恋とか君とか、あの子とか
星島 雪之助
どうやって大人になればイイんだろ
第1話 和也
僕の名は
もうすぐ夏休みだと言うのに、不幸な誕生日の始まりだった。
両親の夫婦喧嘩で目が覚めた。いつ聞いても嫌な声が聞こえて来た。
「パートを増やしたら何がダメなの」
「この散らかった部屋を見ろよ。そうでなくても家事もロクにできないくせに、パートを増やしてどうするんだ」
「散らかしてるのはアナタでしょ!」
「オレの靴下を拾うのはお前の仕事だろ」
ドスン 扉の閉まる音で静かになった。
3つ年下で中2の妹、
「おにぃちゃん・・・」結月が僕の足にて抱き着いた。
「ユーちゃん、大丈夫、大丈夫」
結月の肩をさすってやった。
「オヤジ、行った?」美月に聞いた。
「行った、行った」
「はぁ~・・・。じゃあ、朝ご飯食べよう」
2階の子供部屋から何もなかったように兄弟3人でキッチンへ行くと、涙目で朝食を並べている母がいた。
「おはよう。みんな、さっさと食べてよ」
母さんは何もなかった様に言ったが、グスンと鼻をすすった。
美月が朝食に出されたハムエッグを食べて大袈裟に「お母さん、美味しい」と言い、母さんはワザとらしく笑顔をみせた。
-----------
不幸な誕生日から1年が過ぎた。
-----------
今日は18歳の誕生日だ。
せっかくの誕生日が日曜なんて最悪だと思った。
1年前の誕生日以降、母はフルタイムのパートタイマーになった。まだ小さかった次女の結月を保育園に夕方まであずけ、日が暮れてから家に戻る様になった。
母さんが働きに出る事で何故そんなに機嫌が悪くなるのかが子供の僕にはわからなかったが、最近はわかって来た。
父親は養子だった。資産家の一人娘の所に婿養子に入ったが、自分が妻や子供を養っているというプライドは常にあった。だから子供が大きくなるにつれて家計が苦しくなり妻がパートに出ると言う自然な成り行きを受け入れる事が出来なかったようだ。
母さんがフルタイムで働くようになると「どうせ甲斐性なしだよ」と卑屈な言葉を口にするようになった。要するにコンプレックスを抱えてイジケていると言う事だ。
母さんは、自分が働いている事で家事の遅れや停滞を感じさせまいと早起きをして掃除洗濯をし料理も朝のうちに作り置きして出かけていた。
そして父さんよりも早く家に戻り、夕飯を仕上げて何事もない様に振舞っていた。
けれど、半年ぐらい前から母さんの様子が変わった。
どんどん帰宅は遅くなり、結月の保育園へのお迎えや夕飯の支度は高校生になった美月がするようになっていた。仕事は18時には終わっているはずなのに20時過ぎて戻る始末だ。
7月10日ついに父親の方が先に家に戻った。
「あ、お父さん。お帰りなさい」
美月は大嫌いな父親に挨拶をした。
「なんだ、お母さんは帰ってないのか?」
「うん。まだ。ご飯、できてるよ」
僕はイヤな予感がした。
「僕は先に食べたから、美月、ゆずをお風呂に入れてやれよ」
とっさに美月と結月をリビングから避難させた。
「わかった。ゆず、お風呂入ろう」
「うん」
小学1年生になった結月も、空気を読める子供になっていた。
父親は、食卓に座ることなくリビングのテレビの前に座っていた。
僕が食事を父の前に運んだが、チラリと見ただけで黙ってテレビを眺めていた。
・・・・息苦しい。
正直、帰りの遅い母に怒りを覚えた。
「和也、3年になったんだよな?」
父親に唐突に聞かれた。
「え、、、、うん。」
「大学受験するのか?」
父親が自分に関心を示すのは久しぶりで驚いた。
「いや、出来れば専門学校に行くか就職したいと思ってる。」
「そうか。専門学校だって受験があるだろ?」
「うん。」
父親と目が合うのは、いつぶりだろう?
「でも、もうすぐ夏休みだし、アルバイトするから帰りが遅い日もあると思う」
「バイトするのか?」
「うん」
「どこで?」
「ガソリンスタンド。時給950円だよ」
父が「ふん」と鼻で笑った。嫌な笑い方だった。
しまった・・・
「バイトか。せいぜい頑張ってくれ。俺の甲斐性がないからな。」
くそ、父親が自分に関心を持ったと勘違いした事に・・・猛烈に腹がたった。
バカだった。そんなハズないのに。
悔しくて涙が出そうになったが涙は出なかった。なぜなら泣いている暇は無かったからだ。母が玄関のドアを開ける音が聞こえたからだ。
正直なところ逃げ出したいと思った。
母さんは玄関からほんの数歩でリビングのドアに到達する。
父よりも遅く戻った母さんが、どんな顔でリビングに入って来るのか?
その後、父親はどんな罵声を浴びせるんだ?
母さんが殴られたらどうしよう?
妹達は、まだ風呂に入っている。出てくるなよ。
ドアの音が聞こえたのは気のせいだったかな?と思うほど長く感じた。
もう、いっそのこと自分が眠るまで母さんには帰って来ないでほしいと思った。
ガチャリ
勢いよくリビングのドアが開いた。
部屋に入って来た母は怯えた表情もなく、ケロリと入って来た。
「お父さんより、遅くなっちゃったわ」
父親は振り返ることなくテレビを見ていた。
「あ~あ、疲れた。お風呂が空いたら声かけてね」
母さんがダルそうに僕に言い、元々は夫婦の寝室だった自分の部屋に入って行った。
その母さんの姿は初めて見る女のように思えた。
なんだ? あれは・・・。
その違和感が何なのか、僕には分からなかった。
もう2年近く、父親はリビングのソファで寝ていた。
きっと今夜もリビングで朝まで過ごすのだろうと思うと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます