幕間 とある妖怪の回想①
もうどれほどの時が経ったのだろうか?
そんなことを思いつつ、華月は鳥居の方を見つめる。
目の前で来るものを拒まないとでも言うように立派な鳥居が立っている。
「あぁ……暇だなぁ……ここに来るのは変態陰陽師だけだ」
何百年もの時を経ても、白銀神社の中の時は止まったままだ。
まるで時間が流れていると錯覚させようとしているかのように、四季が移り変わる。
にも関わらず、鳥居や本殿は老朽化することなく、その姿をとどめている。
「なぁ、神白……私も其方に行きたい……」
誰もいない境内で、弱々しく呟く。
大妖怪の出で立ちなど微塵も感じないその雰囲気は、自らの影をより濃く染め上げる。
空には、相も変わらず大きな月が輝いている。
「ちっ……何故、私がこんな……」
静寂に包まれた境内に佇む華月は、自らの巫女装束を掴み、引きちぎろうとする。
しかし、しわがより、少しはだけるだけで破ることができない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
白銀神社は叫び声で満たされる。
華月はそのまま、鳥居に向かって走り、数発思いっきり殴る。
しかし、鳥居は結界に守られており、華月の腕が血まみれになるだけだった。
「くっ……つまらん……つまらんつまらん……」
華月は自らの唇を噛み切り、流れ出る血を舌でなめとる。
その歯は犬歯の如く鋭く尖り、その頭には大きなケモノ耳が躍る。
「クソみたいな結界も、しょぼい神社も、カスみたいな巫女装束も、クズばかりの陰陽師も、何もかも何もかも……こんな世界など潰れてしまえばいい……」
しかし、ふと我に返った華月は、悲し気な表情をしつつ、その場に立ち尽くす。
この世界に重くのしかかる現実に耐えきれないかのように、その耳は垂れ下がる。
辺りに咲き誇っていた彼岸花ももう消えている。
気付けば、時期は冬になっていた。
「時間など、あってないようなものだな」
華月は天を見上げて、立ち尽くす。
その瞳には、空で大きく輝く月ではなく、星1つない暗闇だけが映る。
こうして、華月にとって、何の変哲もないいつもと変わりない日常が終わっただけであった。
「おそらくこの世界には、もう奴が望んだ未来など来ない」
春には桜が舞い、夏には向日葵が胸を張り、秋には彼岸花が咲き乱れる。
しかし、今は何もない。
***
「よぉ、
「遅いぞ、白坊。私を待たせるとはいい度胸だな」
華月のもとを訪れた神白は、声高らかに叫ぶ。
銀狐というのは、華月が
一方、華月は神白と木偶の坊をかけて白坊と呼んでいる。
大妖怪としての威厳も込めた言い方ではあったが、神白自身は喜んでいるので、華月にとっては悩みの種だ。
「良いじゃねぇか。俺は人気者だから、忙しいんだよ。土産も持ってきたから、機嫌直せよ〜ほらほら」
「どうせ、昼飯の残り物なんだろ?」
「おい! 俺のつかえてる屋敷はここら一体の領主で知らない奴はいねぇんだぞ? そこのお抱え料理人の味をバカにするなぁ。というか、今日は手をつけてないから残りものでもない!」
「ま……まぁ……別に構わんけど……」
「というか、俺にも食わせろ!」
2人が合うのは珍しいことではない。
しかし、いつでも一緒というわけにもいかない。
神白は人間で、華月は妖怪である。
30代で立派な顔つきの神白に対して、下手をすれば10代にも見えるほど幼い見た目をした華月は、側から見ると親子に見えるかもしれない。
結局、持ってきたご飯は神白が美味しくいただく。
「なぉ、白坊」
「ん? 何だ?」
「お前の理想は叶いそうか?」
「厳しいね。精一杯やってるんだけどな」
「まぁっ」
そこで一区切りして、勢いよく神白は立ち上がる。
そして、腕を大きく上にあげて背伸びしたかと思うと、肩を回しながら華月に背を向ける。
「
「当然だ! 何と言っても私は、
「じゃあ、また来るぜ〜。それまでに、もっと綺麗な美人になっとけ! 俺には幼女趣味はない」
「むぅぅ……これでも大妖怪なのだが……」
「まぁ、もうちょっと出るところが出てくれれば良いんだがな」
神白は自分の胸の前で山のカーブを描く。
厄介なのは、半分本気だ言っていることだ。
「喧嘩売ってる?」
「あぁ、もうこんなじかんだーじゃあ、またなー」
「うぅぅ……もう度と来るなぁぁぁ」
棒読みで走り去る神白に向けて、華月は叫ぶ。
2人にとって何気ないいつもの1日だった。
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