第10話 牙を研ぐもの

「はぁー、つっかれたー」


 自宅に帰った俺は、疲労困憊ベッドに倒れ伏す。

 何とかぼろは出さずにすんだ……と思う。

 だが、綱渡りの一日だった。


「早く力の制御が出来るようにならないとな」


 色々と問題は山済みだが、最大の問題はやはり力の制御だ。

 意識しすぎるとロボットみたいにギクシャクとした動きになるし、かといって気を抜けば全てのものを破壊してしまうデストロイヤーになってしまう。


 力の制御の為に用意した知恵の輪に手を伸ばす。当面の目標は、これを壊さずに解くことだ。


 カチリカチリと、金属がこすり合わさる音がする中、俺は今日一日の出来事を反芻していた。


「いろんな人に迷惑かけてるよなー」


 先生へ挨拶するのに、父さんには午前の仕事を休んで同行してもらった。

 自分のしつけ不足だと、深々と頭を下げる父さんはいったいどんな気持ちだっただろう。

 俺が行方不明の間、クラス総出で手配書配りをしたこともあったらしい。

 委員長なんかは、毎日母さんを手伝ってくれたそうだ。


 もちろん、俺の行動に眉をしかめる人も多い。

 クラスの皆は基本的に呑気な奴ばかりなのでそうでもないが、一部の先生にはたっぷりの嫌味と小言を言われたりした。

 中でも仲里なかさと先生は酷かった。


「あそこまで言わなくてもねぇ……」


 俺の人間性を含めての全否定だった。反論しようのない正論でもってグチグチネチネチ言いたい放題。クラスの皆もドン引きしていた。


「最初から反論する気なんて無いってーの」


 正確には、反論なんて出来ない、の間違いだが。

 そんな事をしたら全てを明かすことになり、身の破滅だ。


 俺自身に後ろめたい事は何もない。

 化け物たちとのヒャッハー生活は兎も角、エミさん達との暮らしは俺の大切な宝物だ。

 だが世間の風向きはそうはいかない。帰還者に対する風当たりは最悪の一言だ。

 俺がもしその事を打ち明けてしまったら……。

 そう思うだけで身震いがしてくる。


「はぁ……疲れた」


 3個目の知恵の輪を唯の曲がった針金にしたところで作業を中断する。

 その時だ。


「お兄ちゃん! 大丈夫だった!」


 帰宅そうそう、ノックもせずに男の部屋に入る女がいる。

 そう、我が妹だ。


「あー、何とかなー」


 俺はへらへらと手を振りながらそう答える。

 ちなみにかえでにも俺の秘密は打ち明けてある。それは父さんが説明してくれた。

 俺に輪をかけて呑気な性格のかえでは、最初は事態の深刻さを理解できないでいたが、最後の方では目に涙を浮かべながら父さんの説明を聞いていた。


「そう、よかったー」


 かえではそう言うとぺたりと床に座り込んだ。

 なんてことない一言で、この全幅の信頼感。

 将来変な男にだまされないか心配な兄である。


「まぁいいわ! 何があってもお兄ちゃんはわたしが守ってあげるから!」


 自分の中でどんな結論が出たのか、かえでは鼻息荒くそう言ったのであった。


 ★


「くそ、くそ、くそ、くそ、くそ」


 カーテンを閉め切った真っ黒な部屋で。

 地の底から響くような呪詛を振りまく男の影があった。


「なんでだ、なんでだ、なんでだ、なんでだ、なんでだ」


 無精ひげを伸ばし放題のその男は、この世の全てを恨むように、血走った眼でただひたすらゲームのコントローラーを操作していた。


「こんなもの!」


 叫びと共に、コントローラーが粉砕される。

 かつては心の底まで没頭――あるいは逃避、出来たその世界は、今の彼には色あせた偽物にしか見えなかった。


「何でだよッ!」


 彼は気の向くままに部屋の調度品を破壊していく。やり場のない怒りを少しでも和らげるために。


 破壊音が響き渡るも、誰も彼の部屋をノックする者はいない。

 彼はひとりきりだった。


「おい! ババア! 腹が減った……あーそうか、もう居ないんだったか」


 彼は淀んだ瞳でにへらと嗤う。

 この家に生きているのは彼ひとり。

 彼を諌める者は誰ひとりとして存在しないのだ。


「もう……いいよな」


 食料を漁りに居間に降りて来た彼は、テーブルの上に置いてあった新聞を横目で見ながらそう言った。

 そこにはこんな事が書いてあった。


『帰還者乱闘事件頻発、早急な対策が急がれる』


「そうだ、僕は選ばれた人間なんだ。世界を救った勇者なんだ。

 だったら……我慢する必要なんてないよな」


 そう言い握りしめた手に紫電が走る。


「先ずはアイツらだ、僕をイジメたあいつ等。

 何かにつけて金をせびり、暴力を振るい、僕の尊厳を踏みにじった奴ら。

 どっちが本当の獲物なのか教えてやる。狩られるものの恐怖を教えてやる」


 彼がそう言う居間の片隅には、炭化した何かが転がっていた。


「次は奴だ、僕の言う事を無視して自己保身に入りやがったアイツ。

 いつもご高説を言う割に、肝心な時には役に立たないクズ野郎」


 バチリバチリと紫電はその力を増していく。

 その一条がライトを破壊し、部屋は紫に包まれた。


「……殺してやる。僕にはもう怖いものなんて何もない」


 逢魔が時のような紫の部屋で、彼はそう言い唇を歪めたのだった。

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