10:信じることはとても難しいからこそ

「ササキさん……! 私、ササキさんのことを信じていいんですよね……⁉」

 悲痛に叫ぶ自分の目の前で、ボロボロな相棒が、

「ああ! 皆を救うためだ! くそ、暴れやがって……!」

 必死に抵抗する可愛らしい装甲をあしらった衣装を着飾る悪の女幹部を組み伏せ、口を塞ぎ、胸を覆う装甲の隙間に指を突き入れるという『お巡りさん不可避』な行為を進行させていく。

 状況としては、被害を度外視してササキが強引に接近し、己のギフトに巻き込まれまいと動きを止めたストライク・クローバーを引き倒したのだ。

「サイネリア・ファニー! 君のスタンバトンでおとなしくさせてくれ!」

 そのうえ絵面の『レベルアップ』を目論み、あまつさえこちらを『共犯』に仕立てようとしてくる。

 野次馬の皆さんは、あまりに『汚い』状況に、言葉を失っている。当然だ、誰もがシラフで、なんなら半数はお子様なのだから。「ママー、あれなにー?」とか聞こえてくると、大ダメージだ。主犯がノーダメージなのが本当に解せない。

 人は人と分かり合うのは難しいことなんだな、と少女は悟りを得ていると、ササキの手が外れたらしく、

「ちくしょう離せ! なんで服を剥こうとしや……っ! 変なとこ触んな!」

 噛みつくような、当然の主張が巻き起こった。

 訴えに、ササキは、

「じゃあ、自分で脱いでくれるかい?」

「するか! バカかよ!」

 そりゃそうですよね……というか、ササキさんは何がしたいんです?

 澪利が言うように『虐待』の証明が元組合の体に刻まれているとしたなら、無理矢理脱がすような真似は不要じゃないだろうか。腕でも足でも、何かしらないのか。

 こちらの疑問に応えるように、けれどおそらくは組み伏せた相手に伝えるために、ササキは行為の正当性を、真摯に訴える。

「疑問があったんだ! 君の行動に、言葉に!」

 デザインを重視して、体に合わない衣装を着たがることに。

 魔法少女時代と変わらない、可愛らしい意匠を好むことに。

 強い恨みを持ちながら、組合に法的な対抗をしないことに。

 一つずつ根拠を指折っていき、最後に、

「なにより……サイネリア・ファニーと一緒なんだ!」

 え、と戸惑い、けれど自分のことを気にかけてもらっているという言葉に、胸が暖かくなって、

「見ろ! 彼女の姿を!」

 組み伏せている人と伏せられている人が、揃ってこちらに視線を向けると、

「組合の用意する今年度分の衣装が間に合っていなくて、寸法の合っていない衣装をどうにか猫背で誤魔化している姿を!」

「え? ササキさん、え?」

「は? もう七月になるぞ、いくらなんでも遅れすぎだろ……」

「ああ……! おそらく、主戦場が『夜番』だから組合側が意図的に納入を遅らせている……! 聞いた事はないか『本所市で一番股間に悪い魔法少女』の異名を!」

「ちょ、え? ササキさん? え?」

「形は違えど、彼女も組合の被害者……君と一緒だ、ストライク・クローバー!」

「そう……だな……まだ、私の方が……!」

「待ってください、なんですこれ! ササキさん! こっちを見てくださいよ!」

「今しかない! 猫背の理由を白日の下に晒すんだ! 何も、君が恥ずべきことじゃあない!」

「いや、それとこれとは話がちげーだろ! おい、メシメシいって……インナー破けてるじゃねーか!」

「お二人とも! 事態の進展の前に私の話を!」

 だが、悲痛な被害者の願いは叶わず。

 無惨な絹音と共に、男の指先が胸を覆う装甲を引き剥ぎとり、

「きゃああああああああああああああああ!」

 咄嗟に手で隠されはしたものの、満ちる『驚愕の大山脈』がまろび出たのであった。


      ※


 顎田支部が用意する食事は、理に適ったものであった。

 運動量の多い彼女たちに、筋肉疲労の回復を目論んで肉類とカルシウムを多めに。当然ビタミンやミネラルも考えて、野菜も用意された。作戦中だけでなく、生活の中でもエネルギー欠乏を起こさせないために、糖分も適量に。

 そして、成長期の体を支えるために、十分な食事量を準備し、結果として、

「体重が、五キロも増えてしまったんです……!」

 年頃の少女に対する、これ以上にない邪悪であった。

 遠くから『ご指摘』のお電話が鳴り響く中、指令室で泣き崩れる魔法少女に、オペレーターたちの同情が集まっていく。

 相対して、支部長は何が起きたのかわからないように狼狽えて、

「いやいやいやいや! 何が悪いんだ! 昨今の風潮に毒されすぎて、子供までダイエットする有様で! 預かっているお子様に、我々は責任があるんだ!」

 あくまで、五キロ増えて適正だと訴える。まあ、実際正しいので、無視だ。

「あまつさえ、食事量の少ない少女には、肉類の代わりに『プロテイン』を提供したとか」

「はい……みんな、粉っぽくて嫌だったのに、無理矢理飲まされて……!」

「肉が苦手な子もいるし、食が細い子もいるだろ! なんだ、おい! 私は今、何に巻き込まれているんだ⁉」


      ※


 現場でもまた、自分の身に起こった事態に混乱しながらも『事情聴取』に応じる者がいた。

「ふ、フラれたんだよ、高校の卒業式の日に! 丁度いい大きさがいい、って!」

「つまり、組合の栄養満タンな食事で『栄養満タン』になってしまった……それが悲劇の始まりとか……辛かっただろうに……」

「うるせぇ! 『前屈み』で説教くれてんじゃねぇ!」

 眼前で、あまりに悲惨な境遇が現在進行している彼女が座り込み、頼れるが『どうにかなってしまわないだろうか』と願ってしまう相棒の脛を、必死に蹴り込んでいる。

 片手では『隠し切れない』ので、どうしても両手が塞がってしまい、自由なのは口と足だけという『悲惨』な状況。

 ササキが、自分のジャケットを渡そうとしているが『充填完了』が原因で鳥みたいな格好になっているため、恐ろしく滞っている。まだどちらの腕も抜かれていないくらい。

 ただ、騒がしいのは彼らだけで、周りは静まり返っており、

「女の子の服を強引に剥くとか……通報しますね」

「鳥みたいな姿勢で右に左に動いているぞ……通報しますね」

「見ろよ、クローバーちゃん涙目で怯えて……録画しますね」

 さざめくように青空裁判が即決を下し、閉廷していた。

 そんな『祭りの最中の事故』のような雰囲気のなか、サイネリア・ファニーは強く願い思う。

「……とりあえず、本所支部に衣装のことを確認しましょうか」

 ここまでの流れで、どうして自分も被害を被っているのだろうか、と。

 目の前の『地獄の釜』に足を踏み入れると、更なる傷を負いかねないという、苦しいながら冷静な判断を下すのだった。

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