第2話 曲がった私『S』

 ユーザー同士での潰しあい、悪夢の「カクヨムバトルロイヤルティプログラム」が始まってから一週間が経過していた。



【葉月心】

 彼女はこのバトルロイヤルが始まって以降、投稿された作品のを眺めていた。


『レビュー書いてくれたら、お返しします!』-笹の葉かぐや


 この手の作品紹介が増えたなと彼女は思う。(だけど)葉月心は”笹の葉かぐや”が書いた小説のレビュー欄を開く。


『なんでレビューを書いてくれないの。』『この作者は嘘つきです!!』


 そこには、”笹の葉かぐや”への不満と絶望のレビューで溢れていた。理由は簡単だ。ちらりと運営からのお知らせに目を向ける。


 ルールは下記の通りです。

 3、レビューは一日一個しか投稿できません


 レビューを書き合うという発想は良い。しかし、一日に書けるレビューは一人一回だけ。もしそれで自分の作品に、2つ以上レビューが来てしまったら...。

 そして一度破綻した者は誰も信用してくれない。

「これはプラスポイントの奪い合い」

 

 葉月心はそう呟いた。



【強すぎる観音】

「死にたくない。死にたくない。死にたくない。」


 ペンネーム”強すぎる観音”こと町田カノンは、曲がった自己を表す「S」の才能、「Sub account 」(サブアカウント)を使いこなしていた。

 元々、彼女は複数のメールアドレスでアカウントを作り、自分の作品の評価を水増ししていた。

 そしてバトルロイヤル開始後、町田カノンは、自身のサブアカウント同士でレビューを書き合うことで、なんとか生きながらえていた。しかし、彼女のサブアカウントは7つ。ゲームオーバーの時間はすぐそこに迫っていた。



【アダム・酢味噌】

 ”アダム・酢味噌”は、変わらない自分を表象する「I」の才能、「Invariable Identity」(不変の自己存在)の能力者であった。

 アダム・酢味噌はバトルロイヤルが始まろうと、ただひたすら小説を書き続ける。

 しかし、運営からの告知については一つだけ疑問があった。

「バトルロイヤル"ティ"…?」

 この付け加えられた部分は一体なんなのだろうと。



【@panpukin1031】

 "@panpukin1031"は、頭でっかちな偏屈者を表す『P』の才能、「Pride」(

 自尊心) の持ち主であった。

 彼は悩んでいた。

「駄作を書いて生き残るか、納得して死ぬか、それが問題だ。」


 このバトルロイヤルを生き残るため、適当な作品を投稿するのは簡単だ。しかしそんなことは己のプライドが許さなかった。彼はやがて決心をし、とある作品にレビューを書いた。


 

【強すぎる観音】

 町田カノンの元に新しい通知が届いた。彼女はすがるようにそれを開く。


『素敵な作品をありがとう。』-@panpukin1031


「君の作品はとても素敵だ。ただ、読んでいて感じることは君は自分に自信が持てない性格なのではないだろうか。だが、心配する必要ない。君の作品は『P』のイニシャルを持つ私が認めたのだから。


 PS.最近レビュー返しとやらが流行っているが、私のことは気にしなくていい。私は納得して消えていく。だが、私のわがままを聞いてくれるのなら、君も自分が面白いと思った作品にレビューを書いてほしい。もし私達読み手が消えてしまったとしても作品と共にレビューは残るのだから。」


 私はいつから自分を曲げてしまったのだろう。町田カノンは考える。

 最初にサブ垢を作った時もただ、読み専のアカウントを作っただけのはずだった。けど、自分の小説を誰も読んでくれなくて...

 このレビューは私を自己嫌悪という独断のまどろみから覚ましてくれた。しかし、私は助からない。なぜなら私のアカウント死刑宣告は7つもあるのだから...。

 でもやるべきことは見えた。”@panpukin1031”さんの思いは無駄にしてはいけない。たとえ本当の私は一人だとしても、このサイトにはまだ多くの希望書き手が残っている。 

「私は消えてしまうけれど、このバトンは誰かに繋がなくちゃ。」


 町田カノンは、最近になってフォローした作品にレビューを投稿し、消滅した。



【あなた】

 ”あなた”の作品に新しいレビューが届く。


『短い間でしたが、あなたの作品に勇気付けられました』-強すぎる観音

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