3:大人は見せるべき誠意を持ち合わせておく必要がある

 静ヶ原・澪利の態度には、明らかな不審があった。

 本能が先走った『ルール無用のバーリトゥード戦法』な言動は十分に不審であったが、問題は表に出ていたものではなく、隠そうとしていた部分である。

 同い年であり、同級生であり、昔から知っているということ。

 言葉だけ聞けば当たり障りなく、おそらくは嘘でもない。

 だから彰示は『隠している』のだろうと考えていた。

 内容も理由もさっぱりではあるが、確信と言っていいほどに、元無口クール系美少女の上がり下がりの乏しい表情へ違和感を覚えたのだ。

 そんな不快な引っ掛かりを正すために、

「幾つか聞きたいことがあるんです、組合長」

 休日の昼日中、暇をしている後輩の喫茶店へ巨漢の組織代表を呼び出して、

「頭領、にではなくてか。まあ、わかる範疇では誠意を見せるさ」

 大振りな造形の右手で優雅にカップを摘まむ姿に感心しながら、首を縦に振ると、

「ありがとうございます。まず、初めになんですが」

 なんだい、という穏やかでおおらかな微笑みに安心を抱きながら、懸念の内の上から二番目を問いかけることにした。

「組合長との待ち合わせのはずなのに、なぜ綾冶さんが同行しているんです?」

「すまんね。たまたま、電話しているところを見られてしまったんだ」

「なるほど。それでは次に」

 こちらが本命で、最大となる懸念。

「綾冶さんはどうして、ここの名物のオムライスを目一杯に頬張っては、口の周りをデミグラスソースまみれにして、こちらを見ているんですか?」

「言っただろう。誠意を見せられるのは、わかる範疇までだよ」

 言葉とは裏腹に、ひどく誠意を見せてもらった気がしないでもなかった彰示だった。


      ※


「だ、だって静ヶ原さんが『ピザソースによる高難度作戦』に成功したって自慢してきたから、私も……!」

 あのちっちゃい人が何を以て成功と言い張っているのかは不明であるが、蒸しおしぼりで汚れを拭ってやると、なんだか満足げにオムライスの残りに取り掛かったので、成功だったのだろう。ちょいちょい、口元を汚しながらこちらをチラチラしてはいるが。

 ひとまず、状況が落ち着いたところで、呼び出した相手に向きなおり、

「本所中央署の新指・志鶴という刑事さんのことです」

 ふむ、とだけ声を返して、またコーヒーを一口。

 実のところ、澪利が隠したがる『それ』は、組合の意向である可能性も考えており、探りをいれる目的もある。

 目論見はしかし失敗で、眼力が、老人の持つ分厚い『経験値』を突き破ることはできなかった。

 探るためのジャブが捌かれたのなら、本題をこなす必要がある。

「御存知ですよね。こちらも、静ヶ原さんから聞いていますし」

「ああ。彼女が来てから、時折、君のように連行されるようになった。もちろん、彼女の独断で、さらには組合から外れた君と違って任意同行だがね」

「そのあたりが、最後の一線なんでしょうかね」

 今後の対応について、組合側とコンセンサスを取らなければならないのだ。

 目の前の『特殊自警活動互助組合本所支部』の長は、同時に『悪の秘密結社』テイルケイプの頭領にあたる。

 本来なら意思統合を行う必要はないのだが、

「今日のことは、桃子くんはなんと?」

「伝えていません。少し話をしたところ、彼女が目の敵にしているのは魔法使い……つまり、そちらの他には自分だけだったので」

 本音は、組合が何かを隠しているとしたなら、テイルケイプ側の立ち合いは口を重くするだけと判断したからだが、今となっては明かす必要もない。

「現状、自分が出向していることからわかるように、テイルケイプの活動は人手不足という理由で大きく制限されています」

「さらに警察による掣肘が入るとなると、いま以上に足が重くなるのは間違いないな」

 どんな理由だとしても、いずれ解放されるものだとしても。

 拘束される時間が発生し、人手が割かれてしまうのだから。

「目下として件の新指刑事だけで、他の方は好意的です。彼女のことをご存じであれば、知恵を貸していただければ、と思いまして」

 難しいね、とだけ言って、カップに口を付ける。

 それにならってこちらも冷めてしまったコーヒーを楽しむことにしたが、続く言葉は現れず、しばらく文のスプーンが皿を撫でる固い音だけ響く。

 即効性のある解決策を互いに持ち合わせていないことがわかると、淀む流れをかき混ぜるよう、いったん話題を変えることにして、

「そういえば、留守の間の成果はどうだったんです? テラコッタ・レディから、勧誘と出向願い廻りをしていると聞いていますけど」

「はは。上手くいったなら、わざわざ君を手放して綾冶君の不興を買うような真似はせんよ」

「え? 佐々木さんの出向は、組合長のせいだったんです……?」

 真顔でスプーンが止まったから、間髪入れずに蒸しおしぼりで口元を拭ってやれば、

「あ、はい、私はすごく大丈夫ですよ? 私たちの『居場所』を守るために、佐々木さんは出向したんですものね」

 満足そうに、お皿に向き直っていった。

 張り詰めていた組合長が、ゆっくりと肩を落としていく様を眺めながら、牽制を放つ。

「本所市だけ、やけに暇なんですね」

「正確じゃないな。周辺が、やけに忙しいんだ。現に、テイルケイプは人手不足で喘いでいるだろう?」

 地元の秘密結社に卸される公的機関からの依頼量も落ちているわけじゃあない、と声をひそめる巨漢に、彰示は眉を難しく寄せざるをえない。

 今の説明は、最高幹部であるテラコッタ・レディこと大村・桃子から聞いたものと同じだ。上層部に意見の相違がないという状況であるのなら、客観的にも『窮している』に違いなく、つまり状況は悪い。

「そうなると、いずれにしろ彼女……新指さんをどうにかしないといけませんね」

 話が振り出しに戻る。

 組合長からは言葉はなく、つまり組織としては手詰まりであり、

「わかりました。ちょっと、プライベートで接触してみます」

「大丈夫かね」

「解決の方策がどこを向くにしろ、今はとにかく糸口が欲しいですからね」

 ひとまず、手持ちの材料での落としどころである。残念なのは、持ち込んだ時の状況から動いていないということで、しかし、確かめることができたことも多いから、良しとしておくことにする。

「あ」

 息をついたところで、突然、オムライスに夢中だった女子高生が鈍い驚きの声を上げたから、慌てて目をやると、

「こぼしちゃいました……」

 肩の下に広がる『大陸棚』の中央付近が、わずかだが、主張の激しいソースに染められてしまっていた。

 不自然な食べ方をしていたのだから自業自得だ、と苦笑しておしぼりに手をかけたところで、

「あー、センパイ。日曜の真っ昼間から人の店で『プレイ』とかぶっちぎってますね、主に常識が」

 カウンターの奥で『調理用』の刃物が輝くから、そっと手渡すにとどめた。

 まだ三十歳。『いろいろ』と失くすには惜しい物は多いのだから。

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