パパは元算数の先生

 渡り廊下に差し掛かると、日差しの乱反射と風に乗せられた紅葉もみじの葉が、百叡の瞳の中で輪舞曲ロンドを踊る。


 乾いた空気を胸いっぱいに吸い込み、ふと立ち止まると、後ろから女の子が数人やってきた。


「百叡くん?」

「ん? どうしたの?」


 普段はあまり話さないが、顔は見たことがある同級生だった。女の子たちはすぐには話し出さず、百叡の髪を見て、ニコニコの笑みを見て、手足を見て、何かうかがっているようだった。


「ん?」


 サワサワと風がにわかに強く吹き、銀の髪を強くなでた。


「前さ」

「うん」


 慎重に切り出され、百叡は真顔に戻った。


「初等部の算数の先生だったけど、高等部に行った先生知ってる?」

「百叡くん、習ってなかったと思うけど……」


 女の子ふたりが言っている先生が、百叡の脳裏に浮かび上がった。ニコニコの笑みをまた浮かべる。


「知ってるよ!」

「初等部でもそうだったけど、高等部でも人気にんきの男の先生」


 百叡はウンウンと大きくうなずく。


「あぁ、パパ人気なんだ」


 気にした様子もなく、普通に出てきた言葉。女の子の驚き声が、中庭に響き渡った。


「やっぱりパパなの!?」


 教師のプライベートが、百叡の純真なおしゃべりで学校にお披露目される。


「うん、数学の先生。たまに、女子高生がキャーキャー言って、大変とか何とか言ってる……」


 パパの愚痴が思わず出てしまった。女の子たちは、噂の数学教師の今を語る。


「お姉ちゃんが言ってたんだよね?」

「そうそう。お姉ちゃん、いつも先生のそばに行くと、はしゃぐって言ってたから」

「じゃあ、百叡くんのパパなのね?」

「うん、あってるよ」


 百叡は元気よくうなずくと、また歩き出した。その小さな背中を眺めながら、女の子たちは首を傾げる。


「でも、百叡くんのパパって、ディーバさんじゃなかったっけ?」

「何だかおかしいわね」


 R&Bのミュージシャンが数学教諭。どうやってもおかしい限りだった。

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