第2話 FHエージェント『十面相』
『ずっと私は何者にもなれなくて、いつの間にか怪物になっていた。』
私が思うこの言葉。私なりの説明でした。
私という存在がこの世に知られることなく、存在しない者として生まれました。だからこそ私は何者でもなかったのです。もはや、自分の顔すら忘れてしまいました。常に灰色の仮面をつけて怪物になっていることを隠すかのようにしていました。 私が怪物でないというのならば、何でしょうね。
朧気でありながらしっかり覚えているあの炎。
私という怪物の始まりでもありました。両親に殺されそうな日々の中で初めて弟を庇って家ごと焼かれたおぞましい過去です。背中に刺された包丁の痛み、炎に包まれて焼かれる熱さ、息ができなくてぼやける視界、すべてが恐怖そのものでした。私はその時に深い憎悪と怒りを抱きました。皮膚が完全に焼かれ、丸焦げになりながらも外に出て生きてこれたのです。私は死ぬのは嫌でした。本能的に動いたとも言えました。
なぜ私がこのような目に合わなければならなかったのでしょうか。普通に生まれて、普通に日常を送ることをなぜできなかったのでしょうか。理由は簡単で単純でした。私は望まれなかった子供だったのです。生まれて来た意味すらなく、その存在すら認められなかった。それを自覚することなく、ただその身に傷をつけて来たのです。 父親は私と幼い弟に暴力を振るい、母親は狂乱しながら罵声を浴びせてくるような方でした。
僕はただ愛されたかっただけだったかも知れない。認めて欲しかっただけかもしれない。窓の外から見える公園で遊び、笑顔の子を見て、僕らも遊びたいと思って外に出ることはあったけれども、その結果両親に怒鳴られるのは分かっていた。公園で知り合った子に名前を聞かれても、答えられなかった。名前が無かったから。精々知っていたのは両親の上の名前くらい。弟も名前が分からなかった。僕は、なぜ知り合った子のように扱われなかったのだろうか。なぜ、部屋の隅で震えて居なければならなかったのだろうか。ただ、両親が怖かった。それだけだったのかもしれない。かといって反抗心が無いという訳でもなかった。
炎の家から何とか出て来れた私はいつの間にか真っ白な布に包まれてました。それは私の手足にも顔にも布が巻かれていました。そばには知らない男性がいました。その男性は私を助けてくれました。それは私にとってこれ以上ない幸せなことでした。暴力もなく、空腹になることもなく、寒い夜は温かく柔らかい布の中に入って静かに寝れるのです。始めはそれが違和感で仕方ありませんでした。なぜ私を拾ってくださったのか、こんなにも優しくしてくれるのか。男性は「これが普通なんだ。お前が今やられるべき事なんだ。」と言いました。私はここでやっと普通を理解し、今までの私の日常が歪んだものだと自覚したのです。のちにその男性はセルリーダーと言いました。
一つ、忠告を受けました。私の体は炎や暑さにひどく弱くなっていました。精神的にも炎を見るだけで発狂するようなものでした。なのであと1度でも炎で体を焼かれれば確実に死ぬと言われました。私はこれを忠実に守りました。ですが、破ってしまいました。
ある時の任務で、相手がサラマンダーの炎使いで私は丸焦げになってしまいました。私はあの時を思い出してしまった。炎がとにかく怖くて、憎くて、仕方なかったのです。一緒にいたチルドレン達も巻き込んで暴走してしまって、相手を倒せたものの私は炎に焼かれて瀕死になりました。
意識が朦朧としている中、セルに戻って来れた私の隣にはセルリーダーと他のマスターエージェントの方が居て私の体を確認した後、セルリーダーは契約を持ちかけました。重い代償を支払うことになるが代わりに命をくださると、そういう契約の力でした。私はそれほどまでに手遅れになったのです。それでもなお、私を必要としてくださるセルリーダーに執着していたのかもしれません。私は迷うことなくその契約をしました。
契約で得たものは命。代償に服従命令という物を受けました。セルリーダー様の命令には服従し、その命令に私情を挟むことなく淡々とこなしました。例え、死ぬかもしれない命令だとしてもです。その命令以外であれば、いつもの私の感情で動けました。その後、2度目の契約をしました。私はセルリーダー様のためにこの命を尽くすと、恩返しすることを決めたのです。私には此処が全てなのですから。
2度目の契約で得たのはエグザイルの能力。代償に暴走死亡を受けました。姿を好きに変えられ、攻撃面で強くなり行動範囲が広がりました。ですが、全身火傷の私の体は治せませんでしたね。暑さに弱いことも、炎がトラウマなことも何一つ変わりませんでした。代償の暴走死亡は、暴走すると自動的に死ぬというものでした。つまり、もう一度炎に巻かれて暴走すれば私は死にます。まぁ、タフネスなので1回ぐらいなら死にませんがね。精神的にはボロボロですが。
私は今の主、セルリーダー様に従えるFHエージェント。マスターエージェントにも及ぶ力を持ちながらにして称号を持たないのは貪欲でないこととセルリーダー様に従っている方が生きやすいからでしょうね。実際、今はとても呼吸がしやすいです。同僚たちも含めてこのセルが私の唯一の居場所なのです。私が護りたい場所なのです。そして二度と私のような怪物を生み出してはならないと、セルにある一つの目的を忠実に行ってきているつもりです。私の手ではすべてを止めることは叶いませんし、この蝕む憎悪は憧れから起こった醜い化け物の恨みですから。
私は表に出れば指名手配のFHエージェント。自分の顔すら忘れた姿を自在に変えるエグザイルとモルフェウスの能力者です。すべてはこの世に対する憎悪とセルリーダー様への忠実のため。そこから名付けられたのは『十面相』。
またの名前を『アンマス』です。
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