10:手札を開き、勝負に挑む
サニーデイズ・アセンツが幹部ミス・アイテールは、表情を隠すヘルメットバイザーの奥で、冷や汗を浮かべていた。
グローリー・トパーズ一人に手を焼く現状に、増援が現れるとは。
たとえそれが、こちらの奪取対象である『魔法使い』でありこの上ない好機だとしても、撤退を考慮するに足るのだ。
いま彼は、突き付けられる銃口をものともせず、力の入らない手足を踏ん張り虚勢のみでこちらを威圧し釘付けにする魔法少女へ駆け寄っている。
撤退をするにも、機会がある。
条件として、一人の脱落も許されないのだ。こちらの正体、装備について情報を渡すわけにはいかないのだから。
ミス・アイテールは苦いばかりの選択肢を逡巡し、取りあぐねているのだった。
※
肩を抱かれる。
力が入らないために血流が悪くなっているせいか、妙に暖かい手に。
霞む視界の中で、彼は小さく頭を下げる。
「すまなかった」
表情がわからないのは、規定に従ってなんらかの『マスク』を手に入れたのか。髪型は輪郭でわかるから、縁日の仮面のような顔だけを覆う何かしら、なのだろう。目が霞むからはっきりとはわからない。
けれど、流石だ、と桐華は感嘆する。
いかな状況といえど、態勢を整えて現場に立つ姿勢に。自らが、半ば自棄になって信念と名付けた感情に任せて駆け出したことを思えば。
「どうして謝るの。ジェントル・ササキは、何か間違ったことをしたのかしら?」
※
覗き込んでいたミナト工業の社員は例外なく『間違っているのはビジュアルではなかろうか』という深刻かつ重大な懸念を眉に寄せていたが、
「次期社長が問題なしって言っているわけだからなあ……」
保身めいた納得で、少なくとも当敷地内では『下半身に女性用ブレザーを履き、女性用上履きで顔面を隠す童貞』は『間違っていない』ことと相成った。
※
肩を支えることで緊張が途切れたのか、少女の膝が崩れる。
魔法使いは倒れぬよう抱き受け止めると、その軽い体を横たえようと壁際に後退。
好機である。
ミス・アイテールは、唇に覚悟を結ぶ。
期せず、最強が崩れた。もう一方、ジェントル・ササキをどうにかできれば、撤退が叶う。外に集まる消防や警察など、ものの数ではない。
そして『魔法使い』をどうにかすることなどたやすい。
特に、これまでに大小のデータを掻き集めてきた『彼』については、赤子の手をひねるがごとく、である。
※
本当に強い人であると、ササキは少女に感嘆を示す。
不本意な戦場を担ったのは、誰のせいでもなく、己のためなのだと。
こちらを狙う敵に対して先制の一撃で戦線を離れてしまった、不甲斐ない大人への恨み言などみじんもなく。
最善手を選んだ結果が、現状であるのだと訴える。
正しく『町の平和を守る』者だ。
胸が、震える。
歳は倍ほども違えど紛れもなく、志を同じくしてくれる強者がいることに。
まさに『戦友』と呼べる人間が、死地に挑んでいたことに。
「ジェントル・ササキ、謝罪より御礼が欲しいわ」
「ああ、ああ。そうだね、ありがとう」
十分よ、と笑う彼女にうなずきを返す。
「俺は、君のようにスマートには戦えない。向こうも俺を名指しで来ている以上、調べつくしていることだろう……この先『凄惨』な戦いになるはずだ」
目を覆うような。
血で血を洗うような。
けれども年端もいかない彼女から、
「何をいまさら」
こともない、と鼻で笑われ、
「見届けてあげるわ。あなたの『本気』を見せてあげなさい」
腹の底を焚きつけられて。
※
「待たせたな、ミス・アイテール」
爆発でボロボロになったスーツをたなびかせ、ジェントル・ササキは対峙する。
迎え撃つは、数多の銃口とその奥に控える女幹部。
「ふふ、てっきり二人掛かりだとばかり思っていたのに」
「貴様が指名したんだろう! 何より、俺一人で十分だ!」
「そうこなくちゃあね! さすが、私が見惚れた魔法使いよ!」
新人魔法使いを狙って、凶行によって引き抜きを企むなど正気ではない。
はたして、何が彼女の、もしくは彼女の組織の琴線に触れたものか。
わからぬことであるが、ササキにとっては討つべき『敵』である。
しかし、倒すに容易くはないだろう。なぜならば、
「あなたのことはこれでもかというほど調べさせてもらったわ! もちろん『弱点』も、ね!」
これまでササキが対峙してきた、新人であろう、という慢心を期待できない相手なのだから。
これまでの、あらゆる苦戦を思い起こし、相手の一手を待ち構える。
