ED
ED ――佐々木・彰示の述懐――
妹よ。君の大学生活は順調だろうか。
そろそろ期末考査の時期だろうけども、届く便りに綴られる、遊びにも勉学にもひたむきに向き合い笑う君の姿を見るに、楽しく頑張っているのだろう。
兄さんのほうは、二月ほど前に三十歳の誕生日を迎え、
「ササキさん……! 私、信じていいんですよね……⁉ 信じたいんです……!」
隣町にあたる県庁所在地の繁華街で、辛そうな彼女の訴えを、アスファルトに転がる『悪の女幹部』に釣り天井固めを仕掛けながら、受け止めている。
そう、正義の魔法使いを続けているんだ。
※
「降ろせ! 降ろせよ、くそバカが!」
「どうだ、ストライク・クローバー! これがお前にやられた、魔法少女たちの痛みだ!」
「私がいつ『女の子の最後の砦』を丸見えのままホールドしたりしたんだよ!」
四肢を背中側で捕まえたまま夜空に腹を晒すという、日中の通学路では決して許されない凶行に、夜の繁華街を楽しむ酔っ払いたちが、ざわめきすら起こせずに取り囲んでいた。
「……なんだこれ……『ゆっさゆっさ』させてるけど事件じゃん……」
「……『ゆっさゆっさ』いわせてるけど、冗談でも前屈みになれないじゃん……」
「……クローバーちゃん『ゆっさゆっさ』しながら怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして……くそ、俺が今助けに……おいなんだ、やめろ離せ!」
そう、ざわめきすら起こせずに取り囲むことしかできないでいた。
加えて、
「いいよ、いい! 二人とも、良い顔してる!」
「堂賀林さん! 近づいちゃダメだ! 危険すぎる!」
「へーきへーき。こうやって最前線のお仕事に回されたんだ、頑張らないと……あ、ササキさん、ポリ袋の角度直せる? そう! そうそう!」
手足の自由を奪われて天井に釣りあげられている魔法少女と、釣り上げる魔法使いの激闘を接写せしめんと、フラッシュを焚き続ける男が、状況に拍車をかける。
「なに撮ってやがる! ふざけんな!」
「あ、大丈夫大丈夫。ウチの宣材用だから、メインはササキさんだよ。それに」
「あん?」
「こんなの全景写したら、県本部から怒られるよ。君、自分の身体つき知ってる? 今の絵面、完全に『企画物A……』」
「おいササキ! 片手だけでも離せ! こいつぶっ殺してやる!」
「それは出来ない! 君のギフトは把握している! 自由にしたら俺が『四分割』されかねない!」
「……怒りやら何やらで、いまなら本気で出来そうな気がするわ……!」
「悪の女幹部を説得するジェントル・ササキか……! これも絵になるねぇ!」
「お前の目玉はガラス玉なのかよ! くそ……おい、助けてくれサイネリア・ファニー!」
留まることを知らない『上昇気流』を他人行儀に眺めていたこちらへ、逃しはしないとトルネードが差し向けられるに至って、
「そうだね! 相棒も一緒に写ってないと、具合が悪い!」
「サイネリア・ファニー! スタンロッドを抜く必要はない! 俺のことは構わず、顎田組合支部にこの映像を届けるんだ!」
ひとまず『スタンロッドは悪の女幹部に使われるものと疑っていない』低気圧の根源に、電気を流し込むためスイッチを入れるのだった。
「私……ササキさんのことが、時々わからなくなるんです……!」
あまりの苦々しさに、俯いて、肩を震わせながら。
※
いわゆる『第二次テイルケイプ秘密兵器撃退作戦』を終えて、一週間が過ぎていた。
海洋に投げされたジェントル・ササキとサイネリア・ファニーは救助されたのち、ソーミによる応急処置を経て、三日後には完治。
最も懸念されたのは、海中に没したササキが酸欠からくる脳へのダメージである。
途中経過で『静ヶ原・澪利に前屈み』という異常行動を見せたため関係各位が騒然となったが、翌日には腰が伸びていたので、正常と判断。多数のワンカップ空き瓶と引き換えに、日常が取り戻されたのであった。
人的被害の軽微であれば、次は状況の確認となる。
