3:真実を掴み取るに、この身を捧げて

 疑問の初手は、敵対マレビトが前兆もなしに現れたことであった。

「聞く限り、彼らは例外なく出現の兆しを見せる。今回の『岩石の往く空』からの来訪者は、資料によれば出所不明の『波形信号』を幾度となく放出するとか」

 主に軍事組織や船舶によって観測される、頻発する正体不明の波形が前兆となる。

 今回に関して、そんな前触れはなく、突然に本所市上空に出現したのだ。

「不思議だね。だけど、まあ私が言うのもなんだけど、相手もあんな為りで生き物だ。気まぐれだって起こすかもしれない」

「ええ。最初はそう考えていました。けれど、直接に姿を見たら疑問は大きくなりまして」

「ふむ」

 上空、沈黙するまでに体組織を破壊されたマレビトは、直接に矛を交えたこちらではなく、後詰であるサイネリア・ファニーを狙った。加えるに、現在はストライク・クローバーをバックパックごと取り込んでいるとか。

「明らかにバックパックを狙っている。副支部長の言う通り、欠損した生命を維持するためでしょう」

「だね」

「ですが、加えて」

 笑い顔を崩さないソーミの、緑の瞳を見上げる。

「仲間、だと思ったのでは?」

 先の言によれば、生命維持の他に『意思疎通』を波動で行うということだった。

 つまり前兆の波形信号は、何かを探すためのソナーであり、

「こちらから波動を示せば『探す必要』なく、地球に至れるのではないですか?」

 それは突き詰めれば、

「バックパックが放つ空間の歪みに呼び寄せられたのでは?」

 さらに深く疑えば、

「騒乱のベルゼブブに『リミット解除済み』の装備を提供した人物は、それが狙いだったのでは?」

 そうして、一つ立ち返ったなら、

「バックパックを『分解・解析』したソーミさん、あなたが関与している可能性はありませんか?」

 刺すような問いを、崩れない笑みに突き立てるのである。


      ※


「仮定を積み重ねても、真実にはならないよ、ササキさん」

 どうということもなく、疑惑の彼女は肩をすくめてみせる。

 けれど、ササキの疑いは一つではない。

「彼に提供されたバックパック、出処が未だに不明なんですよね」

「うん。私はそう聞いている」

 大元の企業に、他にも提供されている県外の秘密結社、全ての在庫が把握されており、また資料改竄までして横流しを行うリスクに見合うメリットも見当たらない。

 ベルゼブブ個人に繋がる道筋は、すべてが塞がっている。

 ただし、ひとつだけ、

「一つ、確認されていないルートを除いて」

 死角となる通り道が。

 信じえない、とは思うが、他に余地がないのだ。

 呼吸を整え、向きなおるソーミに、誤解の隙間を与えず伝える。

「堂賀林副支部長が持ち込んだ、本所支部の管理するバックパックです」


      ※


 現在、支部で管理するバックパックは『二つ』であるが、誰も『納入数』を提示せず、把握もしていない。

 つまり、先方とやり取りしていた堂賀林・銀と『書面』だけが知りえる、隠された数字があるはずなのだ。

「外部全ての可能性が否定されるなら、不明瞭な数字を抱える『内部』しかありえない」

 状況証拠を重ねて、推論を組み立てる。

 結論は、

「程度まではわからないけれど、あなたは『共犯』のはずだ」

 装備の分解のみならず、

「いやあ、なんのことかな」

 笑顔のままで、こちらの推定に非難を被せて、逃げの手を打つものだから。


      ※


 内心、ベウリウル・ソーミは舌を巻いていた。

 目の前の患者が口走る内容は、ほぼほぼ、真実である。

 堂賀林・銀が持ち込んだのは『三つ』でそのうち組合が管理しているのは『二つ』。残りは、解析後にどこぞへ運び出していたが、まさか『あんな』ことになろうとは露知らずである。

 納入当日に分解した事実そのものは、完全に自身の好奇心から起こした事故である。そこから利用としようと彼が企てたので、あれ? 原因は自分か。そうかな?

