第2話 「雑踏」3

 やがて僕たちの短い旅の目的地の前に到着した。山野楽器である。ここでシホがナカムラにギターを買い、ついでにイルミネーションでも見ようとここまでやってきた。CD売り場である一階を尻目に四階のギター売り場へとエスカレーターに乗った。エスカレーターは片道で、帰るときは階段を降りなければならない構造になっていた。

 四階に着く。エスカレーターの終点はフロアの中央に位置している。僕たち三人は、クラシックギターやアコースティックギターを眺めつつ、手前奥にある、エレキギター売り場へと向かう。

 売り場の奥から、ギターをチューニングするハーモニクスの音が聞こえた。壁際にある通路の手前の床には所狭ところせましとエレキギターとベースが並んでいる。壁と中央にはガラスのショーケースが並ぶ。床に立っているのは比較的廉価なギターだ。ケースのなかには数十万円のギターが並んでいる。奥では五十歳くらいの中年男性による試奏しそうが始まった。なめらかにトレモロを繰り返している。

 廉価れんかなギターの値札を見たときにイヤな予感がした。フェンダーメキシコという比較的安価なギターの最低額で三万九千百円だった。

 「高い」

 シホが呟いた。そりゃそうだ。

 「だってカナが二万もあれば買えるって言ってたよ」

 どんな初心者セットだよ。そういうのは中古かオークションで探せよ。ナカムラと絡まりあっていた腕をほどいて、中腰で値札に見入る。「十五万・・・・・・」ナカムラに買ってあげたかったギターの値段だろう。「仕方ないよ」とナカムラがなぐさめた。友人の彼女から誕生日兼クリスマスプレゼントをせしめようとした報いだ。暖房のおかげで頭痛が緩む。上体を倒して値札を見るシホとその横に立つナカムラの後ろで、ばれないようにニヤニヤしていた。

 シホはがっくりと肩を落として、通路の奥にある出口へと続く階段へと歩いてゆく。片親であまり経済的余裕のない家庭に育ったと聞く。他人にギターなど買えるわけがない。だが若い女の子が落ち込む姿は痛ましく、横から肩を抱いて慰めたくなる。が、止した。シホを先頭にナカムラ、僕と、縦一列に階段を降りた。

 再度中央通りに出ると、左手に人だかりが出来ていた。ミキモト本店のツリーを見る人々だ。十メートル近くあるおそらくヒマラヤスギに、無数のLEDの電飾が光っている。ツリーを撮ろうと、人々がケータイやタブレットを向けている。寒さで頭痛がぶり返した。

 人々が一斉に息を呑み同じ方を見やった。視線の先にはマリオンで見た、手押し車のじいさんがいた。笑顔でツリーを見ている。失意のシホは幸せそうな表情のじいさんの手押し車を車道の方へ蹴りつけた。車はゆっくり横転し車の上の鍋やらコップ、皿、毛布などが散乱した。シホは苛立って、さらに車を蹴り続ける。「普通にしたいだけなのに」、「あんたみたいになりたくないの」とか、じいさんというより、自分に向け叱咤しったし、自分を傷つけているようだった。

 頭がキリキリする。穏当に引き止めるべきなのだろうが、頭痛のせいでとても面倒でやってられない。シホの腹を蹴ろうと一歩踏み出す。ナカムラが同時に踏み出した。どうしてか全力の蹴りはナカムラの脇腹に入った。ナカムラはもんどりうって、歩道の真ん中に仰臥した。そのまま泣き出してしまった。

 興ざめしたという顔でシホは人混みへと消えた。

 僕は募金と署名をしてから帰ろうと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る