第11話 復讐の狼煙

「ったくしけてんよなー」


 夜も更けた繁華街の片巣にその少年たちの姿はあった。

 彼らはユラユラとタバコの煙を曇らせながら、スマホ片手に夜道を歩いていた。


「あー、そう言えばサイフ君どうしてんだ?」

「さーてしらね。ってかお前がやり過ぎんから引きこもっちまったんだろ」

「んなこと知らねぇよ。俺はただ誠心誠意お願いしてただけだぜ?

 哀れな僕たちに愛の手をってな」


 タバコ臭い笑い声が木霊する。

 少年たちは短くなったタバコを道端に投げ捨てると、薄汚れた路地裏へと足を向けた。

 その先には彼らがたまり場としている、一軒の寂れたバーがある……筈だった。


「なんだ……こりゃ?」


 古びたバーの扉は、小間切れという言葉では物足りない程に執拗に粉砕されており。その店内も竜巻が発生したような有様だったのだ。


「おい! マスター!」


 何が起こったのかを確かめるために、少年のひとりが店内へと足を踏み入れる。だが、その声に帰ってくる言葉は無く。その代りに、ぶすぶすと肉が焼ける嫌なにおいが彼の鼻孔に届いて来た。


「おい、なんかやべぇ、逃げるぞ!」


 やり過ぎて、ここらを縄張りとしている半グレに目を付けられたのか?

