3月8日 記入: 春秋

 初めに、今日も旨いものを出してくれてありがとう。

 最近は客入りも増えているが、多忙に殺されんよう気を付けてくれ。


          *


「今日も大入りだねえ」

 不意にそう言ったのは、昼前から酒に呑まれる勢いの弟子。

「そうね。……でも鉄穴、それほどここは危ういと言う事でもあるわ」

 それに対し、至極適当に指摘するもう片方も、同じく私の教え子であった。

 全くもってその通りである。

 私達と、ヒトは馴れ合わない道を選んだのだ。

 こうしてこちら側に出入りの出来る人間が、多ければ多い程、こちらも警戒が張り付めてしまう。

 じきに昼時である事も相まって、店内の数少ない席は全て埋まっていた。

 侘しさが一つの売りであるこの店は、今はそれが殺されてしまっている。

 何故、ここの店主はこんな境界付近に店を開いたのか。

 もうじき彼岸入りが近いとは言え、ここは境界線が緩過ぎる。

 ここにヒトが来れば均衡は保たれず、崩壊してしまう。だがこの店は違う。

 現店主である糸さんは、先代のこい殿から受け継いだと主張している。

 それが事実であるとすれば、この店は何十年、百年もの間此処に在る計算になるのだ。

 奇跡だろう。

 恐らく糸さんが多忙に殺されてしまえば、それこそ崩壊を招くかも知れない。

 兎に角無事を祈るばかりだ。

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