4:君たちの若さに甘える訳にはいかないのだから

「げ、元気出してください! ほら、ハンバーグ美味しいですよ?」

「何を聞いたか知らんけど、気にしないのが一番だぞ?」

 夕飯時を大きく回った、郊外のファミレス。

 ボックス席を囲んだ面々は、沈痛な面持ちの『大人』を慰めるために交互に声をかけているところであった。

 

      ※


 ジェントル・ササキによる『機密情報漏洩対策』は『施術者』を数度変えたところで、しかし功を為すことはなかった。

 絶望に打ちひしがれる魔法使いは地に伏し慟哭し、漏洩元の医務室長は笑って眺めるばかり。管理不行き届きの副支部長は、苦い顔で腕を組むだけ。

 魔法使いのこめかみへの打撃が一巡して、二巡目に入るかどうか各々が『己の倫理委員会』に諮問し躊躇っていたところへ、更なる来客が。

 帰り支度の整えたグローリー・トパーズこと湊・桐華と、なぜか同行していたMEGUが制服を翻しながら現れて、

「ショック療法なら任せなさい。私には電撃があるわ」

「ダーリン、こんなに苦しんで……大丈夫! 私も分かち合うわ! ほら、こめかみに一発ちょうだい! はやく! ほら、サイネリア・ファニー!」

 事態を混迷の沼に引きずり込んだため、その場はお開きと相成ったのである。


      ※


 医務室での泥沼な解散劇のあと、演者たちは力ない佐々木の腕を引いて、連れ立って遅い夕食へ向かうことになった。なので、

「佐々木さん? やっぱり、電気流しておこうかしら?」

「ダーリン、ほんと辛そう……私が分かちあうから、元気出して? ね?」

 お店のグラスを構えるのも、女子中学生の『こめかみを狙う』のもNGだ。

 当初魔法使いは『諸々の懸念』から、使い慣れた隠れ家的カフェを選択したのだが、常連に近い文が「営業時間外に何度も、しかも大人数で押しかけるのはきまずい。あと店長さんが佐々木さんへの『疑い』をますます深める」との常識的な理由を並べ立てたので、手軽なファミレスへ移動した次第である。

 佐々木の『疑念』は、幸いにも外れになったようで、暇そうな店員さんたちは女学生の群れにおっさん一人という絵面を『現金が飛び交う』関係とは見なさないでくれた。一対一だったらこうはいかなかったに違いない。

 すでに、鼻孔をくすぐる料理の群れが並べられているのが、その証拠である。

 けれども佐々木は、立ち昇る肉の濃く甘い香りに誘われても、手を付けることができずにいた。

 そもそも、抱えさせられた『事案』が、分を越えるものなのだ。

 マレビトと、地球の関係性についてはまだ許容できる。閲覧権限を飛び越えて知りえてしまった事実であり、触れてはならないとはいえただの『世界の在り方』なのだから。むしろ、さまざまな判断材料に使うことができるだけ、ありがたいところだ。

 だが『支部内の犯罪行為』は、煮ても焼いても食えやしない。ただただ共犯者として隠蔽の片棒を担がされただけだ。

 公にして謝罪を、と思うところであるが、波及する先が大きすぎる。

 管理責任を問われることとなり、体制是正が発表されるまで全国的な『試作品の提供』がストップ。是正されたとしても、損なわれた信頼が回復するのを待たなければ、先の地ビールフェスのような『企業案件』も滞ることまでは確定である。

 加えて、組合が機能不全となれば共生関係にある悪の秘密結社もまた、活動の幅を狭めざるをえなくなり、結果として『業界の縮小』に繋がってしまう。

 つまるところ、組合だけでなく、そこに繋がる経済活動にまで影響があるということ。

 例えば、休憩所の自販機の納入業者や、足ふきマット等を納める清掃会社。事務員に外部企業を使っていれば当然引き上げとなるし、顎田支部のように食堂を備えていたなら調理師の休業に仕入れの停止と相成っていく。

 正義感は重要だ。世の中を『正当』に回すための規律であり、失われてしまえば指針を失った人の心は容易く低きへ流れるのだから。

 けれども、正義感で以て何もかもを糺してしまえ、というのは暴論である。正しくとも、成すことで社会システムに不安定を招くとしたら、着地点とその姿勢を考慮しなければ『重大事故』に繋がってしまうのだから。

 しかも、倫理観が異なる異邦人による、事故のような事案が発端だ。

 もし、そこに『悪意』でも介在していてくれたなら叩き伏せることができるのだけども、などと思考を短絡させてしまうほど、面倒な事態である。

 たかが一組合員の背には、荷が勝ちすぎる。

 いわんや、年若い少女と分かち合うには重く大きく、背負わせるにはあまりに大人として不甲斐が無くて。


      ※


「組合長たちと話をしてね。どうして顎田市の秘密結社が、うちでテストしていたバックパックを持っていたのか、って」

 悩みながら吐露した佐々木の悩みに、しかし文は懸念を覚える。

 ……嘘、じゃないですか?

