第一章:新天地に溢れる闇はいずれを隠すか

1:危急に迫る救いの魔の手

 決断には必ず、峻別が付き従う。

 そして、決断を下した道程を振り返ったなら、峻別されたあれやこれやが無数に乱雑に、さもすれば積載されたスクラップの如く互いに噛みあって抜き取るのも難しい、複雑怪奇な堆積となってそびえている。

 佐々木・彰示ささき・しょうじが本所市外から飛び出し、隣町の群衆目下に魔法少女を組み伏せ衣服を剥ぎ取ろうとしている事態にも、当然、決断があった。

 そして例に洩れず、乱雑に、どこまでも入り組んでいる。

 膨大な事象の中で、ひとまず、直接的な起因となったものとなれば、

「茨山方面でヴァリアス・ペタルが奇襲! 形勢不利、援軍が要請されています!」

「広表地区からライトニング・スパロウ組が離脱! 負傷のため帰投申請! 許可を!」

「駅前広場で秘密結社の撤退を確認! 指示をお願いします!」

 県庁所在地、顎田あぎた市における『秘密結社』の活発化であろう。

 都市規模で言えば本所市の倍にあたる当該市は、本拠を構える悪の秘密結社の数が多い。彼らの活動自体、時に世界征服を嘯き、時に頭領と呼ばれる代表の欲望を満たすが為に蠢動してはいても、結局は経済活動の延長線上に存在するものだ。なので、一般企業と同じく経済規模の大きな拠点に集まるのは、資本主義力学の摂理と言える。

 その分、対応すべき特殊自警活動互助組合、通称『特活組合』、俗称『魔法少女組合』の負担は大きく、

「ええい、どこもかしこも! 週末になるとどこからともなく湧きおって!」

 顎田支部長の苦労も、比例するところだ。

 十人のオペレーターが並列での作業を可能とする広々とした指令室は、数多のモニターと地区毎の現況を映しだす巨大スクリーンで壁を隠している。支部長はそれらを睨みつけながら、逐次に戦力分配を指示するのだが、

山皇さんのう地区にて、リーピング・ノウゼンハレン組が半壊! 同行している魔法使いが行動不能です!」

 次々に決済を待つ事案が積み重なり、減る気配を見せない。

 指導者たちが歯噛みするも当然だ。

 拡大する秘密結社に対し、こちらの戦力拡充には大きな枷があるのだから。

 魔法少女と呼称する『若年層の処女から一握りの才能持ち』と、魔法使いと呼称する『三十歳以上の童貞から一握りの才能持ち』だけがスカウト対象足りえる、歪な現状に、彼我戦力は開く一方なのが現実なのだ。

「くそ! 本所市からの援軍はまだ到着しないのか! もう七時を回っているぞ! これだから田舎者は!」

 土日は人出が増えるため、当然結社側も活動が活発になる。戦力に欠員が出たために、活動組織が一つだけの隣接市に戦力の貸し出しを要請したのだが、すでに一時間の遅刻だ。

 苛立ちと次の手段をないまぜに、頭を巡らせていると、背後のドアが開かれた。

 自分含め、余裕のある数人が視線を集めれば、

「失礼します」

 少女と見紛うほど小柄な、凛とした寒々しい美貌を備えた事務員服の女性が、表情の乏しい瞳でこちらを見据えており、

「本所支部より援軍として参りしました、静ヶ原・澪利しずがはら・れいりです」

 どうしてか、封の開いたワンカップを傾け、口端から雫をこぼしているのだった。


      ※


 本所支部の事務員である静ヶ原・澪利は、元魔法少女である。

 かつてトィンクル・スピカとして、圧倒的かつ華麗美麗な戦闘スタイルと無口でクールな立ち振る舞いで、少女らの憧憬と、一部のお友達の『前屈み』を思うがままにしてきた。

 が、引退して事務職について二十六歳になっても無口クールが治らないままだと、世の中に言わせると『コミュ障』であり、

 ……初対面の偉い人とか、シラフでは無理ですよ!

