第5話 鍛冶屋トール

ここは鍛冶屋。

店名はトール。

いつもならけたたましい怒鳴り声と共に金属を叩く音が鳴り響く。

水の音、炎の音、ドワーフの声、火花の音、金属がぶつかる音、煙の音、水蒸気の音、そして金属音と何かが散らばった音。

ガチーン。ガラガララ。悲鳴の声。


「いってぇー!」


工房の奥の方で練習に励んでいた若者が左手をかばいながらぴょんぴょんと跳ねていた。

「マルコ、だいじょうぶかぁ~?」

新人見習いのマルコをちらりと気にしつつも自分の手元にすぐ視線を戻した。

手元で右手から振り下ろした鎚と金属の間から黄金の火花が花開くように飛び散った。


鍛冶屋トールで働くタタンである。

タタンは鍛冶屋トールにてボンビールに続くナンバー2の腕前。

それはボンビールも認めていて、現在ではほぼ制作の全てを任されている。

尚、ボンビールは鍛冶屋トールの店主であり、鍛冶師であり、タタンの師匠でもある。


「指をたたいたのか~?井戸水で冷やしておけよ~?腫れるようならポーションつけるか、飲んどけよ~」

リズミカルに叩き続ける音は止むことが無い。

「はいっす!りょうかいっす!いたいっす!」

工房の奥はちょっとした散らかりようになっていた。

指を叩いただけではこうはならないだろう。

「どうした、見せてみな」

マルコは少し固まった。

「?」

タタンはマルコの左手をとったが腫れてもないし血も出ていない。

しかし、いたそうにしかめっ面をしている。

「どうした?」

マルコの説明はこうだ。

木箱に詰めた材料である金属とその上に自分用の鎚を乗せて運んで入ってきた。

足下にあった何かにつまずいたが、なんとかもちなおした。

しかし、木箱がズッとずれた際にトゲが刺さったのである。

マルコはたまらず手を離してしまい、一歩後退して退避したのだが、頭の高さにあった棚の角に後頭部をぶつけてしまった。

反動で一歩前に出した右足の上に自分専用の鎚が落ちてきたという。

なので、どこが悪いのか見せて見ろといわれても『どれを?』になるのである。


話を聞いたタタンは右手を自分の顔面に軽く押し当てた。

「はあぁぁーーー」

深いため息である。

「ポーション飲んどけよ。そして昼まで休んでろ。そのあと片付け開始だ。いいな?」

「はいっす!タタンさん!」



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