5:うごめく不穏が集まり積もる
時計は、刻々と今日の終わりに向けて針を進めていく。
いつも騒がしい、サイネリア・ファニーとジェントル・ササキ組が今日は早くに退勤したためか、事務所内は平穏と名札のついた静寂に満ちていた。
無論、十二時までは誰かしら魔法少女が待機しなければならないので、待機所が無人という事もない。ただただ、件の『彼ら』が騒々しいのだ。周りも含めて。
執務室にて湯呑に口を付けた組合長は、そんな静けさに心を落ち着けながらも、なんだか『寂しく』思ってしまう自分に、
「よほど毒されているなあ」
心地よい苦笑いをこぼしてしまう。
「おや、組合長もですか?」
思わず、な呟きであったが、同席していた副支部長は聞きとがめていた。
応接席に資料を並べて腕を組む『右腕』に、恥ずかしいところを見られたと照れながら顎をしごく。
「静ヶ原くんも眠ったままだし、本当に彼がいないと静かなものですよ」
「本来なら有事の組織だ。のんびりしているくらいが、ちょうど良いんだがなあ」
「はっはは。ですけど、騒がしくとも明るいのは間違いないでしょ」
確かに、と口で言うのは野暮ったくて、もう一度、湯呑に口をつけた。
つまるところ、トラブルを生み出しはするものの、組織に活気をもたらしてくれているのだ。
それも、明色の。
ジェントル・ササキが本読支部に出入りする前は、華やかな戦績を持つ魔法少女『グローリー・トパーズ』が主役であり、中心に組織が回っていたのだ。自然、彼女が労基法による退勤時間を迎えれば暗がりだけが残り、事務所も待機所も、活気も笑い声もないまま終業の十二時を待つばかりであった。
「ところが、ジェントル・ササキが現れて、どうです? あの下ばかり向いて遠慮の塊だったサイネリア・ファニーが、笑って怒って、物を言うようになったでしょ?」
確かに、前向きな変化は彼によるもので大変喜ばしい。
「同僚との交流を拒んでいた静ヶ原さんも、最近はお菓子を交換するようになっているし」
確かに、無口クールを拗らせていた元エースも、コミュ障を改善しつつある。お菓子、と言いながらワンカップが飛び出すのはどうかと思うけども。
「それにプリティ・チェイサーのMEGUちゃんまで事務所に出入りするようになって」
確かに、組合内にも少なからず彼女のファンは存在しているから、士気があがっていることには頷ける。衣装のままやってくる時があって「労基が来る!」と白目を剥かせてくるのは勘弁して欲しいけれども。
多々問題はあれど、
「職場が明るいというのは、良い事だからね」
「それこそ、彼の一番の手柄だと思うんですよ、私はね」
火のついていない煙草を握り取る彼に、龍号も同感だよ、と口元にしわを寄せて見せるのだった。
※
大瀑叉・龍号が評するに、佐々木・彰示は概ね好青年である。
正義感と、アクセル感度と、ブレーキポイントが、通常よりズレを見せているが、そこは価値観の個性の範疇であり、問題視していない。したくないし。
とにかく、仕事に対する責任感と、対人における安定感は信頼のおけるところである。対悪における安定感も、目を覆うレベルで安定しているし。
信用のできる若者であり、
「その分、負担をかけているのが申し訳ないよ」
なし崩しとはいえ、さまざまな機密を抱えさせている状況にある。
魔法少女組合の成り立ちから、老舗と呼ばれる『官製』悪の秘密結社との、談合めいた水面下での関係性。
そして、社会道徳からは通常許容されない関係性を維持し続ける理由としての『マレビト』の存在。
そのうえ、
「ソーミさんが口を滑らせまして、マレビトの技術流入まで把握していますから」
また一つ、荷が増えたのだと言う。
「その件については、まあ、頭の良い彼のことだ。いずれ、というか薄々気付いていただろうから、気に病むことはあるまい」
「いやあ、立ち会っていながら、申し訳ないです」
すまなそうに頭を掻く彼を、責めるような事柄でもない。
であるが、許容してしまうというのは一重に甘えであろう、と龍号は思うのである。
「責任感があり、守秘性を理解し、実行する。なかなか出来る事じゃあないよ。それも、組織に入って数ヶ月の新入員の若者が」
「忠誠心でなく、そうする必要がある、と理解しているってことですからね」
「彼の能力に、我々は甘えているのだな」
確かに、と笑って同意を示す堂賀林が、身を乗り出す。
「なかなか、稀有な人材ですよ。本当に、手放したくない」
「……出向の打診があったのかな?」
周辺の『処女』の鼓動を早める。彼のギフトが判明した折から、その広範性と特殊性、そして有用性より、上位組織からの招集が危惧されてはいた。
県組合、ひいては組織の頂点にある組合本部より。
懸念は、しかし首を振られる。
「いいや、まだです。顎田市に出向した折も、ギフトについては誤魔化していましたし」
「とはいえ、衆目に晒された以上は、時間の問題か」
「もう少し、活躍がおとなしいものだったら、隠しようもあったんですがね」
「なに、そこは目を瞑ろう。大人しい戦果なんて、彼の魅力を擦りおろすようなものだよ」
「懐が広いですねぇ……あれだけ白目剥かされているのに」
いや、まあ、もう少し心臓に良い活躍を願ってはいるよ? 彼のギフトって『処女』だけが対象なのに、いつも『心不全』気味だもの。
※
「まあ、手は予断なく打ちますよ。彼はどうしても、本所支部に引き留めておきたい」
「随分と入れ込んでいるねぇ。さほど面識もないだろうに」
「短い期間の実績を見れば、誰だって惚れてしまいますよ。加えて、現場の雰囲気を良くしてくれる人格も込みだし」
持った煙草を、指でくるくると回し、笑みを深くする。
「トゥインクル・スピカやグローリー・トパーズなんていうスターが現れても、結局伸び悩んでしまう。地方支部の限界を打ち破るのに、彼はどうしても必要でしょ」
支部の評価は、すなわち組合員に還元される『実利』である。
だから堂賀林はそこに固執するのだと、先達は理解をしている。元々、苛烈なビジネスマンであった質が、発露しているのだ。
悪い事ではないし、むしろ好意的に捉えてはいる。積極性と、発展性に繋がるのだから。
けれども感情が行き過ぎれば、
「私に、白目を剥かせるような真似はしないでくれよ?」
「はっはは、ジェントル・ササキのように、ですか?」
街の平和を守るために『全力で出来ることをする』魔法使いみたいになってしまうのではないか。
懸念を、だけど笑い声で一蹴されたから、冗談ということで収める。
「しかし、引き留めると言って、何か手はあるのかい?」
「まあ、条件次第ですが。理屈は簡単ですよ」
事もなげに、回していた煙草を咥え直して、
「彼が、本所市から離れられない理由を作ればいいんです。彼自身ではなく、周囲が『そう』思えるだけの状況になるのが理想ですね」
と、不可解な結論を見せつけてきた。
一息、言葉を呑むように頭を巡らせるが、具体的な道筋が見えてこない。
「堂賀林くん、それはどういう……」
説明の補完を求めて、続きを促したところで、執務室のドアが乱暴に押し開けられた。
驚いて見やれば、肩で息をする静ヶ原・澪利の姿。
酔いが醒めたことへの気遣いと、非礼を窘めるために眉をしかめたのだが、続く彼女の言葉に声を失うことになる。
それは、
「上空に『敵性マレビト』が出現しました!」
非常事態の始まりを告げる、警鐘の音であった。
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