第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9②

 駅へと向かう大通りを歩いていた。

 皇居へと続くその通りは、緩慢かんまんな坂道になっていた。駅に向かっては下り坂だった。片側三車線の通りは右へと緩く曲がっていた。歩いていると、ゆっくりと谷底へと歩いて行く気分になった。ことに今のケンジにはグニャグニャと左右に曲がっているように映っていた。目が回っているのだ。

 自分がまっすぐに歩けない気がして、わざと側溝どぶの蓋の上を歩いた。蓋はガタガタと音が鳴った。側溝の幅で歩こうと思っても、意思に反して左右にフラフラとしてしまって、思いのままに歩けなかった。

 こんな状態で自転車にでも突っ込まれたらたまらないと思うのだが、身体が思う通りにならない。鼓動が異常に大きく、速い。重力には逆らえず、枯れ葉のように地の底にゆっくりと舞い落ちる心地がした。頭痛はいつの間にか抜け、代わりに頭に鉛の塊を入れたようだった。フラフラと左右に振られる。これは貧血だと思った。

「ナンバーナイン」の声はずっと頭でループしている。

 道の端にある側溝から、ガードレールを挟んでその外に立つ、「駐車禁止」の道路標識の白い丸柱をなんとか掴んで、倒れることも車道に飛び出すこともなくすんだ。ただ、そこに老人の運転する自転車が突っ込んできた。すんでのところでガードレールをつかんで避けた。

 驚きすぎたのか、老人は何も声をあげなかった。ケンジは左手でガードレールを掴み、中腰のまま、「すいません」と老人に、聞こえたのかははなはだ怪しい声で謝り、軽く頭を下げた。ケンジはよろめいたときに傘を放り投げたらしい。見回すと少し離れた歩道に逆さまに落ちていた。しばらくガードレールにもたれてしゃがんでいた。吐きたくてしかたがない。

 小糠雨は容赦なくケンジの心身に吹き付けられた。前髪からは滴がしたたった。雨と混じって脂汗が流れているはずだ。

 ひとりごちる。「そりゃわかっていたさ。あんな扱いを受けるくらい」。

 だが、考えるのと実際は違った。質感が違う。独特な重さや痛みがあった。


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