第3章 逃亡者
第14話 調査員
「……どうするかな」
無我夢中で逃亡生活を続ける事一週間。流石に頭も冷えて来た。
ここは学校から数十キロは離れた森の中、皮肉な事にあの世界でのレンジャー経験が俺の逃亡生活を支えていた。
「……軽かったな」
俺は右の拳をじっと眺める。
怒りに我を忘れ、放った拳。
背後に校舎があった事なんて関係ない。
俺が迎撃しなければ数百人の死者が出ていた事なんて関係ない。
「俺は……人を殺した」
アイツの頭をぶち抜いた時の感触が手から離れない。
俺の怪力の前では人間の頭部なんてビスケットと同じようなものだった。
破裂する眼球。砕け散る頭蓋骨、飛び散る脳漿。全て鮮明に覚えている。
「人を……殺した……」
父さんの言葉が頭を巡る。
『現代社会において復讐は許可されていない、まして殺人など』
その通り、全く持って正論だ。
「だけど……
俺はどうしたらよかったんだ……」
拳を握りしめ祈るように跪く。
静かな森の中では、木々のざわめき程度しか聞こえず俺の問いに答えるのは――
「んなの決まってんじゃねぇか! どっちも死んどけばよかったんだよ!」
「誰だっ!」
かけられた声に咄嗟に振り向く。
それと同時に、胸に衝撃が走った。
「つッ!」
チクチクと刺された様な感触に、とっさに距離を取る。
俺が視線を向けた先には、派手な金髪を逆立て、顔面の半分に刺青を施した革ジャンパーの男が立っていた。
「けっ、サイレンサー越しの9mmじゃ話にもならねぇか」
男は、耳に響くダミ声で愚痴を言いながら、手にした拳銃を無造作に捨てる。
「お前は……」
俺は腰を落とし戦闘態勢を取りつつそう言った。
「けけけ、俺様か? 俺様はこう言うもんだよ」
男は、そう言うと、腕章を見せびらかすように腕を向けた。
「それは……」
二振りの剣が交差した紋章、その紋章はニュースなどで見覚えがある。
「協議会か!」
俺の答えに満足したのか、男は薄い唇をにたりとゆがめた。
「まったく、気が早いぞ、
「なっ!?」
背後から掛けられた声に、素早く横へ逃げとんだ。さっきまで、そこには誰も居ない筈だったのに!?
「これは驚かせてしまったな、儂は
「いつの間に……」
「ははっ、それは言わぬが花という奴よ」
敵だ、いや敵という言葉も生ぬるい獰猛な獣が二匹、そこにいた。
「
相性? 何だ、何の事だ、俺のスキルは怪力、それに弱いという事は防御力に乏しいという事か?
目の前の僧侶は筋骨隆々の大男、とてもその様には見えやしないが。
俺がそんな風に思っていると、何かを察したのか
「ひゃひゃっ、ひゃっひゃっひゃっひゃっ。おめぇまさか、自分の特性すら分かってないのかよ」
「なっ、何の事だ?」
俺のスキルは、レベルアップに伴う筋力と防御力の向上。それ以外の何ものでもない……筈だ。
「ははっ、詳しい話は隊に戻ってすればよい。では、同行願えるかな?」
「……嫌だと言ったら?」
協議会については、父さんも疑いの目を向けていた。ここで大人しくついていけばどんな運命が待ち受けているのか、分かったものではありはしない。
ついさっきだっていきなり発砲された身だ。
「はっはっはっ。儂としては、そちらの方でも構わんが?」
それは、心の底から戦いを求める、狂戦士の笑みだった。
絶対に碌な目には合わない、そんな予感だけはひしひしと伝わって来た。
だったら……。
逃げる!
地面を蹴り砕かんばかりの勢いで踏み込み、大量の土砂を巻き上げ目くらましにする。
「捕まってたまるかよ!」
法に乗っ取り罪を問われるならいい、だが、奴らに捕まる事は何かとんでもなくおぞましい事になるような直感が働いたのだ。
「ははっ、はははっ」
「けけっ、けけけっ」
「ッ!?」
俺の脚力で森の中を全力疾走しているというのに、両サイドから不気味な笑い声が聞こえて来る。
「けけけけ、てめぇのどんくせぇ脚で逃げれる訳ねぇだろうが!」
「なッ!?」
彼は特撮に出て来るヒーローの様に、全身を銀色のパワードスーツで身をくるんでいた。
「ははは、よそ見はいかんぞ小僧」
シャランと錫杖がなる音がする。
「がっ!」
体の内部が爆発したような衝撃を受け、俺は無様に弾き飛ばされる。
「ふーむ。勁の通りが悪いか。貴様の
「おいおい、おっさんよ! 俺様の分も残しとけってっな!」
耳をつんざく銃撃音が森の中に木霊して、先ほどとは比べ物にならないほどの威力の弾丸が、俺の体をタコ殴りにする。
「ひゅー! まーだ息があるのかよ! 上等上等! それでこそ俺様たちが来たかいがあるってもんよ!」
「すき、勝手にッ!」
全身に走る痛みを必死にこらえる。こんなもの、あのでかぶつの攻撃に比べれば大したことないと虚勢を張りながら。
「あああああああ!」
目の前にいる
だが――
「あーん? その程度かよ?」
それは奴の手によって簡単に受け止められた。
「パンチってのはこうやるんだよッ!」
「ぐはッ!」
奴の銀色の拳が、俺の鳩尾に深々と突き刺さる。そのあまりの衝撃に俺の体は地面から浮きあがった。
「そらよ、おまけだ!」
ガンと、激しい衝撃が脳を揺らす。奴が手に持っている大型拳銃のグリップが俺のこめかみをしたたかに打ち付ける。
「ふむ、拍子抜けだな。能力を無視すればこの程度か」
能力? 無視? 俺のスキルはレベルアップだ、こいつ等はさっきから何を言っているんだ?
「はっ、今となっちゃそれも怪しいがね。所詮はドサンピン同士のやり合いだ、リミットが来ちまったんじゃねぇの?」
全身を激痛が走り、
死が、間直に迫っていた。
その時だ――
「がッ!」
「ぬぅんッ!」
俺の両サイドに立っていたふたりが、急に地面に膝を突いた。
「……なん?」
いや、異変はそれだけでは無い。よく見ると、ふたりの周囲の草花が、何かに押しつぶされたようにぺたんと地面に埋まっている。
「立って! 立ちなさい! 早くこっちへ!」
「てめぇ、ふざけんじゃ」
「くッ!」
ゴシャンという音がして、
「これは……高重力?」
「いいから早く!」
みしみしと言ってくぼんでいく大地に違和感を覚えつつも、俺はよろよろとよろめきながら、ふたりの前から立ち去った。
★
「あのー」
「なーに、坊や」
「助けて頂きありがとうございました」
山道に止めてあったオフロードバイクから乗り換えたスポーツカーに揺られながら、俺は窮地を救ってくれた女の人にお礼を言う。
「良いって事よ。協議会は私たちの敵だもの、奴らの鼻をあかせたついでに貴方みたいな可愛い坊やを救えたのなら儲けものよ」
ハンドルを握る彼女はそう言ってけらけらと笑う。
「協議会が敵?」
「そう、私たちは……って自己紹介がまだだったわね。私は帰還者解放戦線に所属する
気軽に
彼女はウインクをしながらそう言った。
「……
忘れられないその名前に、俺は彼女の面影を重ねてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます