第2話 再会 -2

「大体、さっき俺が遅刻しようがしまいが関係ないって言ってたけど、そんな事ないだろ?一緒に登校するんだから……」

「そうでした。ほらほら何をグズグズしているんですか!早く制服に着替えなさい」



そうなのだ。

アルベルトは日中もラルフと一緒にいるために、年齢を偽りラルフに通う学校に転入してきていた。しかも教員に頼んで強引にラルフと同じクラスして貰ったのは、生徒たちの間でも有名だった。

しかも、どうして同じクラスにしてもらったのか生徒の一人に聞かれたときにアルベルトが


「彼とひと時も離れたくなくて……」


などと答えた物だから、一部の女生徒の間では、二人は何やら妖しい関係で、アルベルトがラルフに片思いをしているという設定が勝手に出来上がっている始末である。

そんなアルベルトの学校での評判は勉強もスポーツもそつなくこなせる百年に一人の秀才であった。

それが例え魔力を使ったインチキであっても、そんな事を知らない者からすれば彼は非の打ちどころのない優等生だ。

一方、ラルフは勉強もスポーツもまるで駄目で、しかも突然奇声を発しては走り出す、周りから見れば気味の悪い劣等生だった。

そんな正反対な二人が何故いつも一緒にいるのか、周りにいる教師や生徒は不思議がっていた。


「きっと頼りない相手の方が保護よくをそそるのよ。」


二人の関係を応援している一部の女子たちがひそひそと噂しているのを、ラルフは聞いてしまった。


(保護欲ねぇ)


実際は全然そんな理由ではなく、ただ単にラルフがアルベルトから離れると、彼の左目が痛み出すので、一緒にいるだけなのだ。

家に居る時も一緒。

教室で勉強する時も一緒。

トイレも一緒。

さすがにお風呂までは一緒ではないが、ラルフがシャワーを浴びている間はアルベルトは扉の前で本を読みながら待っている。

彼らが出会ってからここ数日はそんな日々が続いていた。


「あぁああ」


アルベルトの目を盗んでやってきた誰もいない屋上でラルフは思いっきり奇声を発した。


「何で俺があんな奴と四六時中一緒に居なく

ちゃいけないんだよ。もっと 可愛げのある奴なら許せるけど、二人の時は嫌味ばっかり言ってくるしさ。その癖、外面がいいから、家で外でも比べられるし」


ラルフは屋上で一人、地団駄を踏む。


「もう、やってられないよ」


勢いよく両手を振り上げたラルフの背後で突然「きゃあ」と言う声が響く。

振り返るとそこに居たのは、腰まで伸びた長い金の髪をたなびかせた可愛らしい少女だった。


「ユ、ユリアちゃん」


ラルフは驚いて一歩後ずさる。


「ご、ごめん・さっき腕、当たっちゃった?」


ラルフが緊張のあまりたどたどしく尋ねる。

ラルフが緊張するのも仕方がない。

何故ならユリアはクラスのマドンナ的存在でラルフが密かに想いを寄せる少女だからだ。

しかも彼女は(アルベルトを除いて)学校で唯一ラルフと話してくれる心優し少女だ。

友達のいない寂しい学校生活を今まで耐えられていたのは彼女の存在があったからだ。


「ううん。大丈夫。それよりこんな所で何してるの?」

「いや、ちょっと考え事をしてて……」

「そうなんだ。それじゃあ邪魔しちゃったかな?ごめんね」


そう言いながら、ユリアは辺りをキョロキョロと見まわす。


「どうしたの?」


ラルフが尋ねるとユリアは言いにくそうにしながら


「今は一緒じゃないんだね。アルベルト君」


と答えた。

やはり彼女も彼の事が気になるのだろうか。

複雑な思いがラルフの胸を過る。


「まあ、そんないつも一緒にいつ訳じゃないから。みんなが思ってるほど仲良くもないし」

「そうなんだね。私が見る時はいつも一緒にいるから、すごく仲が良いんだと思ってた。だから、その……」

「それより、ユリアちゃんこそこんなところに何か用事でもあったの?」


ユリアが発する先の言葉を何となく聞きたくなくて、ラルフは慌ててユリアに尋ねた


「うん。ラルフ君を探してたの。」

「俺を?どうして?」


何故か胸がドキドキしてくる。


「次の時間移動教室に決まったから、知らせなきゃと思って……」


何だ、とラルフは胸を撫でおろす。

彼女の答えを聞いて何故ホッとしたのかはラルフ自身も分からなかった。


「そうなんだ。わざわざありがとう」

「ううん。それじゃあまた後でね」


そう告げると彼女は屋上を去っていった。


「はぁ、やっぱり今日も可愛いなぁ、ユリア

ちゃん」


少女の背中を見送りながらラルフがボーッとしていると、その頭上から突然アルベルトが降りてきた。


「びっくりした。何だよ、居たのかよ。」

「僕は常に君の半径百メートル以内には待機していますよ。」

「嫌な宣言だな、おい」

「それより君は彼女の事が好きなんですか?」

「なっ」


いきなりの歯に衣を着せない質問にラルフは戸惑い口ごもる。


「どうなんです?」

「そうだよ。好きだよ。悪いかよ。」


ラルフは若干切れ気味に答えた。

するとアルベルトはいつもの様に「ふふふ」と笑う。


「何だよ。」

「いえ、面白いなと思いましてね。僕は生まれてこの方、恋などした事がない物ですから、それが一体どういう感情なのか分からないんですよ」

「でもインキュパスは女性を誘惑してその魂を奪うんだろ?その相手に、その。本気になったりしないの?」

「人間たちは何か勘違いをしている様ですが、本来、異性を誘惑して魂を奪うのはサキュパスです。インキュパスが奪うのは精々魔力が足りない時に女性から生気を少し頂くくらいですね。ほら、あの時君から生気を奪った様みたいに。まあ、男性から頂くことは本来全くと言っていいほどありませんが……」

「お前、人の……奪っておいてその言い草」


そこまで言ってラルフは数日前の屈辱を思い出し、眩暈を覚えた。


「それじゃあ、悪魔は誰かに恋したりしないの?」

「個人差はあるかも知れませんが、基本的ににはしませんね。必要ありませんから。」




昼間はそう言っていた彼だが、その夜部屋から向けだし何処かへ出かけていく姿をラルフは見てしまった。

誰かに恋などしないと言っていた癖にどうせ何処かの美女と待ち合わせしているのだろう。

それか今から女性を捕まえに行くのか。

そちらにしても碌でもない事には違いない。


「嘘ばっかり」


ラルフはそう呟いて布団を被るとアルベルトの夜遊びを見て見ぬふりをした。

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