4:あなたのために、この手を汚そう
夜の空を往く巨体からは、すでに洋々さは失われていた。
ぐるりぐるりと、本所市上空を旋回するも、街の明かりが徐々に強まっているのは間違いがない。
力は尽きて、それでも沈むまいと浮かび上がることに必死な様相。
少女二人は、そんな下降を続けるマレビトの背の上で焦燥に心を削られ続けている。
「しっかりしてください、クローバーさん! 今、すぐに出してあげますから!」
「無理するな、サイネリア・ファニー!」
一方の体が岩石の群れに飲み込まれ、もう一方が救い出さんと、岩肌に爪を立てているのだ。
「私はいいから、あのカバンを掘り起こせ! あれがなきゃ、誘導も帰還もできないぞ!」
「ダメです! そのあと、どうやってあなたを助けるんですか! クローバーさんを助けて、あなたのギフトでバックパックを掘り起こすのが確実です!」
「そりゃそうだけど……くそ、肘さえ動けば、もうちょい削れるんだけどな……!」
手で触れたものを四分割する力である以上、制約として『手で触れる』必要がある。触れる箇所は砕いてスペースを作ったようだが、体が抜け出すには至らず。
「大丈夫、安心してください! なんとかしますから!」
「んなこと言ったって、お前、もう顔色も悪いじゃねぇか!」
本来、落ちこぼれとまで言われたサイネリア・ファニーの魔法の力は弱い。各身体能力を向上させる『コモン』の値が指標となるのだが、あらゆる項目で平均を下回っているのだ。
だから、ササキが耐ええた『気圧差』や『低温度』に対し、彼ほどの抵抗力はない。
吹き荒ぶ、体温を奪い続ける突風へ、体は奥歯を鳴らし指先を震わせ、些細な抗いを見せている。
唇はすでに青が混じり、頬も青白く。
頭痛も、耳鳴りも、吐き気だって酷い。
まぶたが重く、まばたきが命取りになりかねないほどの悪条件だ。
だからと言って、
「諦めることはできないんです!」
大切な人の、大きな背中が教えてくれたのだから。
諦めなかったから『今の自分』は『今のあの人』と出会えて、ここに居るのだから。
だから、汚れ、傷に塗れた爪先を、惑うことなく岩石に突き立てていく。
ここは、引いてはいけない盤面だ。
けれども、目の前の岩がびくともしないことも事実である。
折れはしない、けれども叶い届くことも難しい。
行く手が遮られ塞がれた中に、少女は吐くように呟く。
「どうします……⁉ ササキさん、あなたなら……!」
街の平和を守るために、あらゆる手段を模索し実践する相棒ならば。
知らず、助けを求めるように、少女は訊ねる。
信じ、頼れる、この上なく『この人で良かった』と胸を張れる、自分にはもったいないくらいの『あの人』に届いてくれと。
震える唇に『熱』を込めて、呟くのだ。
※
ジェントル・ササキは、言葉に『熱』を込めて、
「これまでだ、堂賀林副支部長!」
フロアに膝を付き、椅子にもたれて中腰になっている壮年へ警句を発する。
取り囲む組合職員たちは騒然と。
代表である龍号は、苦り切った顔で。
ソーミもまた、笑みを潰えさせ、凄惨さにもよおした吐き気に口元を押さえる。
魔法使いの脅威に晒された副支部長は、顔のしわを全て眉間に寄せる勢いで睨み返してくる。
「なんてことを……ササキさん、あなたは……!」
『初手の威力』に立ち会がることができず、こらえるように冷汗が滴るばかりだ。
ササキは、厳しい眼差しで一歩を踏みだし、
「知っている、全ての情報をお願いします。あの二人を助けるために」
事務室に急設された幾つものディスプレイに、マレビトの上で悪戦苦闘する少女二人の姿が。おそらく、高度が下がることでマスコミがヘリによる空撮に成功したのだろう。
「でなければ……不本意ですが……」
聞き出す手管はエスカレートせざるを得ず、犠牲者は汗を、囲む者は苦りを、大きくするのである。
※
静ヶ原・澪利を先頭とした『件の三人』は、ちょっとばかり『お手洗い』が必要になったため、ササキとソーミに遅れて事務室に飛び込んだのだが、
「え、うそ……ダーリン、本気で拷問してるの……⁉」
明らかに腹部に『ダメージ』を負った風態で、犠牲者が腰を折っていたのだ。周囲の緊迫した空気も、追認してくる。
MEGUの動揺は、自分と同じだ。おそらく、さらに後ろのグローリー・トパーズも。
街を守るために市民に手を挙げる、と宣言することはあっても、実際に手を出したことは……ありましたかね? ちょっと記憶が定かではないですが。
