7:君を救いたいのだから
株式会社『用命社』会長である新沢・有三は、垂れる冷汗を隠せないでいた。
エアコンが十分に冷え込ませる会議室内において、初老の彼がハンカチに過酷を強いるのは理由がある。
……本所市を攻撃するとは、話が違う!
関東圏からはるばる東北の日本海側の都市に足を運んだのは、東京でも名の通る魔法少女グローリー・トパーズの査問会のために、と大口取引先から請われたためだ。
道下宮坂商事。自社の決算を六割ほど頼る商社相手だ。
財布を握られている以上は断る口も持てず、なにより二日ばかり名前を貸してもらえれば、という安い要求であったため。
また、彼らが推し進める顎田への進出に一枚噛むにも、心証を良くしておくに悪い事はない。
当日にくじ引きで議長を引き当ててしまった面倒を除けば、何事もなく、明るい未来に翼を広げながら、会後に漂う地酒の匂いを待ちわびるだけの時間であるはずだった。
壁際に被告たる少女を置いたまま、老人たちは頭を突き合わせて困惑に顔を見合わせるばかり。
「いったい、どうなっているんだね」
「ある秘密結社が、本所市に侵攻し……」
「それはお聞きしました。我々……査問会はどうするのです?」
「組合からの返答待ちです。向こうとしては即時閉会を要求していますが、一部で前言を翻すのはいかがか、という声があり、意思統一に難儀しているようです」
「それがまとまるまで、わしらはこのままか? 参ったのう」
有三と同じく、関東圏より大商社から遣わされた老人が、口惜し気に壁時計に目を。
時刻は五時一〇分。定刻の五時を周り、されど解放の兆しもない。
何もかも、道下宮坂商事が非公式に傘下とする『サニーデイズ・アセンツ』の凶行によるのだ。
他の二人ははて知らないが、有三は『かの組織』を聞き及んではいた。
なので『グローリー・トパーズの査問会』は、何かしらの利益を企んでいるとは思っていたけれども、まさか直接攻撃を開始するとは。
完全な騙し討ちに怒りは沸く。
であるけれど、そうであっても自分は取引先より代弁者として呼び寄せられた。
彼らの利益に誘導するのが仕事なのだ。
無論、己がためにも。
※
暇と悪態に塗れた査問会やらが、ようやっと今日の分を終わろうかという時刻。
突然に届いた携帯電話の一報から、解放が延び延びになっていた。
嘆息をあからさまに肩へ乗せ、大きく息をついて見せる。
湊・桐華は、苛立ちを露わに見せる。隠す忍耐はとうに底をついているからだ。
「本所市に大襲撃ですって?」
漏れ聞こえた老人たちの言葉を。
彼らが隠そうとしていた繊細な言葉を。
無遠慮に、敵意を明確に、放ちぶつける。
みな、特に県外からはるばる吊るし上げに参加した三者はあからさまに狼狽を見せて、振り返る。
「事実なら、即刻帰らせてもらうけど」
当然だ。一つでも戦力が欲しいだろうから。
残されている、サイネリア・ファニーを最下限とした面々を思うに、苦しい状況なのは明白だ。特に、元落ちこぼれに関しては、その能力を保証する相棒ジェントル・ササキすら不在なのだから。
「ま、待ちなさい! まだ、会は閉じていないよ!」
議長を名乗っていた、確か新沢・有三だったか。
垂れる頬肉から汗を滴らせ、腰を浮かしかけたこちらへ、制止に両手を立てる。
「確認中だ! 組合から返答があるまでは、待機してもらわんと!」
なにを呑気な、と思うが怒りの波は穏やかだ。
この一日で荒れ狂った激情を思えば、さざ波にすぎない。
加えて、彼、もしくは彼らが『そう言わざるを得ない』事実は看破してある。
……サニーデイズ・アセンツ。
どのような道筋を経たかは定かでないものの、本所市へ圧し進んでいる軍勢の差し金とあい成り果てておるのだ。
だから、前例がなく不自然なまでに性急な召喚となり、査問会が成立した。
そんな裏を見るに『表』の輪郭も浮かび上がる。
査問会自体は組合の企画であり、そこへ『悪の秘密結社』の思惑が成立するなど、本来はありえない。
つまり、県組合内への組織浸透すら行われている、ということ。
加えて、県組合で外圧に成りおおせる者となれば、
……道下宮坂商事が糸を繰っているのね。
企業進出に先駆けて、地ならし的に根回しを進めていると聞く。
眼前にいる県外企業の三者も、おそらく息がかかっているに違いない。
「まあ、落ち着きなさい。査問会を途中で抜け出したとなれば、君の立場が危うい。我々は君を助けたいんだよ」
※
聞き飽きた、擁護の皮をかぶる『拘束具』だ。
自分の過失は、自分の身にのみ収まるわけではないのだ。
ここで無茶をすれば、本所支部の信用を落とす。また、敵の根回しであっても県組合の看板で開かれた査問会だ。後ろ足で砂をかけるような振る舞いになるから、その信用や権威すら失墜させてしまうだろう。
怒りへ逸るには、傷をつける範囲が大きすぎる。
煮え湯を吞むように喉を詰まらせ、椅子に戻る。
それを見た面々は安心をあからさまに吐息に見せるから、自らの敗北を認め、
「なら、付き添いのジェントル・ササキと話をさせて。彼は帰らないといけないわ」
せめてもの妥協点を提示した。
けれども、垂れる頬肉は横に振られ、
「原則で、閉会まで部外者との接触は禁止だよ。なに、間もなくだ。なんなら、こちらで伝言を届けてもいい」
横柄な物言いに、思わず奥歯が鳴ってしまった。
間に挟むのが向こう側の人間であれば、意図が正しく伝わらないどころか、捻じ曲げられる可能性すらある。
手が、足が、出ない。
絶望なんて『安い心持ち』をことさら買い求めるつもりなどないが、身動きのできない自分が情けなくて目を伏してしまう。
こうなれば、閉会後に急行するほかない。とんぼ返りを決めれば、彼らも追及の手立てはないだろうから。
だから、少女にできることはたったの一つ。
一刻も早く、県組合より閉幕の指示が下るのを待つことばかりである。
他力を願うとはなんとも情けない、と自嘲にひたりながら。
※
けれども、事態は唐突に風穴が開けられる。
会議室のドアが『乱暴』の数歩手前な勢いで、押し開かれたのだ。
差し込む西日を背に『彼』が踏み入ってくる。
まるで、黒々とした泥沼に汚し沈めた『覚悟』を、探し照らすかのように。
見通せぬ濁流へ、手探りを試すかのように。
少女は、憤慨を沸かせる。
「どうしたの? 査問会はまだ終わっていないわ」
汚れるのは、溺れるのは自分だけでいいのだ。自分一人なら、どうとでも這い上がれる自信だってあるから。
だから、無遠慮に踏み入ってきた彼に、本所支部エースとして新人魔法使いに憤る。
けれども、
「帰ろう。君を、連れ出しに来たんだ」
ああ、けれども。
差し出された手は暖かく、目元は優しく。
少女は。
孤独に、敵意悪意に晒された少女としては。
目尻へ『熱』の集まるに抗うことは、この上のない難事であって。
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