 告げた内容にではなく、その内容に『思い悩んでいる』ということに。

 意図はわからない。けれども、言葉の調子や顔の色合いから、いつもの『無闇』な覇気が感じられないものだから『違和感』が強まる。

 なぜだろうか、と胸に爪が立てられるものの、だけど意味もなく言葉を濁す人ではないと知っている。ちょくちょく『姿勢』については濁すけど、理由は直球で教えてくれるからあれ? ダメじゃないですか、それ?

 じんわりと滲んだ背中の汗は見ない振りをして、追い立てるような真似はせずに吐き出される話題逸らしを受け止めることに。

「それって、ベルが所属しているマウントキングも、関知していないということか?」

 彼の口から伝えられる組合側が現状掴んでいる情報について、小海が首を傾げて見せる。

 受けた年少組も、肩をすくめて疑問を浮かべる。

「おかしな話ね。考えうる全てのルートが、マウントキングへの供給を否定している」

「しかも、書面上は数量のズレもないんでしょ? もう、舞台の外から持ち込まれたとしか思えないわ」

 どうやら相棒の目論見通り、議題はずれこんでいっている。

 文は、ぼんやりと感じていた違和感の正体に、そこで気が付く。

 語られる疑問は、どれも『課題』の形である。追い探れば、答えが見つかる類のものなのだ。魔法使いの性質、最短を強行突破しようとする『精神的踏破性』の高さを鑑みるに、物の数ではない障害ではないだろうか。

 故に、何かを誤魔化している、と相棒の言葉に確信する。

 理解がある故、いま口にしている『疑問』もまた彼が抱える『真実』であることもわかってしまうものだから、遮りはせず、解決へ背を押す。

「その不明な供給元は、何が目的なんでしょうか?」

「そうだね。それがわからないから、頭が痛いよ」

 まさにそこが思い悩むネックであるのだと言わんばかりに、唸り腕を組む。

「正規のテストを実施できているのに、非合法なルートで実験機を提供する理由は? 俺と文さんが使った個体に掛かっていた機能制限がなかったから、そのためかもしれないけど」

 確かに、現場で見た光景は、自分が知るマシンからは想像のできない機能であった。

 上下方向にのみ影響力を絞っていたらしいのだが、その制限を取り払うだけであそこまでの破壊力を生み出せるだなんて。

 あと、

「それこそ、非合法な方法で実施する意味合いは薄いでしょう。佐々木さんの慧眼の通りにね」

「それに、線路まで壊しちゃうとか各所からクレームが出るし……私の『主に腰辺りのレール』は、ダーリンにならいくら壊されても大丈夫なのに!」

 このライバル二人が並ぶと、ここまで破壊力を生み出せるだなんて。

「ダメだよ。君たちは本所市を代表する魔法少女で、俺みたいな実績も乏しい新人を簡単におだて上げたりしたら、周りが勘違いしてしまうだろ? 気持ちはありがたいけどね」

 なんて、誉め言葉だけを謙虚に固辞するが、いや、佐々木さん、その二人の言動を嗜めるべきでは? 人生の先達として。

 その基準なら自分にも責務はあるが、ここは年功序列を適用して欲しいところだ。

 やめてください、小海さん。そんな顔をしてこっちを見ないでください。この二人はちょっと『特殊な沼』に沈んでいるだけで、私は関係ないですから! どうしてそんな『同類』を見比べる目をするんです! 違うんです、私はこんなに酷くなんか……!

 年長組の視線での攻防はさておかれ、魔法使いがようやくフォークに手をかけながら、

「もしかしたら、別個に考えるべきかもしれないね」

 思考の転換装置を、レバーオンしてきた。


      ※


 面々が急な提案にきょとんとする中、

「それは、提供した側とされた側で、行動意図を切り分ける、ということですか?」

 自分は、言葉の意味合いを不格好ながら搔き集めて、なんとか整合ができた。付き合いの深さ故か、とちょっと誇らしい。

 応える相棒は、満足げに頷いて、

「そう。制限を外したテスト機を稼働させる理由と、それでもって路線を破壊した理由。二つが結びつかないのなら、そこに介在する『意思は別物』と考えた方が収まりは良い」

 もう少し具体的に、理解のしやすいパーツを示すことで、他三人も「なるほど」という顔に。

「どちらがどちらを求めたか、よね。問題は」

「ベルに直接聞けば早いんだけどなあ」

「マウントキングが庇っているんでしょ? ブチ切れた社長でもダメだったから、その線は難しいと思うわ」

 同じスタートラインに立ってしまえば、経験値が格段に高い三者の思考へさすがに敵わなくなってしまう。

 己の役割は彰示の言葉を繋ぐパイプなのだと小さな満足を得て、こっそりと視線を交わした彼からも柔らかく感謝の頷きを見せられて、胸を温める。

 彼の、そしてこの小さな会議の役に立てたことが嬉しくて、弾む気持ちを楽しむように、窓の向こうに瞬く星々を見上げた。

 初夏の遠い夜空は、ネオンに削られながらも輝く星の海だ。

 吸い込まれそうな黒の波間に、

「……あれ?」

 地上の明かりに負けぬ、刺々しいまでに煌と輝く『星』が、唐突に文の目へ飛び込んできたのだった。

 まるで、己の存在と所在を訴えでもするかのように。

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