16:勝利の味は苦く、勝者の姿は儚く

 疲労と負傷で、荒く息をつくストライク・クローバーは混乱していた。

 待っていてくれと、勝ち筋を持ち込むと、彼は確かにそう言って自分に現場を任せてくれた。

 堪え、粘り続けた結果が、目の前で唸り声をあげており、

「俺の車じゃないか……! 何をしてくれるんだ!」

 唸り声の所有者である『騒乱のベルゼブブ』がその名の通り、喚きたてる。

 怒りに染まる声に、けれど彼は背を向けてこちらに駆け寄り、

「すまない、遅くなった!」

 肩を支えてくれる。

 あちこちに出来た擦り傷へ指をかけてしまうあたり、よほどの焦りが見えるから、まあ許してやろうという気持ちに。

 だから、変わらぬ悪態をついて、

「ほんとだぜ……線路被害は食い止めているから、後はどうにかしろよ……」

「ああ、任せてくれ。すぐに終わらせてくる」

 ポリ袋越しだというのに伝わってくる力強い決意へ、仕事を終えられた安堵を確かめながら力を抜いていく。

 トドメは、失血で失われた体温と、ほつれた衣装を隠してくれるように、肩から掛けられたジャケットの、その温もり。

 陽と彼の温度に、どうにか繋ぎとめようとしていた緊張が弛み、緩んでしまった。

 やわらいでしまう意識に、

 ……だけど、すぐに終わらせるってどうする気だ。

 口も動かせず、疑問を脳裏に浮かび上がらせる。

 相棒が用意した勝ち筋は、敵の所有する車両を利用して相手を撃退することだろう。単純に破壊を前提とした『人質』として利用するのかと考えたが、だとしたならそれは悪手である。

