パパはピアニスト

 再び浮き上がって廊下を進もうとすると、背後から同じ歳の女の子に声をかけられた。床に呼び戻される。


「百叡くん?」

「どうしたの?」


 ひまわりのふちを描く銀の髪は、ニコニコの笑顔で振り返ると、同じ音楽クラブの女の子がいた。


「ピアノ習いに行ってるって、前に言ってたよね?」

「うん、行ってたよ」


 女の子はちょっと眉をひそめて、考え考えながら、


「今も習いに行ってる?」


 百叡の髪は横へ揺れた。


「ううん。今は行ってない」


 あんなにピアノのレッスンが楽しくて、みんなに嬉しそうに話していた百叡だったのに、習っていないとは、女の子は何かあったのかと思い、心配になった。


「どうして行かなくなったの?」

「おうちで習ってるから」

「先生がいえに来てくれるってこと?」


 教室へ行くのではなく、家に先生が訪問するピアノレッスンは、女の子も初めて聞いた。しかし、百叡のひまわりのような元気で可愛らしい頭は横へまた揺れる。


「ううん、先生がパパだから」

「あれ?」


 百叡の返事がよく飲み込めなくて、女の子は意外な顔をする。


「先生って、ピアニストもしてる人だよね?」


 有名な人で、クラシック音楽を好きな人なら子供でも、知っている奏者だった。


「うん! CDも出してるよ!」


 自分の未来の姿をパパに見て、百叡は超ハッピーな気持ちになった。夢を本当に叶えている大人がすぐそばにいるのだと。


 しかし、女の子はあごに手をあて、首を傾げた。


「あれ? パパはR&Bをやってる人じゃなかったっけ?」

「ん?」


 百叡はまぶたを激しくパチパチさせ、顔を突き出しただけだった。女の子は女の子でよく話が理解できなかったが、


「ピアノの先生がパパ……?」


 ピアニストがR&Bのミュージシャンをする。あり得ないことではなかったが、どうも話がおかしくなっていた。

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