6:差し伸べられるあなたの『腕』が

「ドローンの無線通信は問題ないようだね」

 指令室に居並ぶモニターは、ところどころを黒く塗りつぶしていたが六割ほどは機能を維持していた。

「監視カメラは、電源喪失で軒並みダウンしました。ドローンによる映像中継が頼りです」

「実践投入は初だ。自動追尾がどれほど機能するものか」

「法令で運用が縛られているのがネックでしたからね」

 各方面の顔色を窺う必要があるため試用に留まっていた装備であったが、もう『それどころではない』状況に追い込まれ、龍号の責任で以て投入が決断されていた。

 放たれたのは四機。

 激戦区である本所大橋。

 主力にあたるウェル・ラースの追跡。

 残りは、敵の同行を探るために右に左にである。

 どのカメラも火と煙が絶えることなく、あちこちで被害が上がっているのは明白だ。

「……サイネリア・ファニーは大丈夫かね」

「本所大橋から撤収中ですが、状況は危険です」

 映るモニターの先には、下がる警官隊を庇うよう、放水車の上に仁王立ちになる姿が。

 そして、彼女の視線の先には、

「ロケットランチャーを抑え込むつもりのようです」

 発射を待つ、破壊の先端が。

「手にしているのは……車のマフラーか?」

「おそらく、彼女のギフトで弾頭を誘導するつもりなのでしょう」

 ですが、と無感情な澪利の声が、珍しく苦々しい歪みを見せる。

「ジェントル・ササキ不在のままで、成功があたうものでしょうか」

 龍号もまた、肯定に口元を歪めざるを得ない。

 見守る二人の心配は、しかし捨て置おかれるように、状況に『引き金』が引かれるのだった。


      ※


 放水車の上に飛び乗った少女の目に飛び込んだのは、まさに地獄の様相であった。

 弾禍に呑まれ爆発炎上した車両が転がり、アスファルトを焼き焦がし。

 橋上に渡されたアーチ状の鉄骨も、あちこちがひしゃげ。

 川上に臨む本所市街中心部からは、夜の闇すら覆ってしまおうと立ち昇る黒煙が幾重も。

 壊滅を目論む非日常が、私たちの日常を一飲みにしようとしている。

 そして、眼前。

 怯えるも逸らしなどしない大きな瞳が、強く見据える先に。

 わかりやすく破壊を招く『魔法の杖』が、火を噴き上げていた。


      ※


 サイネリア・ファニーは、口元を締め直して迫る弾頭を睨みつける。

 手立てはある。

 自分の、あまりに微力で名前も付けられていない『穴に対し螺旋回転で挿入出する』ギフトによって。

 転がり散らばったマフラーを筒として、ロケットを誘導するのだ。

 ただし、大きな問題がある。

 ……私だけじゃあ、魔法が届くのはせいぜい一メートルです。

 ジェントル・ササキが、そこに居るだけで『三つぐらいの意味』でドキドキさせてくれる相棒が傍らにいてくれたなら。

「……大丈夫」

 知らず知らずに無いものねだりをしていたマイナス思考な自分を叱咤し、迫る破壊に立ち向かう。

 なにせ、この場所は。

 本所市の河口付近を渡す、大動脈たるこの本所大橋は。

「立派になるって、後悔なんかしないようにって」

 あの人と、まだ出会って間もない彼と、

「約束したんですから」

 信頼を交わした場所なのだから。

 だから、怯えている姿を見せることなんてできるわけもなくて。


      ※


 迎え撃つためにサイネリア・ファニーは、ロケット弾に向かって飛び掛かっていく。

 あまりに引きつけると、誘導したところで爆風によって橋梁に損傷が出かねないためだ。

 なので、タイミングを計って飛び出し、マフラーによって上方に誘導し、爆発させる算段である。

 ネックは、ギフトの有効距離の短さだ。手を伸ばす程度しか射程がないため、ロケットを胸元まで誘い込む必要があった。

 だから、恐れに目を開き、緊張に歯を食いしばる。

 最悪の時は、この体で受け止めればいい。そんな次善の覚悟も固く結んで。

 ……ここです!

 手を伸ばし、マフラーの先端孔を弾へ。

 このまま、ギフトの有効距離になるまで引きつけて、最後は上空へ投げ捨てるだけ。

 完璧とは言い難い計画であったが、ここまでは予定の通り。

 であったが、

 ……接近が目算より早いですよ!

 相対速度を失念していた。

 マフラー自身の長さもあって、有効な射程はかなりタイトではあった。

 それが、こちらも飛んで接近することで『射程内に収まっている時間』が削られてしまったのだ。

 もはや、サイネリア・ファニーには針に糸を通すような精密さを構える余裕はなく、

 ……もう、体で……!

 次善の結び目を、なおさら固く。

 目は逸らさない。

 歯を剥いて衝撃に備えれば、

「え?」

 不意に、熱を覚える。

 脚に、腕に、腹に、胸に。

 鼓動が、全身に力を送り込んできたのだ。

 驚きは、一息もせず確信に塗られる。

 だって、覚えのある熱さなのだから。

 この本所大橋で『初めて』貰って、これまでずっと貰い続けていた力なのだから。

 嬉しさに、瞳を輝かせる。

 途端、十分な猶予を残したままに、凶弾はその体を不可視の力で捻り上げられ、マフラーへと誘導されていくのだった。


      ※


 サイネリア・ファニーが受け止めた炎と煙を、澪利はモニター越しで釘付けになっていた。

 脳裏をよもや、まさか、が入り混じり飛び交って、声すら出せない。

「落ち着きなさい。よく見るんだ」

 爆炎が収まり、舞い上がる黒煙が夏風に吹き散らされると、

「無事、でしたか……」

 アスファルトにへたり込む、あちこちの煤けた少女の無事な姿が。

 であるが、何故、と首を傾げる。

 爆発の直前に、彼女は体で受け止める様子ではなかったか。

 コモンに劣る彼女が、かすり傷すら受けずにいるとは信じがたいところだ。

 理由を求めれば、カメラの先。

 橋の欄干に立ち構える、小さな影が。

「グローリー・トパーズ?」

「なるほどな。橋下に水上バイクが走っている」

 朗報だ。

 彼女の帰還は同行者にも然りであり、サイネリア・ファニーの無事も説明がつく。

 朗報に間違いないのではあるが、

「ササキさんの姿がありませんが……」

「……私が用意した切り札は、まだ無駄にはなっていないようだ。残念ながら、な」

 しかし呻くような苦々しい声で、龍号は呟く。

 その吐くような重さに、駆けつけた『エース』を見つめ直せば、

「……彼女が抱えているのは、なんですか」

 大切なぬいぐるみを抱き寄せるかのように、

「きっと……ジェントル・ササキなのだろうさ」

 一本を、成人男性の『肘から先』の一本を、強く抱えているのだった。


      ※


 片腕を失った男は息を荒く、汗を噴き出させ、苦痛に表情を歪め。

 しかし、目は、口は、そして心持ちは、笑みを絶やさず。

「投降しろ、ジェントル・ササキ!」

 幾重に敵から囲まれ、敗北を認めろと呼びかけられたとしても。

 中身を失った左の袖が、血に染まって風に舞っていたとしても。

 ガードレールに背をもたれて、今にも崩れそうな膝を支えて、笑う。

「投降? それはそちらにこそ必要な言葉だろう」

 総勢三〇名ほどの大の大人がたじろぎ、困惑し、さらに外枠を囲むマイカーから脱したやじ馬たちにも伝播していった。

 誰も彼も理解に遠い顔をしているのが、なんだかおかしい。

「なにを笑っている? 追い詰められているのはそちらだ」

 確かに。

 満身創痍で、戦闘員程度を倒しきれず、圧されているのは間違いない。

 けれども、だ。

「勝利条件が違うんだ」

「なに」

 あちらは、ジェントル・ササキのいる戦場に勝利すること。

 こちらは、

「街を、本所市を守ることだからな」

 ギフトのこもる片腕を『エース』に預け、現場へ届けることこそが肝要。

 つまるところ『勝ちつつある』のは『あちら』ではない。

 踊る袖口から鮮やかな血を滴らせながら、笑みが知らずこぼれてしまう。

 だから、と強く祈る。

 だから、たとえこの身が倒れ伏したとしても『君たち』が勝利を掴み能うよう。

 目抜き穴の奥を、力強く爛々と輝かせて。

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