パパは歴史の先生

 渡り廊下を過ぎると、反対側の校舎へやって来た。また飛び上がろうとすると、何かイベントでもあるのかというほどにぎやかで、百叡は思わず立ち止まった。


「何だろう?」


 のぞき込んだそこには、腰までの長い髪が首の後ろで水色のリボンで貴族的に縛れていた。


「みなさ〜ん!」


 その声色は、りんとした澄んだ丸みのある女性的なのに、男性のものだった。すらっと背の高い先生はパンパンと両手を叩いて、生徒を注目させる。


「歴史の質問は順番に受け付けます。ですから、他のお友達が通れるように、廊下の端に寄りましょうね〜」

「は〜い」


 先生のファンクラブのような、生徒の人垣は言われた通り、廊下の端へ寄った。その真ん中で、ニコニコと微笑む先生を見つめて、百叡はまた幸せな気持ちになった。


「ふふっ」


 どんな時でも優しくて面白くて、学校で人気の先生。今日もいつも通り生徒に囲まれていた。


 百叡の笑い声が小さな口から思わずもれると、いつの間にか横に立っていた女の子が声をかけてきた。


「百叡くん?」

「ん?」


 驚くこともせず、百叡は横に顔を向けると、隣のクラスの女の子だった。


「先生がパパって本当?」


 生徒からの歴史の質問を聞いている歴史教師を見て、百叡はとびきりの笑顔でうなずいた。


「うん、そう!」

「でも、パパって呼んでないよね?」


 女の子からそう言われたが、百叡は家での言いつけを思い出した。


「学校では先生って呼ぶんだよ。家と違うから、パパって呼ばないって約束したの」


 女の子は一度は納得したが、どうにもふに落ちなくて、


「あぁ、そうなんだ。でも、先生の子供も学校に来てたよね?」


 生徒に大人気の歴史の先生はずいぶん昔に結婚していて、学校でも先生の子供は顔が知れていた。何人かいて、百叡の銀の髪が少しだけ横へ揺れる。


「誰のこと?」

花慈愛かじゃんちゃんとか?」

「うん、あってるよ」


 百叡も先生の子供の名前は知っていた。しかし、女の子には新たな疑問が出てきた。


「あれ? 花慈愛ちゃんと友達だった? お互いに知らなかったよね?」

「うん。だから兄弟になってからだよ、知ったのは」


 女の子と百叡はそれぞれの理由で、人気の先生を遠くにして、見つめ合ったままになってしまった。


「え……?」

「え……?」


 R&Bをやっているパパがいる百叡。歴史の先生の娘は花慈愛。それなのに、兄弟になっている。友達の頭の中はパンク寸前だった。

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