9:魔法使いは手管を探る

 これ以上ないほどに、最低な一日だよ。

 佐々木・彰示は、力の戻らない手足に恨めしく見下ろしながら、暗澹とうそぶく。

 己に責任の所在があるいざこざは、組織の長が代わりに頭を下げてくれることになって。

 この身を狙って現れた敵対者に、ずっと年下の少女に助けられている。

 加えて、

「先輩、立てますか? 一緒に逃げましょう?」

 巻き込んでしまったかわいい後輩に、案じられ庇われている状況だ。

 情けなくて、口惜しくて、自らの未熟に歯を噛むばかり。

 もっと、うまく立ち回っていたならば。

 例えば、例の『新女幹部』の件だって、もっとしっかりデビューを演出できていれば親御さんの怒りも緩和されていただろうに……! 

 けれど、悔やむのもここまでだ。

 破壊の威力を、抱き込むことで抑え込んだのは間違ってなどいない。結果として体の自由が利かなくなってしまっているが、あの瞬間においては最善を選べているのだ。

 そうして、結果が結びつき始めている。

 舞い上がり視界を奪っていたコンクリート破砕の粉塵が収まりつつある。

 肺が呼吸を取り戻し、うなだれていた手足に力がこもり始めている。

 だから、懊悩はここまでだ。

「ありがとう、翠洲さん」

「大丈夫ですか? 肩を貸しますから……!」

 優しい言葉に感謝と、であるが拒絶を、横に振る首へこめる。

 佐々木・彰示にとって、この場で逃げる選択肢などありはしないから。

「女の子が一人、俺の尻拭いで矢面に立っているんだ。ここで下がったら、どんな面目をもって明日の君に顔を合わせられるものか」

 だから、膝立ちになる。

「けど、もうほとんどあの子が倒しちゃって、残っているのは一人だけ……!」

「だからだよ。残された一人が引かない、つまり」

「え……そんな……」

 こちらの言葉を遮り、彼女が絶句する。

 重い首を持ち上げれば、コンクリート壁に穿たれた大穴。彰示が爆発の勢いで叩きつけられ崩してしまった倉庫の区画壁であるが、その向こうに影が立ち上っていたのだ。

 一つならず、幾重にも。

 つまり、

「敵には勝機が残っているということだ」

 倒れたはずの者共が、戦線に復帰しているということ。

「や、やっぱり逃げなきゃですよ! 先輩、ケガもしているし……!」

 そう。

 後輩が言外に訴える通り、勝算は乏しい。

 だからとはいえ、それが戦場から逃げる理由には足りうるわけもない。

 正体の不明な相手に、この場凌ぎの準備なども難しい。

 だからとはいえ、無為無策でエースと渡り合う敵対者にかなうとは自惚れはできない。

 最低限でも、身を正すだけでも。

「翠洲さん。すまないが、我が儘を聞いてはもらえないかい」

 せめて、舞台にあがる備えだけでも。


      ※


 銃弾丸は、その体を真鍮で構成している。

 使途によって素材は変わるが、おおまかには銅とニッケルの合金を利用していることから、薬莢自体を『ブラス』と呼称する慣習のある組織も存在するほど。

 つまり、現代日本における送電網と共通する『銅』を利用しており、

「その薬莢を媒介に、広範囲へ電撃を見舞ったわけね」

 伝導率の高いものが接近しているときに発生する、空中放電を利用した拡散方法であった。

 桐華自身は巻き込まれないために飛び上がり、放電しきった薬莢群を踏みつけて着地。帯電を警戒して、一応はゴム製である靴底のみを接触させるように。

「けれど、アテが外れたようね」

 嘲る笑いへ、鋭く冷静に視線を返す。指揮官を守るよう、戦闘員たちは再び立ちふさがっている。

 そう、目論見は外された。否、途中までは適っていたはずだ。

 隊長であろうミス・アイテールは、おそらく耐電処置を施していたのだろうが、その他の取り巻きは残らず、一度は地に伏していた。

 感電は、強ければ細胞の壊死を、弱くとも筋弛緩を招く。

 致死に至らぬよう手加減をしたとはいえ、すぐさまに立ち上がることなど不可能のはずなのだ。

「いったいどうなっているのかしら?」

「気になる? けれど企業秘密なの。さあ、グローリー・トパーズ……いえ、湊・桐華!」

 癇に障る機械の声で、敵は嗤う。

「立っているのもやっとな姿で、ここからどうするつもりかしらね!」

 少女が、思わず眉をしかめるほどの『痛点』をついてきながら。

「最初の一撃、あの拳の焦げ付きで確信を得たわ。あなた、自身の『ギフト』に耐性がないのでしょう!」

 まさしく。人体は水分でできている故に、雷球生成の際に体内に僅かなりとも電流が入り込んでしまうのだ。作戦衣装なら専用の装備によって大部分を緩和できるのだが、あいにく今は『裸同然』である。