堂賀林・銀によって引き起こされた『マレビトの誘因行為』は、事態の大きさから県組合本部にその処分が諮られることになった。
現在は諮問中であり、具体的な処分はもう少し先になる見通しだ。バックパックを提供した企業も把握しながら、実地データ欲しさに黙認していたという証言もあり、少々長引くことになるだろうというのが大方の見方である。
なので、本所支部としては、先んじて独自に賞罰を課すこととしたのだ。
副支部長を解任。並びに、広報事業部長へ就任。
県本部の決定が決まるまでは組織から放逐せず、けれども降格として示しをつけた形だ。
無論、被害の大きさに比例した反対の声が上がったが、彼の持つコネクションや自身の人柄などを加味して、組合長である龍号がバランスを取った次第である。
そんな『一時保留』のなかで巻き起こったのが『リバーサイドエッジによる自家用車キー強奪作戦』であり、解決のため協力要請が出されたのが、サイネリア・ファニーとジェントル・ササキのコンビなのであった。
※
「何日か前に飲酒運転で事故があってねぇ。物損なのが不幸中の幸いなんだけど、商工会からどうにかならないか、ってお願いされて」
「なるほど。で、代行を呼ぶ際にここを経由させるから、お客も足を運ぶ、と」
リバーサイドエッジ頭領が、カウンター越しに困ったように笑顔を見せる。
作戦は結局、失神した魔法使いに『被害者』である悪の女幹部が馬乗り顔面パンチを連打したあと、死んだ目で立ち尽くしていた魔法少女に泣きながら抱きついて、そんな感動秘話をフィルムに収めようとフラッシュが炊き続けられる、という脳が理解を拒否する結果となった。
戦いはいつも虚しく、勝利者などいない。悲しい戦いの後、関係者はこぞって秘密結社本拠地『リバーサイドエッジ』へ、打ち上げのために足を運んでいる。
「誰の案です? 理に適っていて、面白いじゃないですか」
「うるせぇ転落カメコ野郎が! だまって呑んで、肝臓壊れろ!」
「こら、クローバーちゃん! 初めてのお客さんに! 大筋は私の案だけど、代行の辺りの導線を考えたのはこの子なんですよ」
仕立て直したばかりの、トゥィンクル・スピカを模した衣装を翻し、照れを隠すように背を向けてしまう。そのまま、ボックス席のサイネリア・ファニーへ、オレンジジュースを届けるために、カウンターを離れていく。
「見違えましたね、彼女」
後ろ姿の堂々とした振る舞いに、ササキは本心をもらした。
「そりゃあ、今まで胸が大きいくせに小さい衣装を選んで、前屈みになっていたからねぇ。衣装も仕立てて貰って、胸を張れるようになったのだし……ササキさんとファニーちゃんのおかげよ?」
そうですか、とくすぐられながら、ウーロン茶に口をつける。
誰かの好転に自分が関われたのなら、これほど嬉しいことはないのだな、と。
※
「あ、クローバーさん、ありがとうございます!」
オレンジジュースで満ちたグラスを受け取りながら、作戦衣装のままである魔法少女は頭を下げる。
「カウンターに行くか? 出入り口から丸見えになっちまうから、一応こっちに通したんだけど」
なるほど、席を別々にしたのは気遣いのためだったのか。
感謝を示し、
「ちょっと、今さっきにスタンロッド叩きこんだばかりなんで……」
「そうだな……」
嫌いになったわけでなく、自分の『精神外傷』を癒す時間が必要なのだ。沈痛な眼差しになる『悪の女幹部』も同じ気持ちなのだろう。
向かい合うように腰を下ろして、頭を抱えてため息を一つ見せれば、
「よくあんなのと、ほぼ毎日一緒にいられるな、アンタ」
「面と向かって言われると、いろいろ考えちゃいますね……」
こちらも、肩を落としてしまう。
確かに、色々と振り回されることは多い。今日だってどうして『ロメロスペシャル』に至った経緯など霞の中になってしまうほど苛烈で激しい展開に巻き込まれて、止めどころを見失って、あれ? じゃあ『あの結果』は止められなかった私のせいでは?