まずは出方を見る必要がある。攻勢は、行動目標が単一となるため柔軟性が劣る。不測の事態に対応するには、守勢に回り、相手の手札を見極めなければいけない。
「食らえ、ジェントル・ササキ! あなたの、最大の『弱点』に沈みなさい!」
悪魁が叫び、その鬼手を晒す。
はだけたスーツから『クイーンのワンペア』をまろび出したのだった。無論『お花の先端』は隠したままで。
※
覗き込んでいたミナト工業の社員たちは、例外なく懊悩していた。
自分と現実と、どちらの頭が悪くなったものか、と。
そんな姿に、組合事務員は『この程度で……甘ちゃんが』という無表情で、お薬を取り出す。この先、間違いなくさらなる『凄惨』が確信されうるのだから。
※
「ぐ……!」
的確かつ甚大な一撃であった。
ジェントル・ササキは一瞬で『ジャックのくの字』に追い込まれ、身動きを封じられていた。
ミス・アイテールは手応えに内心で拳を握る。実際に行動に移すと『クイーンのお花』がこぼれてしまうから。
作戦は図に当たり、撤退の条件を満たす。
「どうかしら、ジェントル・ササキ! このまま大人しく軍門に下ればよし、でなければ状況はエスカレートしていくわよ!」
威圧の言葉を用いて、退路を広げていく。
部下たちも、徐々にトラックへ下がらせる。
順調であったが、しかし、
「甘く見たな、ミス・アイテール……!」
「なに⁉」
作戦が一瞬で瓦解する。
ジェントル・ササキが。
前屈によって身動きを縛られていた『童貞』が。
何事もないかのように、直立したのだった。
※
覗き込んでいたミナト工業の社員たちは、例外なく放心していた。
ミス・アイテールの『豊かなクイーン』へ前屈みになるということは、つまるところ『元気なジャック』が衣服に阻まれ、その挙動を制するためである。
しかし今、ジェントル・ササキのスーツは爆発によってボロボロであり、少し角度を調整できれば『窮屈』から解放されて、つまり、
「つまり、いま、私の制服に『ジャックの棍棒』が突き付けられている、ということですね?」
工場事務員の彼女が呟く力ない声に、組合事務員は『まだまだ……ギアが上がるのはここからですよ?』という無表情で、お薬の封を切るのだった。
※
「墓穴を掘ったわね、ジェントル・ササキ!」
逆転の一手を打ち込んだかと思われたが、上手は敵であった。
「つまるところ、その女性用ブレザーと思われる薄布一枚で『ジャック本体』を隠しているわけでしょう?」
冷徹に事実を、魔法使いの不利を、
「いいのかしら? あなたの背後では、十四歳の女の子が『見守って』いるじゃない?」
後輩から『借り受けた』ブレザーに照準を合わせた銃口を、突き付けてくる。
「事故でお茶の間にお届けしたことはあっても、故意に年端もいかない『一般人』に見せつけるつもりかしら?」
「貴様……!」
「ふふ……私だって『クイーンのお花』は隠しているのよ?」
盤面は、再度ひっくり返るのだった。
※
覗き込んでいたミナト工業の社員たちは、例外なく恐怖していた。
「俺たち、何を見せられているんだ……?」
端的に言えば『ジェントル・ササキと完全に噛み合う悪役』の戦いを目の当たりにしているのだ。
……いやあ、MEGUさんとは違って『相乗効果』が生まれるタイプの相性ですね。
なので、お薬は必須なのである。だって直視していたら頭が悪くなりそうじゃないですか。現実はなるべくあやふやにしておくに越したことはない。
そして、戦局は進行していく。
「今日のところはここまでね、ジェントル・ササキ!」
「くそ、待て!」
「おっと、動いたら『イキりジャック』が『ショーダウン』するわよ?」
鉄靴が重なり響き、トラックのディーゼルエンジンが唸りを上げ遠ざかっていく。
秘密結社の撃退、という形で勝利と相成ったようだ。
「ちくしょう! 俺が不甲斐ないばかりに……!」
確かに、誰か一人でも捕えられたなら大勝利であったが、いやもう、いいのではないでしょうか。これ以上やっていたら、ヤケドしてましたよ。見ている側も。
「仲さん……私、どうすれば……」
「江ちゃん。あれはジェントル・ササキさ。だから佐々木・彰示には変わらず接してあげて、ね?」
「はい……あの、頑張ります……」
魔法使いの戦いは過酷だ。あとそれに振り回される後方員も過酷なのでねぎらって欲しい。
あと、少しばかりアクロバティックな人質になっていた女子中学生の心中を慮るに、彼女にも優しくしてほしいところである。
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