 とにかく、死にかけた魔法使いの洞察は正しくて、素直に感心してしまう。

 銀もだが、自分も、特段彼と敵対する心積もりなどなく、むしろ好意を抱いている。

 組織にもたらす利益だけでなく、人柄や能力に対して。

 だから、なるべく穏便に事態を納めるべく、有耶無耶にしてしまいところである。

「証拠はないでしょ。全部、憶測だ」

 物証の乏しさを得物として、状況を進めていく。

 王手となりえるのは『銀が管理する書面』と『騒乱のベルゼブブに預けているブツ』だけだ。前者は隙を見て書き換えられるだろうし、後者は遠く顎田市である。

 だから、皆の関係性は変わらない。そうあることが、自分と言う種の本能部分でもあることだし。

「ソーミさん、三つ目のバックパックがあれば、彼女たちを助けられるんです」

 泣き落としか、と微笑ましく。

 解決策はいずれ用意される。であるなら、こちらの疵を晒すこともないだろう。彼が諦めるのは、時間の問題なのだ。

 だから、笑顔のまま、沈黙を守る。

 見つめ合い、

「……わかりました」

 苦り切った顔で、認める言葉を。

 存外に割り切るのが早かった、なんておかしく眺めていると、

「覚悟を、してください」

 ジェントル・ササキの双眸に、険が寄せられ、集まっていく。


      ※


「こんなこと、したくはなかった……許してください、ソーミさん」

 彼の手管には一つ、瞬発の暴力性という手法がある。

 敵意に近い光を見せられ、

 ……まあ、想定内だ。

 元が植物に近いため、物理的な干渉には非常に鈍い体である。なんなら、自分自身で引きちぎっているのだから。

 痛みで隠し事を吐き出すことなどない。

 けれども、四肢が右手一つの状況では逃げることも叶わず。

 まあ、いいだろうと、息をつく。

 騙すのは間違いなくて、ならば気が済むまで殴らせるくらいは、贖罪のうちだ。

「俺だって、鬼じゃない。真実を教えてくれるなら、すぐに止めますから」

 右手を振り上げた魔法使いに、殊勝な言葉だ、と良心を痛めさせられる。

 目をつむり、訪れる衝撃に備えれば、

「……ん?」

 けれども、一向に状況の変化はなく、おや? と目を開く。

 暴力を構えたはずの右手は、しかし拳をつくるわけでなく、己の左腕を握りしめていた。

 力を込めれば、治療のための薄膜がフィルムを割るようにひびが入り、慎重に左手を引き抜いていく。

 残るのは、長ゴム手袋のような『己の体組織で象られたジェントル・ササキの腕』のみ。

 何を、と想像を巡らせるに、冷たい予感がアイスピックとなって、首筋に突き刺さる。

 まさか、という悪寒。

 いやそこまではすまい、という願望。

 けれども、恐れるべき結末に至る全てのパーツが、今この時点の『戦力が集っている』組合事務所には揃っているという現実。

「まっ! ササっ! ちょ、ま!」

 滲むような恐怖に、制止の声もままならいがために、

「MEGUちゃあああああん! 俺の『左腕』を『好き』にできるぞおおおおおっ!」

 悪魔を呼び込む恐ろしい『呪文』に、常の笑みすら塗りつぶいされてしまうのだ。


      ※


 笛につられて姿を現した悪鬼の足音は、一つではなく、

「なるほど、このような手が。手だけに。では、私は右腕を戴きましょう」

「ふふ、じゃあ、私はどこを貰えるのかしら、ササキさん」

「この『左手』はダメよ! ダーリンから直々に貰ったんだから! あぁ……『お風呂』まで待ち遠しいわ!」

「それでしたら右腕はお譲りしましょう。代わりに『腰回り』を……待ってください。これ、実質『落成式』では?」

 徒党であった。

 身動きできないササキから『自分の一部で作られた彼の体を模った』部位を奪い合う姿は、まさに地獄で彷徨う餓鬼さながら。

 はたして彼女たちは、勝ち得た戦利品でお家へ帰った後に『なに』をするつもりなのか。

 そして、明日に『返却』される時、自分はどんな顔をすればいいのか。先方は今のテンションを見るに『ツヤツヤ』しているに決まっているし。

 序破急、全てに置いて『心底から勘弁』がパレードを組んで突っ込んでくる。

 止めようか、逃げようか。

 けれども、体の大半が『敵対者の腕の中』という震える絶望の竜巻の中だ。

「ソーミさん」

 相対者が、こちらの隠し立てを暴く者が、憐れみの声で再度問いかけてくる。

「今なら、まだ止めることができる! お願いだ……彼女たちの手を『汚させない』でください……!」

 慮り、けれども最上の恐怖を振りかざす『正義の魔法使い』に、膝を屈さざるをえないのであった。

 あと『汚される』のは『主に私の体』ではなかろうか、と甚大な懸念に苛まれもしながら。


      ※


「つまり、主導は堂賀林・銀副支部長であると」

「そう。ササキさんの見立ての通り」

 真実を吐き出すことで常の笑顔を取り戻したソーミだが、疲れは隠し切れず。

 困ったように眉を寄せ、魔法使いの治療に使った己の体を取り戻していくと、

「全部話したよ。だから、もう許してくれ」

「目的、動機、この先の展望を、あなたは知らないと」

「ああ。だから」

 ちらりと、心底の恐怖を瞳に覗かせて、腰回りを見下ろせば、

「エースに向かって、なかなかな意地悪を見せてくれるわね」

「ほんの少しです。『御休憩』ほどの時間があれば十分ですから」

「わかった、取引よ! 私『感想文』を作ってくるわ! なんなら『映像』も可よ!」

 ブツを取り上げられた『鬼気迫る亡者』たちが、寄こせ寄こせと縋りついており、

「なんとかしてくれ、ササキさん」

 助け舟を求めるのである。

 であれば一石二鳥と、自分は立ち上がって用意された衣装の替えに袖を通す。

「あれ? ダーリン、どこか行くの?」

 目ざといMEGUが近寄って着替えを手伝ってくれるから、礼を言いながら、全員に展望を示すことに。

「副支部長を問いただし、残ったもう一つのバックパックを供出させるんだ」

「ふむ。ベルゼブブが使っていたものですね」

「けれど、あれで切れ者よ? 証言があるくらいで、尻尾を掴ませるかしら」

 わかっている。ソーミとのやり取りは『密室内』のもので、第三者の証言がない。逃げようはいくらでもある。

 けれども自分には、手段と、理由がある。

「少々『乱暴』な方法になる。ソーミさん、あなたの『力』が必要だ」

「なんだい、拷問の後始末かい? やだよ、そんな汚れ役?」

「時間がないんだ。俺は『どんな手』でも使ってみせる……!」

 なにせ、

「この命を繋げてくれた、二人を助けるためになら!」

 己が己であるために、違えることのできない道標を見据えているのだから。

 血を見ようが、涙が落ちようが、

「今この場で、三人をけしかることもためらわないぞ!」

 爛と輝く三対の眼光に、泥水ですすいだように瞳を濁らせた医務室の長は、苦々しく口元を歪めながらも、再度膝を屈したのであった。

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