「どうした? コンニャクを口で捏ねているような顔して」
「あ、いえ、今日もひどい目にあったなって!」
被害者が心配そうに覗き込んで来るから、ひとまずこちらも『被害者』のスタンスを維持することに。消極的共犯者だなんて知られたらどうなってしまうものやら。
「ほんとだぜ……まあ、けどな、感謝しているんだよ」
「え? ササキさんにですか?」
「アンタにもな。ほら、乾杯しようぜ」
※
自分の枠を小さく定めて、だけど二人がその枠を砕いてくれたのだ。
カウンターまで漏れ聞こえるストライク・クローバーの感謝に、グラスを傾ける堂賀林が同意だと、口端を小さく笑みに曲げて見せた。
「私は、龍号さんも本所支部も好きでね。で、自分に出来る事と言ったら利害調整やら段取りくらいでさ」
「あら、一番に重要じゃない? コネクションを持っているってことでしょ」
「必要な力ではありますけどね、組合を『前進』させるものじゃない。そういう力は、龍号さんの決断力や、グローリー・トパーズの高い実力、それにササキさんの突破力なんだ」
かつての敏腕ビジネスマンの分析である。きっと確度は高いのだろうけども、買い被りもある。
「そんな……その二人や、他の皆さんに比べたら俺なんて」
「おいおいやめてくれよ。君に惚れ込んで、結果身を落とした俺の目が腐っていた、ってことになる」
「そうね、ササキさん。そこは素直に受けておいた方がいいわよ」
そんなものか、と笑って頷きを一つ。
「だから、ありがとう。目標を見る楽しさを思い出せてもらったし、明日からも見守ることができる」
「明日から、ですか?」
「違うかい? 君は『明日から』も街を守るために戦うだろう?」
※
「だから、まあ、ちゃんと手でも後ろ髪でも捕まえておけよ?」
クローバーは険を緩めた眼差しで、グラスを傾ける。
相棒として、想う人として、隣に居てくれる時間は短いのだから、と。
かつての魔法少女が垂れる言葉はとても重みがあり、まさに渦中のサイネリア・ファニーこと綾冶・文の胸に沈み込んで来るものだった。
「後悔したくないなら、強引な手だって必要なんだ。これは、主に『アンタら』から教えられたんだけどな」
野次馬を人質にしたり、組み伏せて衣装を剥いだりした記憶が走馬灯となって、大変申し訳ない気持ちを兼ねながら感謝を。
礼を言おうと身を乗り出したところで、
「そろそろお暇しようか、文さん。明日も学校があるだろう?」
カウンターの相棒から、解散の声が。
「あ、はい、そうですね。それじゃあ、クローバーさん……」
「おう。また来てくれ……ってのは学生にはまだ早いか」
「ですね……だけど、ササキさんに連れてきてもらいますから。ありがとうございました」
おう、と先達であり友人である彼女に見送られて、出入り口前で待つ相棒の元へ。
時刻は八時。普段の終業時間に比べれば早いが、これから小一時間かけて本所市へ戻る必要がある。
明日に備えるための、早めな帰宅だ。
そう『明日』のために。
変わらぬ『明日』のため。
だけど、いずれ変わってしまう『明日』のため。
毎日を、備えとしなければならないのだと、心に決める。
できうることなら大切な『あなた』の隣で、ずっといつまでも『明日』を待てるように。
了
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