 だが、自分たちはそこまでの悪では無い。ちょっとした小遣い稼ぎ程度の恐喝ぐらいしかしちゃいない半端者の不良だ。

 ここまでの報復を受ける謂れなんてありはしない。

 彼らは心の中で必死に言い訳を重ねていく。


「ひっ、まっ待ってくれよ!」


 少年たちはガタガタと腰を抜かしそうになりながらも、繁華街の灯りを目指して薄暗い路地裏から駆け出していく。


「おい……なんか変じゃねぇか?」


 何か? どころでは無い。それは明らかな異常だった。


「……」


 その異常が明らか過ぎて、彼らは口に出す事すらはばかられた。


「おい! なんか変じゃねぇかって言ってんだよ!」


 それを認めてしまえば、この悪夢から永遠に冷めない気がして、声を掛けられた少年たちは青白い顔をして、口を噤む。


「なんでいつまでたってもここから出られねぇんだよッ!」


 先頭を走る少年は、泣き出すようにそう叫んだ。

 繁華街の灯りまで、50mもありはしない。

 だが、水平線に沈む太陽の様に、その灯りは永遠とも言える遥かにあった。


「簡単な話だよ」


 誰も居なかったはずの背後から掛けられた声に、彼らはつんのめりそうになりながらも後を振り向いた。


「だっ、誰だッ!」


 そこにいたのはジーンズにパーカーを羽織った、何処にでもいる様な小柄な少年だった。

 彼はこの場に似つかわしくないにこやかな笑顔を浮かべて、彼らの問いにこう答えた。


「いやだなぁ、忘れちゃったの? 僕だよ、僕」

「おっ、お前は」

「そう、思い出してくれた?」


 動揺する彼らを他所に、少年は春の日差しのような笑みを浮かべる。

 ただ、その目だけは……。


「お前本当に、是川これがわか?」


 彼らの記憶にある少年は、何時もビクビクとおびえた目をした小動物のような少年だった。

 だが、今目の前にいる少年は、朗らかな笑顔とは裏腹に、ドブの底の様な濁った瞳を張り付けた、歪な現代アートのような風貌をしていた。


「あはは。是川これかわよりも、レイジって呼ばれる方が嬉しいかな。

 あっちの世界ではそう呼ばれていたしね」

「あっちって……お前、まさか」


 その言葉の真意を探ろうと、彼らのひとりがそう言いかけた時だ。

 ふわりと少年の体が宙に浮く。


「ふふふ。ユステルバインではね、僕は凄腕のマジックキャスターだったんだ。伝説の七英雄に引けを取らないほどにね」

「こいつ帰還者だ! 逃げろ!」


 その様子を見た彼らは、再び繁華街の灯りを目指して駆け出した。


「ふふふ。無駄だよ無駄。ここはもう僕の領域さ」

「くそっ! 何だってんだッ!」


 彼らがどれだけ足を動かそうとも、繁華街の灯りは一向に近づきはしない。

 だが、ここで足を止めてしまっては……その先の運命が彼らにはありありと予想できて、無駄だと分かっている努力を止める事は出来なかった。


「さて、どうしようかな?」


 デザートビッフェで好みの菓子を選ぶように、少年は浮ついた声で無意味な行動をする彼らを見下した。


「わるか、悪かった! 俺らが悪かった!」


 彼らは必死に足を運びながらもそう叫ぶ。


「あはは。謝る事はないよ、もうすんだことでしょう?」

「許して! 許してくれ!」

「あはは。だから言ってるだろ……」


 少年はぐっと拳を握りしめ、瞼を閉じる。

 少年の閉じた瞼の向うに広がるのは、薄暗い路地裏などでは無かった。

 何処までも広がる草原だった。

 共に冒険を繰り広げた仲間たちだった。

 多種多様なモンスターたちだった。

 強靭無比、無敵と呼ばれた邪悪なるドラゴンだった。


「もう謝っても無駄なんだよ!

 もう帰って来ないんだよ!

 もう僕は! 僕はッ!」


 少年の体に紫電が宿る。


「お前らの所為だ! お前らの所為だ!」

「ひっ! そっそんな!」

「うるさい! うるさいうるさいうるさいッ!」

「たったすけ――」

「全部……消えちゃえ」


 少年の呟きと共に、路地裏は光を通さぬ闇の中へと消えていった。


 ★


「おっはよーさーん」


 教室のドアを開けると、中では噂話の真っ最中だった。


「ん? 何々? どうしたの?」

「は? お前知らねぇのかよ、親父が警察の癖に」

「んーん?」


 父さんは何時もより早く出勤して朝から顔を合わせていない。まぁ捜査機密を迂闊に話すような人でもないので、それが遅くなっても同じだろうけど。


「出たってよ」

「出たって何がだよ」


 俺の質問に対し、そいつは神妙な顔でこう言った。


「帰還者だよ、この近所で出たって話だよ」


 帰還者という単語に、俺はごくりとつばを飲み込んだ。


「A組の村雨むらさめが言ってたんだ。アイツの家繁華街の近くだろ。そこの路地裏に警戒線が張られてたんだってよ」

「そーそー、なんか酷い事なってたらしいよ。おっきなスプーンでくるりと抉られたみたいに、路地裏の壁やら地面やらが消失してたって」

「あそこの路地裏には怪しい店が多かったから、ヤクザに追い詰められた奴が――」


 クラスメイトはがやがやと噂話に花を咲かせる。

 だが、俺にはその全ては聞こえてはこなかった。


(俺の他にも……帰還者がいる)


 ドクドクと心臓が高鳴った。

 意味の分からない冷や汗がダラダラと流れ落ちた。


(しかもそいつは、力を行使する事をためらわない)


 比較対象が居ないのでよく分からないが、俺のチートスキルは大したことが無いと思う。

 俺のスキル――レベルアップなんてものは行ってしまえば単なる怪力だ。正直スキルと言えるのかどうかも怪しい部類だ。

 ゲームでだって、レベルアップは基本システムだ、それをスキルとは言わないだろう。


(まぁ、そいつがどんな奴であろうとも、俺が戦う訳じゃないしな)


 そう思い、精神を落ち着かせる。

 ニュースやネットで見る限り、帰還者対策協議会は結構派手に活動しているらしい。毒を以て毒を制す、あるは身内の恥は身内ではらす。

 選りすぐりの強力な帰還者たちで結成された協議会の実働部隊は、治安維持の名のもとにバリバリと帰還者たちを保護、あるいは捕縛しているという話だ。


(何かあれば協議会とやらが何とかしてくれるだろう)


 俺はそう思っていた。

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