第12話 復讐するは我にあり
(あれ?)
静かな授業中の事だった、ふと廊下の方を見るとひとりの男子生徒が私服でトコトコ歩いていた。
遅刻して誰も居ない廊下をぽつねんと歩く、それはたまにある光景だ。
(なんで私服?)
ここは学校だ、学校には制服がある。ごくごく当たり前の話だ。
俺は頭をひねりつつも、視線を黒板に戻し授業に取り組む。
(やっぱ気になるな)
だが、授業内容なんてこれっぽっちも頭に入って来ない。
(なんか……胸騒ぎがする)
日常を歪ませる小さな違和感。
俺は、コロニーが崩壊した日の事を思い出し、居ても立っても居られなくなる。
「先生すみません、ちょっとトイレ」
くすくすという笑い声に送られて、俺は教室を抜け出した。
★
(こっちに行ったよ……な……)
教室を出て数歩、異変は直ぐに見つかった。
「なん……だ……こりゃ……」
異変は直ぐ隣の教室で起きていた。
廊下に面した窓ガラスが、闇よりも黒く塗りつぶされていたのだ。
暗幕を締めているというレベルでは無い、一切の光を通さない漆黒の闇だ。
「帰還者」
朝聞いたばかりの噂話を思いだし、俺はごくりと生唾を飲み込みそう呟いた。
「こんな……ところで……」
グルグルと様々な思いが頭を巡る。
「確か、壁を消失させたって……」
誰かがそんな事を言っていた筈だ。
この教室でそんな事になればどうなるか? 学校は3階建て、ここは2階だ。
少なくとも3階の連中は、1階まで一直線だ。
「それどころか……」
消失の範囲がこの教室だけに収まるなんて保障はない。俺たちのクラスまで巻き込まれるかもしれない。
先生に報告する? 無駄だ、超常の力を振るう帰還者相手に何が出来るって言うんだ。
協議会に知らせる? 連絡先なんて知りやしないし、どう考えても間に合わない。
「様子を見るだけでも……」
俺は息を殺しつつ、教室の後ろのドアに手を触れ――
パキンとガラスが割れる様な澄んだ音がした。
それと共に、窓ガラスの向こうに広がっていた漆黒の闇が瞬きの間に霧散する。
「え?」
その事に動揺した俺は、力の制御を誤り、ドアにポンと手を触れた。
瞬間、俺の怪力によって教室のドアは反対側まで吹っ飛んでいき。校庭にガラスの雨を降らすことになった。
「や……べ……」
俺は言葉を失った。それはドアを破壊してしまった事にでは無い。
「なん……だよ……」
教室の内部は異界だった。
床から生える石造の手によって動きを封じられた生徒たち。
その大部分が目と耳と口から多量の血を流していた。
顔面を血だらけにした生徒たちは、もごもごと悲鳴にならない悲鳴を上げていた。
白い筈の教室の床は、生徒たちが流した地によって、夕闇の様に赤く染まっている。
「なんだこれはーーーー!」
フラッシュバックするあの日の光景。
奴らにコロニーの皆を食われてしまった光景が、俺の脳裏に否応なしに浮かび上がる。
「お前……どうやって僕の結界を突破したの」
ボツリと呟かれた声に、殺意を込めて視線を向ける。
教卓の付近には、ひとりの少年の姿があった。
小柄で痩せ気味。吹けば飛ぶような体躯の持ち主だ。
その少年は、ジーンズにパーカーという非常にラフな格好を、元の色が分からなくなるぐらい真っ赤に染めていた。
「お前が、やったのか」
「ふん、僕以外に誰がいるっていうのさ」
少年は不機嫌そうにそう言って鼻を鳴らす。
それには、微塵の後悔も躊躇も無く、只々行為を邪魔された苛立ちに満ちていた。
「お前……」
黒板には何らかの肉塊がへばりついていた。端々に見える服装の断片から、生徒では無く教師なのかもしれない。
「たっ、助けて」
まだ、被害にあっていない後ろの席の生徒が、石の手に固定された体を必死にひねり、俺にそう懇願して来る。
「都合がいいねぇ。僕の叫びは聞かないふりをしたのに、自分はそう言って叫ぶのかい?」
少年はそう言ってニヤリと口を歪める。
「お前は……」
聞いたことがある。俺があの世界に行くちょっと前、いじめを苦に引きこもりになった奴が隣のクラスにいるって。
「
確かそんな名前だった。
俺がその名を呼ぶと、
「
レイジはそう言って、懐かしそうに顔を緩める。
しかし、その顔も長くは続かなかった。
緩んだ唇は硬く食いしばられ、下がった眉は何かを堪えるように持ち上げられる。
「やはりお前も……」
俺はポツリとそう呟いてしまった。
「お前も? お前もって何だよ」
レイジはやや困惑した表情で俺を見つめる。
「お前も異世界からの帰還者って言うのかよ」
俺はその問いには答えずこう言った。
「やめろ、これ以上罪を重ねるな」
俺とこいつでは全ての意味で境遇が異なっている。下手な同情をしても火に油を注ぐだけだろう。
「罪? 罪だって?」
レイジはそう言って腹を抱えて大笑いする。
「何言ってんの君? 正義の刃で悪を退治するのは勇者の大切な仕事だよ?」
そう言った奴の目は、さっき見た漆黒の闇に引けを取らない位、どこまでも深い黒だった。
「まぁどうでもいいや、邪魔だから君から死ねよ」
ストンと力を抜いた奴は、俺の方へと右手を向ける。
その右手に紫電が宿り――
「アレ・ガイスト・ルステン・シュタイン」
聞きなれない言葉と共に、稲妻の槍が俺目がけて発射された。
「くっ!」
俺は間一髪転がりながらそれを回避する。だが……。
「あははははは!」
奴は酷く楽しそうに凶笑を浮かべる。
奴と俺の間にいた生徒たちが、奴の攻撃の余波を受け、黒焦げの肉塊になったのだ。
「いいのかい? 助けを求められてたんじゃなかったの?」
奴は俺をいたぶるようにそう言った。
「ここじゃ狭い! 外に出ろ!」
「あははははは。勇者は戦う場所を選べないんだ、常在戦場、勇者の基本理念だよッ!」
奴はそう言って小さな黒い球をマシンガンのように撃ち出して来た。
「くっそッ!」
俺は必死になってそれをかわす。何発かはは俺の体を掠めたが、俺の強靭な皮膚は貫けないようで、体に当った途端に霧散した。
だが、俺の体は平気でも、教室の壁はそう言う訳にはいかない。
俺の背後から悲鳴が木霊する。
「くそったれッ! 逃げろ! みんなッ!」
俺の背後は俺たちのクラスだ、いつも通り何も知らずに授業を受けていたクラスに、黒板越しに銃を撃たれたらどうなるか。想像するに恐ろしい。
俺は体を大の字にして、奴の弾丸の的になる。
「逃げろ! 逃げろみんな! 速くッ!」
俺は力の限りそう叫んだ。
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