2:その身を固く

 山皇地区は、駅前から連続する繁華街に接続された、官公庁の集中するビジネススポットである。

 県庁所在地であることが街の規模拡大に拍車をかけており、市庁の他に県庁、県議会場、県警本部、裁判所などを取り巻く関係企業がひしめく、顎田市の昼の顔となる地区だ。

 転じて退勤時間を迎える夜はといえば、家路についた職員たちを誘わんと、当然のように暖簾やら提灯やらが軒を連ねる。

 特に週末となれば、市内最大の繁華街に繋がることもあり、人足は多い。

 なればこそ、

「あっはははは! 相方はもう動けないみたいだぞ! 逃げなくていいのかい!」

 耳目を集めることが最大の職務である『悪の秘密結社』たちは蠢動し、

「起きて! 起きてください! 私ひとりじゃあ……!」

 彼らを押しとどめるべく『魔法少女』と『魔法使い』は、熾烈な戦いの火中に身を投じているのだ。

 飲食店を内包する雑居ビルが連なる、地区の外れ側の繁華街。

 その路上で、魔法少女『リーピング・ノウゼンハレン』は倒れ呻く相棒の肩を抱き、迫る敵『ストライク・クローバー』からその身を庇う。

 リーピング・ノウゼンハレンは経歴一年目の、経験を相棒に頼る新人である。

 対して、ストライク・クローバーは元魔法少女組合に所属していた経歴があり、数倍の経験値の差がある相手だ。

 一人では到底太刀打ちできる相手ではなく、しかも、

「おい! クローバーちゃんだぞ! 今日も可愛いなあ、おい!」

「また新衣装じゃないか! 二十歳であのふわふわスカートとか……最高だな!」

「十代前半の心意気を忘れていないとか……痛可愛いよ!」

「危険思想者だ! 危険思想者が出たぞ! 架刑台を用意しろ!」

 酔っぱらった野次馬が解釈違いに殴り合いを始めるくらい、人気がある。主に、バリエーション豊かな可愛らしい衣装と、攻撃的な言動のギャップが原因であるらしい。

 そして最悪なことに、

「まあ、逃げようとしたって、絶対にあんたらを許したりなんかしないんだけどね!」

 離脱した組合に対してどうしてか大きな憎しみを抱いており、

「私の体をこんな風にした、あいつらを恨むんだね!」

 獲物を狙う様な前傾姿勢で、敵意を剥き出しにしているのだ。

      ※


 彼女と交戦し、勝利しても被害甚大、敗北したなら長期離脱が免れない負傷を免れない。

 幸い、数多の秘密結社が乱立する顎田市において、ストライク・クローバーと接敵する確率は極小だ。

 が、互いに敵対関係にある中であるからゼロではなく、現に相棒はこうして地に伏している状況。

 敵は、舌なめずりでもするようにゆっくりと手を伸ばしてくるから、

「足は可哀そうだから、腕の一本も貰っておくよ。そうすりゃ、あんな腐れ組織に振り回されないですむさ!」

「ひっ……!」

 息を呑み、身を強張らせてしまう。

 どうして、と理不尽への問いかけをしてしまう。答えなんて返りようもないのに、それでも理由を、言い訳を、責任の転嫁の先を探してしまう。

 矢継ぎ早に閃く、スカウトからこれまでの実績やら思い出が、

「さあ、一瞬さ!」

「……誰か……!」

 まるで意味をなさずに、暴力の奔流が迫りくる。

 このちっぽけな自分は、身動きしない相方を抱く力を強め、助けを求めることしかできない。

 だが、

『リーピング・ノウゼンハレン、相手と距離を保って』

「え?」

 無力な呼びかけに、応える声があった。

 立ち行かないこの身を、庇わんと影が現れた。

 少女の目には、眼前に立ち塞がるスーツを着込んだ大きな後姿。

 厳めしくもなく示威効果も低そうな出で立ちであるが、

「き……貴様、何者だ……!」

 あの恐ろしいストライク・クローバーがたじろいで距離を取り、群衆までも静まり返っていた。

 これが、威風であろうか。

 背に庇われた自分にはよくわからないが、雰囲気を察するに相当の圧を放っているのだろう。

 一体何者なのかという疑問に、救世主は、その威圧感とは裏腹な優しい声音で味方であり援軍であることを教えてくれる。

「間に合ってよかった。無事かな? 相方は……気を失っているだけだね?」

「は、はい……! あの、あなたは……?」

 問えば、彼は眩しい街灯に照らされながら振り返り、

「ジェントル・ササキ……新人の魔法使いさ」

 その風貌が、露わとされた。

 色の濃いパンストを顔面へ粗暴を隠しきれぬように乱雑に巻き付け、ところどころ威圧するように肉が溢れて地肌が覗いていた。手に構える獲物は、マネキンの右手と左足という、脳が理解を拒む代物。どうして握手の形で握りしめているのだろうか。

 パンストにはち切れんばかりの嗚咽をこぼさせながら、怪人は嗤う。

「君を、助けに来たんだ」

 リーピング・ノウゼンハレンは身を固くする。

 おそらくは、短い人生で一番の強張りであったと、後日供述するくらいに。

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