第2話 再会 -4

しかし、次の瞬間少女の口から出た言葉は思いもよらぬものだった。


「兄さま」

「にいさま?」


ラルフは驚いてアルベルトを見る。

するとアルベルトも目を見開いて


「リリィ?」


と呟いた。

「やっぱり兄さま。よかった、あの人の封印が解けたのね」

「お前こそよく無事で。封印が解けてからずっと探していたんですよ」


二人はひしっと抱き合い涙ぐんだ。


「あの」

二人の間にラルフがおずおずと口を挟む。


「感動の再会に水を差して悪いんだけど。この子は一体」

「この子はリリィ。僕の双子の妹です」

「い、妹ぉ?」

「そんなに驚く事ですか?」

「だってお前天涯孤独みたいな顔してたから」

「勝手に人の生い立ちを決めつけないでください」

「じゃあ、もしかしてお前が夜中家を抜け出してたのは、この子を探してたからなのか?」

「僕が家を抜け出してた事に、気づいていたんですね。貴方は他にどんな理由があると思っていたんですか?」

「それは、お前。その……」


途端に口ごもるラルフをアルベルトは面白そうに眺める。


「兄さま」


リリィは急に慌てた様子で顔を上げた。

「早くこの街を出た方がいいわ」

「どうしてですか」


リリィは辺りを見渡し、小声で言った。


「今夜この街で大規模な悪魔払いの儀式が行われるの。力のある退魔師たちが協会から派遣されてこの街に集まり始めているわ。」

「教会」


ラルフが首を傾げる。


「協会ですよ。主に力のある退魔師を束ねて悪魔祓いをしている組織です。でも、そうか。なるほど、道理でこの街は空気が悪いと思っていたんですよ。どうやら微弱な結界がこの街にはすでに張られていたんですね。けれど、それを知っていながらお前はどうしてこの街に?」

「それは……」


そこまで言いかけて少女は


「あぁ!」

と声を上げる。


「あれがないと私は死んでしまうんだったわ」

「あれってペンダントの事?」


ラルフが訊くと、少女はコクコクと頷いた。


「ペンダント?お前は一体……」

「ごめんなさい兄さま。本当はいけない事だと分かってはいたの。でも私が生きていくにはこれしかなくて」

「ペンダントとはまさか、仲間を裏切った悪魔に配られるあの……」

するとリリィはアルベルトから目を逸らす。


「その通りだよ。オッドアイ持ちのアルベルト」


三人の頭上から、禍々しい声が降ってくる。

見上げるとそこには大きな芋虫の形をした悪魔が三人を見下ろしていた


「君の妹は自分が生き残るために僕たち悪魔と裏切ったんだ」

「違うわ、インゼクト。私は」

「じゃあ、これは何なんだい?」


インゼクトと呼ばれた悪魔は蒼い石の付いたペンダントをリリィに差し出す。


「これは仲間を裏切り協会に加担する事を誓った証だ」

「違うの。私は仲間を裏切ったつもりはなかったの。ただあの人が」


そこでいままで黙っていたアルベルトが徐にシュバルツ・シュペーアを召喚する。


「アルベルト」


ラルフに声は怒りに染まったアルベルトまで届いていない様だった。


「詳しい事情ははっきりと飲み込めませんが、あいつら協会の人間がリリィを旨く嵌めて仲間にした事だけはよく分かりました。おそらく黒幕はあの純白の天使でしょう。さて、一体どこに行けばあの聖人の皮を被った悪魔を引きずり出せるのですか?」

「それはそこにいる人間を僕にくれたら、教えてあげるよ」

「それは難しい相談ですね。いいでしょう。こうなったら力ずくで君の知っている事全てを話してもらいましょう。」


アルベルトは徐に右手を翻すと、蒼い炎に包まれたシュバルツ・シュペーアを召喚する。


「半人前の悪魔アルベルトがこの僕に挑戦するとは面白い。」

インゼクトは折り曲げていた体を持ち上げると、大きく咆哮した・


「インゼクトごときが何を生意気な」


アルベルトは強がって見せるが、彼が持つシュバルツ・シュペーアから放たれる炎は明らかに弱弱しく、今にも消え入りそうだった。


「やめて、兄さま。今の兄さまの魔力じゃインゼクトにだって勝てないわ」


リリィが叫ぶ。


「そうだよ。何でいきなりそういう事になるんだよ。」


すると、アルベルトはラルフ突然襟首を掴み、キスをした。

その瞬間、ラルフは全身の力を抜かれてその場にへたり込んでしまう。

それとは対照的にアルベルトの持つシュバルツ・シュペーアから放たれる炎は勢いを増した。


「これで充電完了です。出来損ないの悪魔インゼクトになんて負ける気がしませんよ。」

「お前は、いっつもいきなりすぎるんだよ」


ラルフは腰を抜かしたまま抗議する。


「魔力を吸収するのにムードなんて必要ないでしょう」

「そういう事を言ってるんじゃなくて」


と言い返して、ふと隣にいるリリィを見ると、彼女は両手で顔を覆い赤面していた。

この少女は兄とは違い純真無垢な性格らしい。


「あの、違うからね。俺たち別にそういうんじゃ・・・・・・」


なにを必死に弁瑛しているんだろうと、ラルフは自分でも訳が分からなくなった。


「それじゃあ行きますよ、インゼクト」


アルベルトはいつの間にか上空高く舞い上がり、勢いよくインゼクトに突進していた。しかしインゼクトの固い甲殻の覆われた体にシュバルツ・シュペーアの切っ先は弾かれてしまう。


「そんな攻撃利かないもんね」


インゼクトは大きな尻尾をアルベルトに向かって振り下ろすと、彼の体をレンガの壁に叩ききつける。


「ぐあぁぁ」


アルベルトの叫びと共に灰色の粉塵が舞い上がる。


「アルベルト」

「兄さま」


ラルフとリリィの二人はアルベルトの側に駆け寄ろうとするが、インゼクトの巨体に阻まれてしまう。


「アルベルトをやっつけたら、二人とも僕が食べてあげる。だからそこで大人しく待ってて。」


二人はぞっとして身を寄せ合った。

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