第6話 友達 -2

ユリアの家に着くと、確かに色とりどりの花が飾られた店頭には沢山のお客さんが並んでいた。

リリィはお客さんに頼まれた花の茎を丁度いい長さに切る役目を言い渡された。花の茎を切るだけなのにこれがなかなか難しい。もたもたしているリリィをお客さんもユリアも温かく見守ってくれた。花の茎を切るだけでも大変なのに、店頭に立つユリアは接客も会計も花の扱いも完璧にこなしていた。そんなユリアをリリィはただただ尊敬の眼差しで見つめていたのだった。


(私もあんな風にしっかりとした女の子だったら)


今の様に兄さまに迷惑を掛けないのに……

リリィはぼんやりとそう思った。



そして夕方。

お客さんたちが居なくなるとユリアもその両親もほっと息を吐いた。

その中でも一番ほっとしたのはリリィかも知れない。

自分から言い出した事とはいえ、なかなか大変な仕事だった。

リリィとしては足手惑いにしかならなかったと思うのに、ユリアもその両親もリリィのお手伝いを本当に喜んでくれて、また来て欲しいとまで言ってくれた。

そしてリリィが帰る頃になると、ユリアはエプロンを外し、


「家の近くまで送っていくわ」


といってくれた。

外に出ると雨上がりの湿気が夕日をゆらゆらと揺らしていた。

それをみてユリアが


「そうだわ」


と声を上げてリリィの手を引っ張って高台へと昇っていった。

そこは街を一望できるユリアお勧めの場所らしい。

確かにそこから見る夕日に染まった街は絶景だった。


「ほら、みて」


ユリアが頭上を指さす。

そこにはうっすらと七色の虹がかかっていた。


「綺麗」


リリィは思わず呟く。


「そうでしょう。雨上がりにはいつもここから虹が見えるのよ」


すると言ってからユリアは徐にポケットから硬貨を取り出した。


「これは今日のお礼よ。受け取って」


けれどリリィは左右に首を振る。


「受け取れません。だって今日はペンダントを探してくれたお礼に手伝ったのに」

「でも、それ以上にこき使っちゃったし、受け取って貰えないと、私が両親に叱られるわ」


と言ってユリアはリリィに硬貨を差し出す。「でも」


「いいから。これで何か欲しいものでも買って」


欲しい物。

リリィは考えた。

自分が今一番欲しい物って何なんだろう。

お金?

名声?

それとも自分と兄さまを守れる力?

どれもお金では手に入りそうになかった。


「欲しい物。何かないの?」


ユリアが尋ねてくる。


「分からないです、ただ」


今日ユリアと出会ったことで、リリィの中に今までにない感情が生まれていた。

そう、今、昔兄さまと見た同じ虹を見ても、何かが違う。

リリィはそう感じていた。

何か温かいような、むず痒い様な不思議な感覚。


(これは一体何かしら)


リリィは自分の胸に手を当ててみる。

慣れない人と一緒にいるから?

でも、そんな緊張とも少し違うような。

リリィは首を傾げて考えていた。

そんなリリィの隣でユリアが話し始める。


「私はあるんだ、欲しい物。それこそお金では買えないんだけど、なんだかわかる?」


ユリアは目の前に広がる赤い夕陽を見つめる。


「それはね……」


その声はこの時リリィには届いていなかった。

けれど、不意にリリィの中から出た言葉がユリアの声と重なる。


「友達」


ユリアは驚いてリリィを見た。


「どうしてわかったの?」

「えっ」


リリィは訳が分からず首を傾げる。


「そう、私の欲しいのは友達なの。学校の皆はね、私の事ほめてくれて大切にしてくれるけど。何か、違うの。そうじゃないのよ。私が欲しいのは何でも話せる友達なの。何でも話せて、喧嘩だって出来る友達が欲しい。でも、これって私のわがままなのかな?」


ユリアはうつむいて、足元にあった石を軽く蹴った。


「ごめんね。つまらない話しちゃって。もう帰ろうか」


ユリアが踵を返した時、リリィは思わず彼女の手を取っていた。

ユリアがリリィを振り返る。


「私も欲しいです、友達。」


リリィがそういうとユリアは何かを察して、可憐に笑った。



ユリアと別れた帰り道。

リリィの心は踊っていた。

その手にはユリアが教えてくれたお店で買った袋詰めの焼き菓子が握られていた。

友達の家でお手伝いをしたお金で買った物だと言ったら、兄さまやラルフは驚くかしら?

少女はそんな事を考え「ふふふ」と笑い、空を仰ぎ見た。

そこには金色に光る少し欠けた月がぽっかりと浮かんでいた。

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オッドアイの悪魔 雨宮翔 @mairudo8011

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