噴き出した。


「ユクス! エル! ラプト! カーリャ!――」


 呪文詠唱。今までとは比べ物にならないほどに、長く、力のこもったうたが紡がれる。


「くそ! 止めねぇと!」


 だが、奴は遥か上空。遠距離攻撃手段を持たない俺には、どうしようもない高みにいた。


(跳んで攻撃? だが、かわされたらどうする?)


 焦りばかりが先走り、碌な考えが纏まらない。


「――ストラ! ガレイスト! イラクス!」


 奴の頭上にとんでも無く巨大な黒い球が現れ――


「消えてなくなれッ! ハイレスイルクーツク!」


 ――叫びと共に、射出された。


 校庭を覆い尽くすような巨弾。

 避けようのない攻撃。

 それに込められた奴の殺意から、その破壊力がうかがわれる。

 当れば必死、逃げ場無し。


 俺はその巨影に――


 ――あの時の化け物を幻視した。


 燃え上がる怒りの炎、今度は、今度こそは!


「させるかーーーーー!」


 俺は校庭に巨大な亀裂を残すほどに踏み込んで、巨影に向けて突進した。


「――!?」


 パチンと。俺の拳が巨影に触れた瞬間の事だった。

 その力の塊は、地面に触れたシャボン玉のように、あっさりと割れて消え去ってしまった。


「「え?」」


 気の抜けた声が、俺と奴の口から同時に吐き出される。

 巨影を消しさった俺の拳は、その延長線上にある奴の胸に突き刺さり――


 ――あっけないほど軽く、奴の体は爆散した。


 ★


【真昼の学校にて帰還者同士の大乱闘、死者重軽傷者多数】


 どの新聞も、どのテレビも、その話題を一面トップに飾っていた。

 学校は一時閉鎖、生徒たちは自宅待機を余儀なくされた。

 校舎自体に対する損傷も激しく、授業再開のめどは立っていない。


「……」


 隆一りゅういちの父、工藤康彦くどう やすひこは口を真一文字にして、新聞を机に置いた。


「あなた、隆一りゅういちの行方は……」


 妻であるかおるの言葉に、彼は黙って首を横に振る。

 事件より一週間、隆一りゅういちの行方は依然として不明のままだった。


「ねぇパパ、お兄ちゃんはどうなるの」


 かえでは、心細さげに、そう問いかける。


「……隆一りゅういちは殺人を犯した」


 康彦やすひこはいかんともしがたい思いで、そう事実を口にする。


「けど! お兄ちゃんは! みんなを助けるために!」


 生徒が撮影した映像はインターネットに出回っている。ふたりの帰還者たちの戦いの様子は生々しく映し出されていた。


「それとこれとは話は別だ」


 康彦やすひこは、警察官の立場から、冷静に事実のみを語り上げる。


「そんな! そんな事って!」

「落ち着きなさい、かえで、父さんだって苦しいのよ」


 かおるは優しく彼女を諭す。だが、彼女の肩におかれた手は微かに震えが残っていた。


隆一りゅういちは確かに殺人を犯した。だが、帰還者が起こす問題についてはまだ法整備が進んでいないし、正当防衛の可能性も残されている」


 康彦やすひこは、慎重に言葉を選びながら、とつとつとそう語る。

 その発言に、かえでは俯いていた顔を上げた。


「だが……」

「だが、なんですか、お父さん」

「協議会は今回の事をかなり重く受け止めているという」


 康彦やすひこは、努めて冷静にそう話す。


「それってどういう事」


 かえでの問いに、彼はこう答えた。


「最悪の可能性も覚悟しておかなくてはならない」


 康彦やすひこは苦虫を噛み潰したようにそう言った。


「協議会という所は黒いうわさの尽きない所だ。

 毒を以て毒を制すと言えば聞こえはいいが、危険と見なした帰還者は有無を言わさず拘束し……処理すると言われている」

「……処理って」


 どちらから出たとも知れぬ呟きに、康彦やすひこは頭を振りながらこう答えた。


「詳しい事までは分からん、ただ、協議会に拘束された人間のその後がどうなったか、外からでは一切見えないという事は事実だ」


 康彦やすひこは、悲痛な表情でそう言った。

 だが、彼にはふたりに伝えていない事もあった。それは協議会の連中が容疑者を拘束する際の殺傷率の高さだった。

 国家公認の殺人部隊に隆一りゅういちは追われている。とてもではないが、そんな事を口にできなかったのである。

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