 なぜなら、

「は! まあ、好きにしてくれ! ソレがどうされようが、痛くも痒くもないさ!」

 騒乱のベルゼブブは個人主義のマウントキング内に置いても極北であり、最悪己の身にだけ価値を認める性格を持つためである。


      ※


「高級車一つで、自分を折るようなことはしないよねぇ、そりゃあ」

「決心が固いようですが、目的はなんでしょうか」

 ユキヒコは苦い顔で目下の衝突を観戦し、並ぶ伝説からの疑問に首を傾げる。

 彼の動機や最終目標は判然としないものの、おそらくはひどく根の浅いものだと憶測できる。

「一つにマウントキングの動向だ。組織的な物なら、もう少し騒がしくなるはずだがね」

「確かに、かなりの動員をしていると聞きました。組織的なら同時に妨害行動を起こすでしょうが、その兆候はありませんね」

「そう。で、もう一つが、見たことのないガジェットだ」

「本所支部でモニターテストをした実験品ですね。あちらにもモニターの話が回っていたとは聞いていませんが……」

「なら、出元は割れていて、尚且つ清潔なわけだ。企業の提供なら、データをとにかく大量に欲しがるから、他の幹部も身に着けていないとおかしいだろ」

「そんな報告もありません」

 つまり、とこちらの意を汲んで言葉を継ぐ。

「彼『騒乱のベルゼブブ』が、個人的に獲得した算段が高い、と? であれば、派手な実績で自分を売り込むのが目的?」

「切れるねぇ」

 現役の時から、ただの優秀な魔法少女ではなかった。観察、判断、実行において、クレバーさが彼女の武器であり、数々の偉業を築き支えていた。

 想像でしかないが、積み重なる状況に、間違いないと確信している。

「損害の補償は事業体に出させ、自分の懐は痛まない……賢いことだよ」

 頬に苦みを増して、皮肉をこぼすのも仕方がない、と自らを慰める。

 そのダメージコントロールに、ジェントル・ササキを駆り出さざるをえない準備不足の現状もまた、心根を挫いてくるから。

 彼を手配したリバーサイドエッジ頭領には頭が上がらないな、と作戦後を思う次第である。

 無事、閉幕すれば、だが。

 なにしろ、己の身が最も可愛い敵相手に、人質戦術を取っているのだ。

 失敗する算段が非常に高く、現に決裂に向けて進行中である。

「好きにしろと言ったな! 前言を翻すことになるぞ! 今なら撤退を許す、後悔しないうちに下がるんだ!」

「吹くじゃないか、魔法使いが! 撤退はそちらの得意技だろう? 逃げてばかりだから『魔法使い』になっちまったんだろうが!」

「……決裂だな」

 魔法使いが、吼えるように、脅すように、勝ち筋を絞っていっていた。

 まずい、とユキヒコは焦りを覚える。

 勝ち筋と思っているのは市外から応援でやって来たジェントル・ササキだけであり、周囲には失着と見ている。

 つまり、敵の特性を理解していないか、勘違いしているのだ。

 申し訳ないが、組合に連絡を取り、魔法少女の動きをこちらに集中させよう。彼の手柄は時間稼ぎで充分。

 次善策を取らざるをえまい、と無線に指をかけたところで、

「いま! この車を! 線路上に! 放置し! エンジンを切るぞ!」

 うん? と疑問符が沸き立つ脅迫が発射されていった。


      ※


「……要求を呑まなければ破壊する、ではないの?」

 困惑は大きく、下の当事者にとっては尚更だろう。

 言葉に詰まり、息を吸い、それから首を傾げている。

 なにがなにやら、と呆然と眺めていると、隣で頷く『有識者』が、

「これは、ササキさんの勝ちですね。なるほど、勝ち筋とはよく言ったものです」

 勝手に納得をしていた。

 まあ、問題の彼とお揃いのポリ袋を被っているあたり、理解度が高いのは致し方が無いのかもしれないけれど。

 渦巻く混乱に反して特急で進行していく現状に言葉を失っていると、

「いいか! JRからの損害賠償請求が怖くなければ、かかってこい!」

 敗着手と思われた一手をひっくり返さんと、何やら生々しい『猛攻』が開始されていく。


      ※


「アンタ、いったい何を……!」

 騒乱のベルゼブブは、混乱の極みにあった。

 魔法使いが、愛車を盗み出してきたことは理解できる。

 それを盾に、勝とうとしていることも、主観で見れば頷ける。

 だが、破壊するでもなく、放置するとはいったい。

 そのうえで、鉄道会社からの請求とは。

 確かに、列車を横倒しにし、軌道を破壊している。

 己の目的である『個人の活躍をアピール』するためであり、作戦にかかる損害は事業体に向かうはずだ。こちらの身元は完璧に隠してあるのだから。

 そこで、寒気が背を舐める。

 黒々とした、怖気走る事実に思い至ったため。

「そうだ! 車検証に保険証、幾つもの私物に指紋! あらゆるが、電車運行の阻害を行った人間の『本名から住所まで』を特定する情報になるぞ!」

 目の前の路線上に『個人情報の塊』が持ち込まれたという、その絶望に。


      ※


「わが身の可愛い相手には、効果覿面な鬼手でしたね」

「安全圏にいたと思ったら、修羅場に引っ張りだされたわけか」

 組織を盾に好き放題やろうとしていたわけだから、計画の代表者であるヨシヒコには胸がすく思いである。

 加えて、ジェントル・ササキの更なる評価に繋がる。

 一見、不知不覚からくるミスと思われたが、結果は急所を突く一撃だった。こちらの見通しの甘さからくる、侮りだったのだ。

「よくベルくんの性格を調べていたよ。この短い間に」

 警告があったのは、決起会の時だと聞いている。そこから数日であり、マークすべきマウントキング幹部は彼だけではない。

 周到な準備を欠かさないクレバーな男だと、点数をかさ増しすることに。

 であるが、彼を良く理解する元魔法少女は、穏やかな声でそれは違うと否定をしてくる。

「ヨシヒコ・インディゴ。あの人は、いつも全力なんです」

「だからこそ、弱点を調べ上げて……」

「いえ。おそらくは、事前調査も触り程度でしょう。日中は真面目なサラリーマンで、さほど時間はありませんでしたから」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、トゥインクル・スピカ! それじゃあ……!」

 過ぎるは、恐怖。

 ばかな、と戦慄く。

 片田舎と、揶揄をしていた本所市のテイルケイプが相手取っているあの男は、狙いすました『一矢』を通したのではなく、

「ええ。相手に『最大ダメージ』を与えられる一手を取った『だけ』なんです」

 誰であろうとひねりつぶさんために『対戦車砲』をぶち込んだ、ということだ。偶然にも、今回は急所になっただけで。

 命ばかりでなく、風聞、社会的生命、経済攻撃、あらゆる手順から最善手というか『最攻手』を迷いなく選び実行してくる。

 恐ろしい。

 たった一つの秘密結社が相手をしていい『敵』なんかではなく、それはもちろん、

「そんな彼が、本所市では時折、テイルケイプに出向するのです……!」

「そうねえ……現に、いまはテイルケイプからの出向だしねぇ……」

 地方の組合が『事を構える』には、やはり荷が勝つ『敵』となる。

 だからこそ、

「いいか、よく聞け『騒乱のベルゼブブ』! 今から五秒やるから、即刻立ち去れ! さもなくば、エンジンを切るぞ!」

「なんだ、その脅しは! 鍵なら、俺が持って……アンタは!」

「気が付いたな! そう、いまこの車は『直結』で動いている! それも、イグニッションシリンダーに金属棒をぶち込むタイプのな! 止めたが最後、ここで立往生だ!」

「なんてことしやがる!」

 キャラも忘れて叫び散らかす哀れな姿に、加害者ながら同情を寄せながら、胸をなで下ろす。

 しみじみと、大組織の『頭領』としてユキヒコ・ウェンディゴは噛みしめるのである。

「彼を飼い馴らすテラコッタ・レディとサイネリア・ファニーは、本当に凄いなあ……」

 本所市の平穏は、二人の女傑によって守られている、その事実を。

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