第17話 新しい意志

 白銀神社で眩さを放っていた光は姿を消し、辺りの景色に色が戻る。

 黒ずくめの陰陽師のリーダー“和也“と、白い装束に身を包んだ陰陽師“由梨“は互いに間に合いつつも、横目で光の跡を追う。


「ふぅ……とても有意義な時間であった」

「有意義ですか?」

「あぁ、ここ数百年で最も心地良い時間だ」


 そこに立つ2人の人影に、和也は睨みを効かせる。

 華月は何事もなかったかのように綺麗な肌ツヤを持ち、その美しい銀髪と巫女装束を風になびかせつつ、陰陽師たちの前に仁王立ちする。


「てめぇ……ピンピンしてんじゃねぇか……」

「あぁ、おかげさまでな。まぁ、あの程度では死なないがな」

「強がんなよ、死にかけてただろうが?」

「あんなので死ねたなら、苦労しない」


 眉一つ動かさず、陰陽師たちを見つめる。

 陰陽師は無言で華月を見つめる。


「てめぇは、そう簡単には死ねねぇってのは本当なんだな」

「ところで聞きたいことがある。お前の術式は神白派ではないな。誰が師範だ?」

「あぁ? 何でテメェが陰陽術を知ってんだよ?」

「……変な術式でできた神社の中に何百年もいれば、術式の解読くらいできる」

「へぇ、そうかい。確かにその結界に使われている術式とは流派が違う」


 和也は黒い衣装を翻し、術式が刻まれた札を何枚も取り出す。


「元々は、印を結んで陣を出現させるのが基礎の基礎だが、それじゃあ効率が悪い。そこで予め札に術式をインプットしておくのさ。あとは投げれば、術式が展開され陣が展開される。そして、手で印を結ぶのと違って、複雑な術式も書くことができる」

「どうりで見たことのない術ばかりだったわけだ。それにしても、ペラペラと喋ってくれて助かるな」


 華月はバカにするような笑みを浮かべる。

 この会話中、加藤はそんな華月を見つめていた。

 その美しい姿に見とれていた。

 華月の妖力に取り込まれただけかもしれない。

 しかし、目の前に立つ銀色の長い髪を風になびかせるその姿は、この世のものではない美しさを纏っていた。


「どうしてペラペラ喋ってるか教えてやろうかぁ? テメェは今から死ぬからだよぉ」


 陰陽師は持っていた札を一斉に投げる。

 華月は笑みを崩さず、その場で仁王立ちしている。

 次の瞬間、周囲を爆音が響き渡る。

 スス臭さが周囲を覆い、煙が視界を遮る。


「何……?」


 陰陽師は驚きを隠すことができないでいた。

 これだけの爆音、そして煙は上がるのに、肝心の爆炎が見えなかったためだ。

 そんな陰陽師たちの心中を察せず、相変わらずの上から目線の美しい声が響き渡る。


「残念、不発だな」

「テメェ……」

「それにしても、なかなかの威力設定だな」

「この空間ではテメェは妖力を使えねぇはずだ。なのにどうしてだ……」

「ん? あぁ無論、私は貴様らが妖力と呼ぶ力などは使ってはおらん」

「じゃあ、何でだ?」


 その質問に、華月は先程までよりも、さらに広角を上げ、勝ち誇った顔で答える。


「格が違うからだ」


 説得力のある発言に、陰陽師は何も言えなくなる。

 太陽は南中に達し、遥か高みから人間を見下ろす。


「なら、今持てる全ての力でお前に挑むまでだだだ!!!」


 和也は勢いよく飛び出し、華月の背後にいる加藤に近づく。

 その手に握られた護符が加藤に向かって投げられる。

 まさかの行動に加藤は一歩も動くことができない。


「使える物は何でも使う。それが俺の流儀だぁぁぁ」

「おい……私の相棒に手を出すな」


 次の瞬間、眩い光が放たれ、その場の誰もが一瞬視力を失う。

 そして、視界が晴れると、和也は吹き飛ばされ鳥居に叩きつけられていた。


「かはっ……。て……てめぇ……今のは……」

「悪いな。これから、加藤に手を出した者は容赦なく叩き潰すぞ」


 加藤は、今さっき起こった出来事を、頭の中で懸命に整理する。

 そして、加藤の前に立ち、身を挺して守った華月を見つめる。

 その背中はとても頼もしく、大妖怪の風格を感じた。


「ふざけんなっ。てめぇ……どういうことか教えろぉ……」

「何の話だ?」

「俺の目はごまかせねぇぞ。さっき、てめぇ……俺の護符が作った陣を書き換えただろうが? 妖怪にできる芸当じゃねぇぞ」

「知らんな」

「まさか、てめぇ……陰陽術を使えんのかぁ……?」


 狼狽える和也は、その場で立ち上がることができない。

 先ほどの護符で持っていたのは全てのようだった。


「手軽に強力な術を使えるのは護符の利点だというのは実感したが、手で印も結べない奴が陰陽師とはよく言ったのだ」

「うるせぇ!!!」

「今日のところは見逃してやる。去れ」

「くっ……帰んぞ、お前ら……この件を報告しなければ……」


 意外にも素直に陰陽師たちは帰っていく。

 和也は最後まで振り返ることはなかった。

 由梨も続けて鳥居に向かう。


「良かったです」

「ん?」

「元気になって良かったです」

「別に、大した怪我ではなかった」

「いいえ。生き生きしてるっていみですよ」

「……」

「今度は少年を放さないようにね。じゃあ、私もこれで」


 こうして、嵐のように陰陽師たちは去り、白銀神社には加藤と華月だけが残る。

 華月は袖に手を入れ、大きく息を吸う。


「迷惑な奴らだったな」

「そうですね」

「まったく、あ奴らは陰陽術の”お”の字も知らん奴らばかりだな」

「え?」

「こんなことのために、白坊は頑張っていたのではない……」

「華月さん?」

「今日は悪かったな。今日はのんびり休め」

「あ……はい」

「どうした?」


 加藤は寂しそうな顔をする。

 華月はそんな加藤を不思議そうに見つめる。


「また会えますか?」

「当たり前だろ? 契約しているのだから」

「でも、どうやったら会えるんですか?」

「ん? んーではこれを渡しておこう」

「これは、その札を張った扉をくぐれば、ここに来ることができる」

「ありがとうございます!」


 加藤は疲れ果て、重い体を引きづり、鳥居をくぐって家に帰る。

 再び静寂が訪れた白銀神社で華月は立ち尽くす。


「……早く、明日が来ないかな……それはそうと、加藤の友達は救えたが、当の祟り神は逃がしてしまったか……」


 華月は目をつぶり、本殿に座る。

 その表情は、この上ない幸福感に満たされていた。


「神白……私は最後の生きがいを見つけたぞ。そして、お前の意志も継ごうと思う。だから、見守っていてくれ」


 白銀神社には、いつもよりも暖かい空気に包まれる。

 こうして華月にとって忘れられない1日が終わったのだった。

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