 手足は重く、視界も揺れる。

 対峙できているのは『意思』と『信念』がため。

 勝利への一手が外れた計算違いの代償は大きく、必至に指がかけられており、

「ええ。言う通りよ。けれどね」

「?」

「それで十分なのよ。『私』には、ね」

 それでも、口の端を『負けを認めるつもりはない』と、釣り上げていく。


      ※


 ……まずいな。

 戦地を覗き込んでいた大介は、状況の悪化に口元を歪める。

 一挙に勝敗を決めたかと思われたが、どうやら状況に変化は起こせず、逆にこちらが消耗をしてしまっただけのようだ。

 焦りにこわばる腕を、強く引かれる。

「仲さん、あなたも避難を」

「静ケ原さん……まだ、社員が残っているんですよ」

 同じく囚われていた二人はすでに退避済みだが、大介はこの危険域から離れられずにいた。

 理由はいくつかある。

 一つに、言った通り、巻き上がる噴煙の向こうに取り残された社員がいるため。

 今一つが、危急のただなかに子供を一人残すなど、という矜持のためである。

 かつて、悪友とともに『青春』を駆け抜けた原動力は『町の平和』を願う思いであった。つまり、理不尽に傷を見舞われることを、許さぬために走っていたのだ。

 あれから十年以上。

 所帯を持ち、小さいながら一軒家も手に入れた。

 かつての熱量は忘れてしまったけれど、火種まで消えたわけではない。

「彰示の横面はたいて気合入れさせるくらいは、できますよ」

 その隙を伺っているのだ。

 いくら視界が濁っているとはいえ、こちらから十分に状況を確認できる程度。部屋内を突っ切るには、幾人もの視線を切らなければならない。

 魔法少女組合の職員は、それ以上の説得を諦めたようだ。首を、小さく縦に振ると、同じく倉庫内に視線を。

 さてどうするか、と伺っていると、

「え?」

 薄まりつつあった噴煙が、空いた穴から渦を巻いた。

 見れば、駆け寄ってくる人影が。

「江ちゃん⁉」

 まずい、と背中に悪寒が走る。

 突っ切れるなら、大介自身がとうにやっているのだ。それができないのは、敵が複数で警戒をしており、手に簡便な遠隔武器を握っているため。

 動けば、あっという間にハチの巣にされることは、想像にたやすい。

 咄嗟だった。

 思うより早く、その身を投げ出したのは。


      ※


 湊・桐華は訝しんでいた。

 飛び出した人影に、咄嗟に庇い立てたもう一つの人影に。

 そんなあからさまな攻撃対象、銃口を突き付けるだけでこちらの動きを塞ぐことのできうる一手を、

「黙って見過ごすの?」

 銃口は全て自分に向けられ、一糸の乱れもない。

 疑問は、けれど表情を隠すフルフェイスに阻まれてしまう。

 さて、これが勝機の一手であろうが、痺れた手足でつけ込めるものか否か。

「まあ、これ以上は難しいわね」

 敵の不可解な復活のタネも割れていない以上、この手に勝利を収めることは叶わないであろう。

 だから、期待を込める。

 渦中より、一般人を退避せしめた『彼』の帰還に。

 粉塵の、揺らめく先に立ち現れる、雄々しい影の姿に。


      ※


 大介は、身の無事を確かめると、

「江ちゃん、こっちだ!」

 腰を抜かした事務職員を抱き上げながら、廊下に退避していく。

 腕の中の彼女は、ベストを脱ぎ捨てたブラウス姿で、小刻みに震えながら、

「先輩が……佐々木さんが……!」

 目を虚ろに、顔を覆っている。

 恐ろしい目にあったのだから当然の反応であるけれども、しかし、口から出る名前に違和感を覚える。

 まるで、彼の身に一大事があったかのように。

 ロケットランチャーによる傷が、思っている以上にひどいのか。

 しかし、悪い予想はすぐに裏切られる。

 彼女の飛び出してきた方に、人影が立ったのだ。

 勢威を泰然と示し、戦場に対する熱量を立ち上らせて。

「そこまでだ、サニーデイズ・アセンツが幹部ミス・アイテール!」

 覆っていた噴煙が、一陣の風に洗われる。

 露わになる威容は、まぎれもなく『魔法使い』だ。

 幼馴染の雄姿に、

「どうして……そんなことに……」

 愕然と呻いてしまう。


      ※


 確かに、魔法使いはそこに立った。

 スーツは爆発のために七割方が消失。露出する局部に配慮したのか、下半身は女子用の制服ベストが『履かれ』て。

 身元を隠すためのマスクは、とまじまじ見つめると、

「先輩が……『正体を知られた以上、悪の女幹部になるか自分のお願いを聞いてもらうか、二つに一つだ』って……!」

 いかなる手段を用いているのか、二つの上履きを縦に並べて顔面に張り付かせている。踵辺りらへんに急造した目貫穴の奥で、双眸が爛々と。

 見れば、江は確かに靴下を汚している

「なるほど。見事に脅迫が成立する案件ですね」

「一応なあ……気質は知っていたつもりだけどなあ……」

 ちょっと引いちゃう。これが苛烈な『魔法使い』の日常であるのか、と。平和は守れても公序良俗は守れていないだろう、と。

 その『ビジュアル強め』な益荒男は、強く高く叫び、舞台へ乗り込んでいく。

「ジェントル・ササキ! 呼び立てに応じたぞ!」

 参上を、後輩の『上履きの中』に響き渡らせながら。

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