第3話 2つの道の行く先『A』
【あなた】
”あなた”はtwitterのアカウントを作っていた。カクヨムではユーザー同士のやり取りの場が限られているからだ。感想を言い合う程度の日常ならまだしもこの非常時、事態を打開するには他のユーザーとの連携が必要だった。
そこに一通のメッセージが届く。
「フォロー外から失礼するよ。僕は蒼月ノゾム。君と同じでカクヨムで小説を書いている者だ。僕の才能は、支え合う二人の人間を表す『H』、「Helper」(救助人)としての責務を果たしたい。
僕たちがやるべきことは運営の打倒だ。運営は僕たちの争いを望んでいるようだが、今はユーザー同士で潰しあっている場合じゃない。
僕たちに今もっとも必要なものは時間だ。しかし、そのためにはレビューを貰わないといけない。だから僕は同盟を結成した。お互いにレビューを書き合うんだ。レビュー先の指定は僕が行うから、仲間割れは心配しなくていい。」
【荻野信也】
「君がもし私の考えに賛同してくれるなら、返事をくれ。…か。」
”荻野信也”は膨れ上がる虚像を表す「B」の才能、「Bullet time」(多重の弾丸)を得意としていた。
「8つの
彼にとって最も重要なのは作品のタグだ。カクヨムにおいて、新規の読者を獲得する方法は主に3つある。ランキングに載る、作品を高頻度で更新する、検索で引っかかる。
この中での理想はランキングに載ることだ。一度上位に来ることがくれば、トップページに掲載され、レビューを貰いやすくなるという正の連鎖が生まれる。しかし、上位の席数は決まっている。だから、彼はその他の2つを徹底した。
つまり、複数の作品を目につきやすいタグをつけて投稿する。やってることはいわば、トリガーハッピー、下手な鉄砲数うちゃ当たるだったが、彼の場合は、作品に関係のないタグまでつけて読者を釣っていた。それを繰り返すことでPV数を稼いでいたのだ。中堅層が数多く脱落した現状で、彼の順位はぐんぐん上がっていた。このままいけばランキング入りも不可能ではない。
だから彼は”蒼月ノゾム”に返事を書かなかった。
そんな彼の元に、コメントが届いた。
『この作品、あやせさんのパクリですか?』
【あやせ】
”あやせ”こと、”夏見あやせ”はそびえ立つ塔を表す「A」の才能、「Absolute Arrange」(絶対的な改変)に長けていた。
彼女は他者の作品に自分のアイデアを混ぜ、より良い作品に仕上げることができる。
その理由は、圧倒的な
だが彼女はその能力を、新人潰しに使っていたのだった。当面のターゲットは、同盟を拒んだ、思いあがったルーキーども。
「ごめんなさいね。でも、勘違いしたイカロスは
更新されなくなった”荻野信也”のユーザーページを見て彼女は言う。
それから、トップページに戻った彼女は新たな標的に定めを付け、目を細めた。
【葉月心】
葉月心の元には、応援コメントとは名ばかりの、悪質なコメントが大量に届いていた。
『つまんな』『早く消えろ』『思いあがるなよ』
原因はおそらく同盟とやらだろう。限界状態の中で群れた人間は、
「本当にくだらない。」
そんなことに時間を割くぐらいなら、自らの命の手綱を握る作品に集中するべきだ。
【あなた】
あなたの作品は端的に言うと、パクられていた。しかし、問題はそこではなかった。作品自体の完成度はあちらの方が上。
あなたは、自分の作品内容を全て書き換え始めた。
【あやせ】
「やるじゃない。」
この相手は、今までの張りぼて達とは違う。
あやせが、情景描写に手を加えると相手はそれを利用した意外な結末を用意してくる。互いに更新が繰り返された。その度に作品の質が上がっていく。
しかし、じりじりと押され始めたのは”あやせ”の方だった。
だんだんと焦り始める彼女の頭には3年前の悪夢が蘇っていた。
【あやせ】
彼女は長い間、オリジナルの作品を書いていた。だから3年半前に、ネット小説の世界に足を踏み入れた時、こう思っていた。
「素人ばかりの集まりに私が負けるわけないじゃない。」
だが、現実は非情だった。ネットには若い才能があふれていたのだ。特にあの女
「橘くるみ…」
忌々しそうに口に出すその名は、カクヨム開設後から半年が経ったある日突然現れ、2年の間ランキングトップを独走し続けた天才の名前だった。
「私はまた、この才能という壁を越えられない。」
頭の中に現れた一抹の不安は、だんだんと彼女を侵食していく。
その時、彼女の元に応援コメントが届いた。
『アウフヘーベン』-葉月心
【葉月心】
葉月心は”あなた”と”あやせ”の更新合戦を見守っていた。
「テーゼ(正)とジンテーゼ(反)」
二つの対立する対象は混ざり合うことで、より高次元の結果「止揚(Aufheben)」へと生まれ変わる。
葉月からすると二人の間にあるものは、彼らを分け隔てる壁などではなく、共同制作された美しい塔のように思えた。
【あやせ】
「アウフヘーベン...!」
その一言に彼女は救われたような気がした。でも、出来上がった完成作は私の手元にはない。
敗北を受け入れたあやせは、”あなた”の作品にレビューを書いた。
『作品を真似てごめんなさい。でもあなたならこの悪夢を終わらせられる』-あやせ
あやせは自分自身に問いかける。
「私に足りないのはオリジナリティ?いや違う、私は自分自身の作品を信じられなかった。もし、次があるならば...。でも私の罪は到底許されることではない。」
"あやせ"は今までのアレンジしてきた投稿を全て削除し、自ら消滅した。
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