とはいえ、身内に非道を強いることはなかった人柄であったから、
「いえ、よく見て? 口元が汚れていないわ。苦しむほどの腹部への一撃なら、胃液なり涎なり出るものよ?」
冷静なエースの指摘は、自分の見立ての通りだ。
それに、ソーミの左肘より先が失われていることを見咎めると、
「なるほど」
元魔法少女は納得を呟く。
「え? 何が起きたかわかるの⁉」
「さすがはかつてのエースね。お聞かせ願えるかしら?」
「憶測ですが、事象を羅列するだけの単純な『解』ですね」
無感情な声で指を折り見せ、答えに至る事項を並べていく。
〇 被害者である銀は前かがみで動けない。
〇 ソーミの、治療目的で着脱される体の一部が無くなっている。
〇 加害者が、ソーミの力が必要だと宣言していた。
〇 被害者の現状は『打撃』によるものではない。
「つまり、副支部長の現状は『ダメージ』によるものでなく……」
「ソーミさん、追加してくれ! どうです、かつての『力』を取り戻す気分は!」
解説を割るように、彼の責め立てる言葉が放たれる。
名を呼ばれた『二人目の被害者』が、臭い顔をしながら肩から先を外し、
「堂賀林ちゃん、諦めて。私も、こんなことしたくなんか」
「諦めなんかしないよ、私は……!」
「ソーミさん!」
「どうして……どうしてこんなことに……!」
泣きながら、副支部長の『下の衣服内』に体の一部をねじ込むことを強要される。
「ぐわ! ぐわああああああああ!」
壮年の『前かがみ』が、より『鋭利』に。
「強情を張ると言うなら、このまま『中学時代』まで『回復』させてしまうぞ! 思い出せ! 腰で暴れる『息子の理由なき反抗』の日々を!」
「つまり『過剰生産』を狙ったわけですね」
答え合わせに、元魔法少女は講義を締める言葉を示すのだった。
※
「ひでぇ……なんてありさまだ……」
「魔法使いに人の心はないのかよ……」
「けどソーミさんの体で『青春を回復』とか、お前、その、夢があるな!」
事務の男性陣が『よこしまだが正義』と結論づけるなか、大瀑叉・龍号の目の前で酸鼻極まる尋問は続けられていた。
「さあ! 全てを! どうしても、三台目のバックパックが必要なんです!」
「これしきで、何もかも台無しにしてたまるか!」
身動きの取れないままそれでも強硬の姿勢を崩さない片腕の姿であるが、いや堂賀林くん、その受け答えだと関与を肯定してるじゃん? いいの? 血が昇っているのかな? 主に腰回りに。
「なるほど、全部分かったわダーリン! 私に任せて!」
実を結ばない詰問に、途中乱入したMEGUが躍り出る。
「っ! ダメだ、MEGUちゃん!」
「私はダーリンの役に立ちたいの! 見てて!」
登場人物全てが不安しか生まないものの、大人として見守ることを決断。だって怪我とかしたくないし。
「見なさい! これが現役アイドルのチャーミングよ!」
アイドルがしなを作り、ポージングで自然とスカートから太ももを露わにするが、
「ええ! ちょっと、なんで体が『仰角ヨシ』になるの!」
「副支部長は立派な大人だ! 特殊な『性癖』は持ち合わせていないんだ!」
「なるほど。では小娘は引っ込めて、私の出番ですね……!」
事務員がしなを作り、ポージングで自然とスカートから太ももを露わにするが、
「……どどどうしししして、完全に『I』の字にににになるのですすすかかかか」
震えながら魔法使いに状況説明を求め、彼は何も言わず『勇気ある敗者』に『おくすり』の封を切るばかり。
片や、ソーミのすすり泣きが響き、ウチのエースが変な対抗心に火が付いたのか「衣装取ってくるわ!」と飛び出していく。
目を覆わんばかりの凄惨な『拷問』の光景に、誰も声低く慄く。
「ひでぇ……なんで『性癖検査』に発展するんだよ……!」
「これだったらボディブローの方がまだ人道的じゃないか……!」
「けど、目の前でアイドルの生足だぞ……? なんか、ちょっと……なあ!」
事務所の男性陣が『言いたいことはわかるが有罪』と結論付けるなか、
「わかった! わかったからもうやめてくれ! これ以上『回復』されたら、静ヶ原さんにも『反応』しかねない!」
抵抗を続けていた被疑者が、ついに膝を屈したのだった。
周囲、主に『地獄の荒野で砂を噛む無表情』で打ち震える敗者の心へ、甚大かつ愁眉極まる被害を撒き散らしながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます