14:絶望とそこに降りたつ者の『カタチ』

 もはや、ちっぽけな通信機が持ちよる、言葉だけの曖昧な情報だけではない。

「おい、なんだ! 駅のほうからだぞ!」

「さっき、電車倒れている映像が出ていたよな⁉ 関係あるのか⁉」

「なんだ、足止めってレベルじゃねぇぞ……家に帰れるのか……?」

 昭からな破砕が線路を跨ぐ連絡通路に襲い掛かるのを、遠巻きながら広場のフェス参加者の目にすら届いていた。

 いわんや『リバーサイドエッジ』の頭領は、愕然と目撃していた。

「こんな……あっさり……」

 本所市の魔法使い『ジェントル・ササキ』の実力について、リンは高く評価している。

 組合員としてはほぼ無敗。それもテイルケイプ幹部を、筆頭から三人組まで、難敵を排除しながらである。

 であるからこそ万が一に備えて呼び立てていたのだが、その彼が時間を稼ぐこともできずに敗北している。

 立ちふさがる騒乱のベルゼブブの、常の戦果から考えたならありえない威力だ。本来、提携してある警備会社開発部の試作品であるスタンガンなどの、非殺傷武器を主兵装とするマウントキングにありえざる、破壊の力だ。

 砕かれたアスファルトが、もうもうと粉塵を巻き上げる線路上。黒煙と混じって、さながら戦地の様相にある。

 あの中に、自分が請い頼んだ魔法使いがおり、

「クローバーちゃん……!」

 自分に保護責任のある、精神的にも経験的にも未熟な女幹部がいるはずなのだ。

 知らず、指先が震える。

 己の浅慮が、二人を追い詰めているのではないか。

 念のため、なんて軽い気持ちで死地へ追いやったのではないか。

 あの時に、もっと、もしかしたなら。

 IFにIFが重なり、渦になって闇の中へ引きずり込んでくる。

 その暗がりに、

「リンくん、なんて顔をしているんだ」

 倍近く年齢の離れた先達が、手を差し入れてきた。


      ※


 驚いて向き直れば、泰然とした面持ちでビールグラスに口をつけるテイルケイプ頭領が、泡のついた口元で笑みをつくり、

「驚くのは良い。敵に脅威を感じるのも構わない。だがね、我々は『絶望』してはいかんよ。現場が立ち向かっているなら、なおのこと」

 冷静な判断ができなくなるのだから、と付け足す。

 確かに、と頷ける話であり、好材料があるのだと、老人は語る。

「それにジェントル・ササキの強さはここからだしね」

「ここから、ですか? ですけど、あの有様では……彼の得意な『盤外戦』も効かないのでは……」

「彼はこの短い経験の中で、幾度か死線を潜っている。無論、明確な弱点などなく、あったとしても微差程度となる、強大な敵を相手取って。そんな時、どうしたと思うかな?」

 果たして、勝機などない相手にどう戦ったか。謎かけのようなものだ。

 答えを持ちえず、待っていれば、

「正面から殴り飛ばしてきたんだ。巨大な艦船であろうが、一度半身を千切り飛ばされようが、あらゆる兵装を一度に失おうが。

 戦意を欠かすことなく、命を失うことすら前提に、戦場に戻り、殴り飛ばしてきたんだ」

 だから、

「これしき、だ。『台本を焼いた』事、後悔するのは相手方だと確信しているよ、私は」

 安心しろと光を見せられ、思わず肩の力が抜けてしまう。

 同時、広場に『咆哮』が鳴り響いた。


      ※


 重く、腹に響き、鳴り広がるエキゾーストの唸る絶叫。

 常であれば眉をしかめてしまう騒音であるが、今は群衆が生む不穏のざわめきが大きく、目立ってはいない。

 けれども、交通規制の敷かれた会場に響くには不自然な車の排気音。頭領たちは首を傾げてしまう。

 そこへ『解答』が、息をきって駆け寄ってきた。

 姿は、龍号が保護者となって会場まで連れてきた少女であり、

「組合長……! ササキさんと静ヶ原さんが……! 私、私……!」

 屋台に届けられた泣き出しそうな声は、凶報の先駆けであった。


      ※


「なんて被害だ! 組合はなにをしている!」

 連絡通路の悲惨な状況に、駆けつけたユキヒコ・インディゴは顔を青褪めさせていた。

 壁は砕かれ、青空が臨める。粉塵と煙が通路内に吹き込んでおり、されど状況を確かめようと野次馬が押しや圧しやで詰めかけている状況。怪我人がいないのが幸いであり、もしいたなら物理的な交通規制がかかっている以上、救急車も絶望的である。

 本来、列車運行の阻害を担当していたのはジェントル・ササキ組であり、彼らの管轄であるから演出の一貫だろうと思って自担当の地下通路封鎖に勤しんでいたのが仇となった。

 誰か人を回そうにも、人員余剰のある『マウントキング』は当事者なので除外。他は手いっぱいであり、ユニットである『プリティ・チェイサー』を分割して動かそうとも思ったが『幹線道路上アイドルコンサート』という作戦性格上、ひと段落するまでは難しい。

 そのため、裏方だった社員に現場を頼んで、ユキヒコは非常事態にある線路上まで駆けつけたのだ。

「おい、どうしてクローバーがベルと戦っているんだ……?」

「ジェントル・ササキはともかく……あれは『敵』だしな」

「一〇代の美少女から『食い込ませ』られてるとか、国賊だもんな」

 意外なササキの効能に驚きながら、けれどもこれ以上は野次馬を許してはおけない。

 下の援護をするにも、絵面が『仲間割れ』となるためだ。混乱する現場を収めて人目を断ちたいところだが、自分一人では手が足りない。

「魔法少女はまだ駆けつけないのか……!」

 仕方がない事であるが、舌を打ってしまう。

 作戦の本当の目的が交通機関の遅延にあるため、組合側の出動は秘密結社連合の活動が一段落した後となっていた。加えて、終了後の後始末を考えて、正確な現状を伝えていない自業自得もある。

 どうすべきか、と焦りに思案を回すと、

「エンジン音?」

 大気を噛み砕かんと、がなりたてる『猛獣』の咆哮が響き渡った。


      ※


 音の出所は、盛大に開け放たれた風穴からであり、野次馬に混じって覗き込めば、

「おい、コルベットが線路内に侵入してきたぞ!」

「腹擦って火花散らすわ、跳ねた砂利がボディに当たるわ……」

「邪悪……! 乗ってるやつは悪魔か……!」

 躊躇なくタイヤを全力で回し、深い砂利に足を取られながら蛇行する高級外車の姿が。

 ユキヒコには見覚えがある。

 あれは『今まさに眼前で戦闘を繰り広げている』ベルゼブブの愛車であり、

「二人の前で止まった! 誰か降りてくるぞ!」

 驚きに動きを止めた所有者と、疲弊に息をついたストライク・クローバー、そして野次馬たちの見守る中で、運転席のドアが押し開けられる。

 その姿は、スーツに身を包んだポリ袋を被り偉丈夫であり、

「どこに行ったかと思ったけど、現場に戻るプロ意識は凄いもんだね」

 アイドル事務所の社長として加点評価を下す。

 状況や作戦は分からないが、仕事の続きを終わらせるために戻ったには違いない。

 であれば、自分は『眼前』を収めることに注力できる。

「え? なにこれ、どうなってるの?」

「状況がよく……なんでこの戦場だけアナウンスがゼロなんだよ」

「まて押すなよ! 落ちちまうだろ!」

 だが、混乱は大きくなるばかりで、いささか骨が折れる。

 誰か、知名度の高い『魔法少女』がいたなら、興味を引き付けられるのだけども。

 仕方なし、と自らが『暴力と恐怖』で場を収める骨を折ろうと、宣言のために息を吸い込むと、

「皆さん、落ち着いてください」

 凛とした、冷たく、それでいて遠くまで抜けていく声が、長い長い連絡通路を駆け抜け、騒乱を呑み込んでいった。


      ※


 ユキヒコのみならず、誰もがその可憐な声音に思わず見上げてしまう。

「どこだ!」

「あそこだ!」

「あれは……!」

 大勢の目があり、共有する目と口があるため、出所は、容易く見つかる。

 通路屋根より吊るされた飾り照明、その笠の上。

 淡い青と白を基調とした衣装を翻す、魔法少女然とした人影が。

 誰かが驚きの声を上げ。誰もが『まさか』と息を呑む。

 ユキヒコもまた、声すら出せずに見つめるしかできない。

 それは伝説めいた存在であり、現在には現れえない過去の偉影。

 儚くも美しい『かつての英雄』は、

「トゥインクル・スピカ、参上です……!」

 どうしてか『頭部を隠すポリ袋』をカサつかせながら、得物と思しき『ワンカップ』を構えていた。

 誰もが声を失う。

『あの日の少女、いま二十五才』に、現在、何が起こっているものかと。これが社会の闇なのか、と。福利厚生はどうなっているのか、と。

 慄きと不憫に、溢れる『思い』を胸に渦巻かせながら、視線を集めていく。

 ユキヒコもまた、同じ思いのまま。

 あと、直後に飛び降りてきて、

「ここは危険です。整然と退避をお願いします」

 混乱の先頭に居た兄ちゃんのこめかみに『ワンカップでお願い』し始めたので、スムーズに平穏が取り戻されていった。

 ユキヒコもまた、同じようにこめかみに『お酌』をされながら。なんなら、

「おや。やたら頑丈な市民ですね」

 反対に『おかわり』もいただきながら。

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