 つまり、手中の小瓶は『おくすり』だ。

「同行の予定にあった魔法使いと魔法少女は、こちらに向かう際に戦闘を確認、現場に留まって、指示を待つ状況にあります」

「……いや、その前にアルコールは……」

「この『おくすり』が何か?」

 効きが悪くなってきたのでカバンから『追加投薬分』を取り出せば、こちらに注意を払っていなかった残りのオペレーターも目を剥いて視線を集めてきており、

 ……この注目度は……期待の表れですね。

 であれば、悪い気はしない。

 彼女らの想いに応えるべく、どうしてか静まり返った指令室を横切り、空いているデスクに歩み寄って荷物を広げていく。

 そんな忙しい背中へ向けて、顎田支部長が低い声をかけてきた。

「魔法少女と魔法使いは現場か! ここは顎田市、君らのような平和な田舎町とは、敵対組織の数も質も段違いだ!」

 つまるところ、何が言いたいものかと耳を傾けていれば、

「実力を見るまでは、交戦は許可できん!」

 頭の固いことをのたまうのであった。


      ※


 初手飲酒でエントリーしてきた、かつて全国区を彩った元無口クール美少女に、顎田支部長は、

 ……素行への深入りはやめておこう。

 だって闇が深そうだもの。

 だから、実務面でのコンセンサス共有に逃避したのだが、

「派遣されたコンビは、高い実績と戦力を有しています。市外での戦闘は初になりますが、十分な活躍を望めると思いますが」

 インカムを装着し、パソコンにLANケーブルをねじ込んで、着実に仕事の態勢を整えていく援軍は、けれどこちらの不安に否定の言葉をぶつける。

 自信と信頼の表れか。

 けれども、直前まで調整が行われ、本所支部の長が苦い顔で承諾を下した戦力である。こちらとしては名前も知らされていないし、先方の反応から疑いを抱えるに足るのだ。

「当支部の週末における負傷率は五割を越えている! それほどに戦闘は苛烈であり、ぬくぬくとした地方とは実情が違うんだ!」

「では、どうしろと?」

「事務所に顔を出させろ! 少なくとも、書面へのサインが無い限り、交戦は認められないことになっている!」

 保険の適用、負傷の自己責任への同意などなど、危険な仕事へ従事するにあたって必要な手続きである。

 これらへの同意書にサインが無いかぎり、組織の戦力としてカウントはできない。

 つまり、現場に待機する魔法少女らは、このままでは秘密結社の脅威に対して己の力を発揮する合法性を持つことができず、危険に晒されることになる。

「悪いことは言わん。来る途中ということは近場、山皇地区の戦闘だろう。急いで事務所に向かわせたまえ。道すがらだ、衣装の準備も整っていないだろうに」

 手続きさえ済めば、物資も情報も潤沢なバックアップを与えられるのだ。

 だから、僅かな時間を惜しんで危険を大きくする愚策は避けるべきだと伝えるのだが、

「了解しました。通信確立、聞こえますか?」

『静ヶ原さんですか? ええ、良好です』

 あしらうかのような軽い言葉で、状況が進められていく。

 オープンな通信で聞こえてきた青年の声は、強張り、焦燥が強い。

『状況はどうなっています? 現場は魔法使いがやられて、魔法少女が一人で立ち向かっていますが……劣勢です』

 歯噛みするような言い草に、自身の焦りを隠すように目頭を揉みながら、忠告を伝える。

「こちら、顎田支部長の咲内さきうちだ。本所支部からの援軍で間違いないね?」

『はい、よろしくお願いします。私は……』

「挨拶は事務所で頼む。その現場はすでに敗北で撤収を命じてあり、なにより君たちには当該地区での交戦許可が出ていない。速やかに離脱し、事務所で準備を整えたまえ」

『しかし、彼女たちは自力での脱出は難しいようですが』

「それも含めて、魔法少女の仕事だ」

 なんとも甘い。やはり、談合めいた作戦に従事する地方の魔法使いはこの程度であるか、と吐息をこぼしてしまう。

 十全な戦力が欲しいところであったが、猫の手も借りたい激戦の最中だ、贅沢も言っていられない。

「恨みますよ、本所支部長さん……」

 どうしようもない恨み言を、誰にも聞かれないようではあるがと小さくこぼしてしまう。

 とはいえ、動かせる戦力が手に入った。次の一手を、と頭を回せば、

「条件は以上です。撃退は可能ですか?」

 本所市から派遣されてきた事務員が、不審な問いかけを無線の向こうにかける。

 何を、と思い顔を上げれば、

『難しいですが、手はあります』

「撃退だと⁉ 交戦は許さんと言ったばかりだぞ!」

『ええ。条件を違えるつもりはありませんよ』

「だったら!」

『だからと言って、目の前の負傷者を見捨てるつもりもない! 俺は、守るためと言われたから魔法使いになったんだ!』

 浴びせられたのは、激情だった。


      ※


 心地の良い激情。

 青い、と言ってしまえばそれまでの、踏まれていない芝生の如く。

 日々に忙殺されてきた自分の胸を、強く打つに足る言葉。

 だからこそ、

「交戦は認められない。速やかに帰投し、装備を整えた後で救助に向かいたまえ」

 傷つき、折れることが惜しい。

 けれど、信念を強く叫んでいる姿も知らない彼はきっと、

『ええ。敵を排除したのち、彼女たちと共に』

 ああ、曲がりはしないだろう。

 予期していた答えに、残念だが胸のすく思いを抱え、事務員に訊ねる。

「彼の名前は?」

「作戦名は『ジェントル・ササキ』。本所支部が全幅の信頼を置く、新鋭の魔法使いです」

「全幅……なるほど、あの大瀑叉だいばくさ組合長が嫌な顔をしたわけだ」

 戦力も、言う通り十分であり、その流出を恐れての難渋だったということか。

 意識にこびりついたもやを洗い流された様な心境で、俯いたままで思わず口端が持ち上がる。

 湧きあがるのは、期待だ。

「無線通信から位置特定! ドローンからの映像来ます!」

 当支部のオペレーターの声に続いて、ざわめきがあがる。

 きっと、画面には件の魔法使いが映しだされているのだろう。

 であれば己も、その益荒男を確かめたいと思うのは当然。顔を上げ、目を開けば、一般的なスーツに身を包み、

『任せてください。装備も整ったから、うまくいきますよ』

 黒色のパンストを顔面に巻きつけ、両手にマネキンの右手と左足を握り構えた、雄々しいまでの猟奇事件犯の姿であった。

 直後に、精神耐性の低い女性スタッフたちがひきつけを起こし、澪利が気付としておくすりを投与していく事態となってしまい、

「恨みますよ、本所支部長さん……」

 心の底から、恨み節を呟くのだった。

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