9:君たちの傷跡を塞ぐことはできないけれども
リバーサイドエッジの女幹部『ストライク・クローバー』の戦いは、接近戦を主とする。
しなやかな肉食獣を思わせる猫背の構えから、ギフト任せの跳躍で距離を殺し、打撃を繰り出すのだ。
彼女の軽やかかつ優雅、それでいて荒々しい立ち回りだが、身に纏う衣装がさらに引き立たせてくれている。
急所の各々を装甲で固めているが、形状と色合い、その他の生地部分とのデザイン性の合致から、可愛らしさを損なわない意匠。小柄な体が攻防にくるりくるりと舞う姿はまるで『シロツメクサの名を戴く妖精』であり、彼女の人気もさもありなん、と思わせる可憐さだ。
「死ね! ゴミ溜めに蠢く虫野郎が!」
それでいて口から飛び出す言葉は、鈍角の刃物のような打撃力を持ち合わせるからギャップがすごい。人気のある層も、さもありなん、だ。
迫る一撃に、正義の角材を構える。
拳を受け止めるのはカウンター狙いで、釘を打ち付けた部分。
「ササキさん! なんで穏当な平らなところじゃないんです!」
「手を抜くのは侮辱だろう!」
救う、と約束した相手ではあるが、侮る理由にはならないのだ。
だが、勢いの中でストライク・クローバーが対応する。
拳を開いて、釘の頭が並ぶ部分を掌打したのだ。肉が厚く、荷重を包むように分散させるため、反発による衝撃が呑み込まれてしまう。
「危ねぇな! 拳を壊す気かよ!」
「黙れ、ストライク・クローバー! 貴様が怪我を負わせた人数を思えば、この程度!」
義憤にポリ袋をがさつかせると、取り囲む野次馬たちも、
「なんでたくさんある選択肢から、血を見る手段を選ぶんだよ……」
「相手が怪我させたからって、こっちが怪我狙う正当性はないよな……」
「この程度、ってことは、まだまだ序の口ってことですかねぇ……」
どうしてか消極的な意見が募られていた。
※
解せないが、動きを止めた今がチャンスだ。
鍔迫り合いの間合いで、声を潜めて、
「言った通り、全力で構わないよ」
「いや、だけど……」
躊躇い戸惑う少女へ、問題の無いことを今一度伝える。
「君の問題を解決することと、この現場をどう収めるかは別の話だ。どんな結論になるにしろ、決着はつけないと。作戦が宙ぶらりんじゃ、様にならないだろ」
「確かに、ね……なら、貰っておきな!」
に、と笑い納得を見せたストライク・クローバーが、釘越しの角材にかけた五指に力を込めた。
何か、と怪訝に眉を寄せれば、
「これが私のギフトだ!」
力をかけていた角材が、突然に半ばから立ち折れたのだった。
※
バランスを失ったササキの姿を遠巻きに見守っていたサイネリア・ファニーは、
……割れた⁉
正確に、現象を観測していた。
角材は、折れたのではない。断たれたのだ。
それも、四分割に。
尖端側を握っていたストライク・クローバーが無造作に投げ捨てれば二つに分かれ、横だけでなく縦にも断たれていることが知れたのだ。当然、ササキの手に残された角材も縦に真っ二つである。
ギフトであるとの宣言があった以上、相手の意図によるのは明白。思いのまま四分割できるというのなら、
「下がれ、サイネリア・ファニー!」
きっと、彼女の背後でバラバラになっている車両らも、そのギフトの犠牲者なのだ。
恐ろしい能力である。あらゆる装備を無効化され、足元すら危ういかもしれない。
相棒の警告も頷けるし、
「首を起点に四分割されるぞ!」
いや、それはどうでしょうか……どうしてそういう発想になるんでしょう……。
「できねぇし、やらねぇよ! とんでもねーこと言いやがるな!」
「そうか……よかった……親指の爪が四分割されるくらいか……」
「しねぇよ! 想像しちまったじゃねぇか!」
可否への言及がないということは、爪は割れるということですかね……。
野次馬の皆さんも一斉に親指を隠してさすっているあたり、首より生々しい発想だ。
くそ、と猫背をさらに丸めると、
「私のギフトだ。名前は付けて貰っていないけど『対象を四分割する』能力で」
加えて、と笑えば、
「ササキさん!」
四分割された角材のうち、敵の側に放られていた縦に割られた部分が、
「くっ!」
勢いをつけて宙を滑り、ジェントル・ササキへ突っ込んできていた。
不意を突かれたこともあり、魔法使いは反応が遅れ、倒れ込むことでどうにか回避する。それでも飛び出た釘がスーツを引っかけ、引き裂いていく。
アスファルトに転がり、膝たちで見据え直す先、
「加えて『元に戻す』ところまでで一セットだ!」
背後に積み上げていた『四分割』にされた車両のパーツ群を、ジャグリングのように投げつけてくるのだった。
※
ボンネットやドアといった薄く重い金属片は、勢いがつくだけで凶器である。
エンジンなどの重量物は、打撃し体力とバランスを奪っていく。
魔法で身体強化されているため、直撃でもかすり傷で済むのだが、変哲のないスーツはその限りではない。
割け、破け、露わになる肌は血に滲む。
四方から間断なく質量が迫る中で、しかし打破すべくササキは思考を凝らして、
……ダメだ、隙が無い!
正攻法の突破口が絶望的という結論を下す。
そうなれば、弾が尽きるまでの持久戦か。フリーになっているサイネリア・ファニーが動きたそうに身構えているけれど、コモンの低い彼女では、この暴威に身を投じるのは危険すぎる。
口端を笑みに持ち上げて覚悟を整えたところで、
『こちら指令室、静ヶ原・澪利です』
蜘蛛の糸を探していた『仲間』からの通信が届けられ、
『状況証拠と証言を得ました。残る一手は、物証だけです』
見つけ出した蜘蛛の糸を垂れおろしてくる。
『彼女の身に何が施されたのか、確かめる手は一つしかありません』
それは容易い事ではなく、
「ああ……! 任せてくれ……!」
けれど為さねばならないことなのだ。
勝ちや敗けを決するより、大切なことだから。
※
「遅刻してきたと思ったら、いったい、どういうつもりだ!」
指令室において高圧的に迫るのは、顎田支部の長であった。
「状況証拠やら証言やら……! 一体、なんの話だ!」
急いでいたため、持ったまま用いていたヘッドセットを被り直しながら、澪利は事もなげに迫る被疑者に振り返り、
「この支部に置ける……そうですね。言葉を選ばずに言えば、少女たちへの『虐待』の証明になります」
強い単語だ。
だからこそ、オペレーターたちの手は止まってざわめき、広い指令室に満ちる。
相対者は目を見開き、怒りを露わに。
「言って良い事と悪い事があるぞ、静ヶ原君……!」
「やって良い事と悪い事があることも、学ぶべきでしたね」
生来の冷たい眼差しで見据えると、たじろぐように支部長が下がり、それでも食い下がる。
「だが、証言というのは……」
「遅刻をしたのは、待機をしていた彼女の説得に時間がかかりまして。勇気をもって、教えてくれました。組合からの辱めについて」
声に合わせ、指令室のドアが開かれる。
そこに立つのは、不安げに俯く、作戦用衣装に身を包んだ一人の少女。
リーピング・ノウゼンハレンの怯え、しかし立ち向かう姿だった。
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