15:されど暗がりはなお深く
「つまり、手数の足りなさを補うために、静ヶ原さんを動かしたってこと? ファニー……文ちゃん?」
「リンさん……クローバーさんから駅前の仕立屋さんに衣装のイミテーションがあるって、ササキさんが聞いていたらしくて……」
確かに、いつも物欲しそうに眺めていたのは覚えている。店主が熱烈なファンで『胸部に袋』を作ることへ、完璧な拒否を見せケンカになったりもしていた。
彼のその場にあるものを拾い上げて活用する力の一端を垣間見えて、事態の収束に期待を持てると一息を付ける。
だというのに、
「あなたは、どうしてそんなに浮かない顔をしているの?」
吉報を届けた魔法使いの相棒の眉根は、泣きそうに崩れたまま。明るい情報に跳ねた心が、しかし不安を覚えてしまう。
「私……ササキさんがどうしてもって言うから……汚されてしまいました……!」
※
泣き崩れる姿は悲愴であり、言葉は不穏。
慌てて屋台のカウンターを回り抱きとめると、被害者たる少女の言葉を招く。
「どうしたの、いったい⁉ 何をされたの⁉」
強い声に、肩を震わせ、それども勇気を得られたようで、
「ササキさんが……作戦にはどうしてもあのクラシックカーが必要だって……責任は全部自分がとるからって……だけど……!」
しゃくりあげながら、真実を伝えてくる。
「細い金属の棒を、車の鍵を差す穴にねじ込まされたんです……! そしたら、なんでかエンジンがかかっちゃって……!」
完全に『直結』じゃん。しかも復旧が絶望的な。
「私……泥棒の片棒を担いだってことですよね……! あんな、細い棒でエンジンがかかるなんて思いも……!」
不安になるのもわかるし、エンジン直結の方法なんて知りもしなかったのだろう。
言った通り、責任は全て魔法使いに帰結するだろうから、と慰めようとして、ふと無言を貫く『少女の管理者』を見上げる。
威風を湛える老人は、腕を組んだまま、
「……気絶しています?」
白目を剥いていた。
なるほど、と暗い合点を得る。
強敵への絶望など、感じている暇などないのだ、と。味方から『与えられる絶望』こそ真に深い闇であるのだと。想定の斜め下を打撃してくるならなおさら。
絶望を否定していた勇猛な指揮官である大瀑叉・龍号が『現実逃避』に移行した姿を見るに『真理』であろうなあ、と若輩の秘密結社頭領は絶望するのだった。
※
魔法少女『トゥインクル・スピカ』は、地方都市における伝説であった。
曰く、海すら凍てつかせ、座礁したタンカーからオイル流出を食い止め。
曰く、引退まで無敗であり、時に十を超える敵を向こうに回し無傷であり。
曰く、無口でクールなミステリアスな振る舞いに、全国区で大規模なファンクラブが結成され『巡礼』と称しては本所市に押し寄せていた。
実力、人気、経済効果から見て、戦後日本の魔法少女史において歴代十指に入る英雄である。
その伝説が、二十五才を迎えて再臨となると、
……キツい! コミュ障にはすごくキツいです!
無口クールが仇となって伸ばしてこなかった対人能力が、突然に要求されてくる。
元々、ギフト『乙女座の落涙』が強力すぎるため、対秘密結社にしろ救助活動にしろ最前線を任され続けており、対話が必要な場面が少なかったためだ。
なので最も頼れる『ワンカップ』の力を借りたところであったが、
「トゥインクル・スピカだ! 伝説が復活したぞ!」
「あの時、観光客が押しかけたおかげで、ウチの工場大きくできたんです!」
「ああ! 昔、ファンだったんです! ほらゆーちゃん! 握手してもらいなさい!」
主に同年代かそれより上の方々が、手を振り安堵の表情で列を作って避難を始めていく。ていうか、最後のゆーちゃん、明らかに興味ない顔していますよ、お母さん。
何はともあれ、現場を落ち着かせるという目的は達せられた。
一息ついて、離れていく群衆の背中を見送っていると、
「知名度は未だに衰え知らずだね、トゥインクル・スピカちゃん」
横手から青髪の巨漢が、手を叩いて称えてくれた。
「ユキヒコ・インディゴ……」
※
「おお、お見知りおきされていたかい。てっきり認知されていないと思ったよ」
「そんな馬鹿な。現役時代に幾度か対峙しましたし、なにより県内であなたの名前を知らない者など……おや、どうしてずぶ濡れなんです?」
「どうしてって、君が……まあいいや」
なるほど。降りてきた最初の混乱時に、一本二本『おみまい』してしまっていたようだ。
大人は追及を捨て置き、濡れた髪を描き上げながら、
「助かったよ。本作戦を取りまとめている身としては、心臓が止まるところだった」
「ササキさんの手柄ですよ。アイデアも、衣装も」
仕立屋にイミテーションの衣装が飾られている、という情報があり、それを以て猫の手も借りたい現場に知名度だけは高いロートルを復帰させる。ウィッグまでは準備できなかったため、身元を隠すために店のカウンター陰にあった『ササキの予備マスク』を拝借したが。
作戦の破綻を隠す、なにより無軌道な攻撃に晒させないため、群衆の避難は最優先なのだと、彼が提案してきたのだ。
「へぇ。見立て通り、器量のある子だな。目端が利く」
「間違いのない評価ですね。ですが、もしかしたら『地獄の釜蓋』が開いた可能性もあります」
「確かに。戦局を見る目があるから、最も危険な地点を嗅ぎ分けられる。性格から自ら乗り込んでいくし、現に今がそうだ」
連絡橋に開けられた風穴から戦局を見下ろすユキヒコが、歓心を咲かす。
力尽きて膝をついたストライク・クローバーを庇うように、ベコベコになったコルベットが停車され、ベルゼブブと睨み合っている。
彼の言う通り、危険な状況であるが、
「勝ち手が見えています。あの程度を地獄とは、当人ですら思っていないはずですよ」
「ほう。それじゃあ目下の状況より、絶望的な絵図面が控えていると?」
「……気がつきませんか?」
※
その『恐怖』は目に見えるところにある。
実際、自分自身は気付いてからこっち、震えが止まらないほど。
訝しむように顎に手を当てるユキヒコは、
「私の、この『格好』です」
「ああ! 緊急避難的とはいえ『あの』トゥインクル・スピカが復帰となれば……!」
「いえ、副次的なものでなく、もっと根源的な問題です」
「……お手上げだ。何が起こる、っていうんだい?」
肩をすくめ、不明な問題が存在することに深刻な顔をして解答を求めてくる。
冷える背筋を堪えながら、
「この『衣装』です。ピッタリで、着心地も良い」
「ああ。現役時代と変わらない、可愛らしい恰好だが……」
「そう『変わらない』衣装なのです」
「? いまいち要領得ないのだけど」
「いいですか? 私は引退してから七年程、体型も少なからず変わっています」
だというのに、
「この衣装は『ぴったり』なんです……!」
店主は、自分のファンであるという。来店した折に狂気乱舞し『ショーウィンドウから取り出した衣装』の貸し出し代金も不要と言ってくれるほどに。
熱狂的な支持者が店頭に飾っていたイミテーションのサイズが『現在の自分にピッタリ』とは、どう考えればよいのだろうか。よくよく見れば、ショーウィンドウに飾っていたはずなのに色褪せもないし。
どこへ舵を切っても、恐ろしい結論に行き付いてしまって、
「あ、この話やめよっか。もっと面白い話をさ……ほら、下も動き出したよ!」
震えを収めるために『おくすり』を『ポリ袋』に突っ込む絵面を見ない振りしながら、話題を変えてくれる大人の対応に、さすが歴戦の頭領であると感嘆をしたのだった。
あと、何も言わなくても『おかわり』を手渡してくれるから、とてもいい人だと評価を改めながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます