第五章:私たちは『立派』になれるだろうか

1:確かめておくべきこと

『マレビト』

 日本国内における『異世界からの来訪者』の総称となる。

 日本のみならず『彼ら』は世界中で目撃、接触されている。国によって『異人』『来訪者』『悪魔』『貴賓』など、呼び方は様々ではあるが。

 その存在は、人の記録とともにあると言っていい。日本においては古く奈良時代の文書に散見され、時の政権に『対マレビト機関』を設立させるほどの脅威であったようだ。

 どこからともなく現われる『この世ならざる者』たち。

 しかし、その全てが敵対的であるわけでなく、また、姿形や目的が大きく違うことからも『この世ならざる』領域が多岐にわたることは当初から判明していた事実だ。

 今回、本所市内において確認されたのは『敵性マレビト』である。

 彼ら自身の言葉を借りて『海の世界』と呼称される、陸という陸が海に呑まれた、艦隊を国家とする異世界。

 資源の乏しい海洋上を寄り添ってさまよう彼らは、減少する人口を食い止めるため、ありあわせの鋼材で肉体を再構成して長命化を図っている。

 終わりへ向かう海洋世界。

 彼らの願いは『終わりを打ち破る』こと。

 そのために異世界に乗りつけてくる。ライフル弾程度では傷も付かない、超硬度の肉体を疾駆させて。

 世界大戦後に限っても、全世界で百を越える交戦記録が残るほど好戦的な存在だ。

  そんな彼らを撃退してきたのが『魔法を使える者たち』であり、戦後日本国内においては、軍事組織として解体された特殊部隊と置き換えられた、「特殊自警活動互助組合」なのである。



      ※

「それこそが『魔法使い』と『魔法少女』の本当の在り方だ」

 夜風に吹かれながら組合長は、さも簡単な口振りで事実を教えてくれた。

 くわえた煙草に火を灯せば、星空へ白く溶かす。

 組合の屋上は、喫煙者たちの憩いの場となっており、ベンチが三つ並んでいる。

 その一つに腰かけた彰示は、缶コーヒーをもてあそびながら、対面の組合長を問い詰める眼で見つめていた。

「マレビトの情報を先に示さなかった意図は?」

「……傷は、いいのかい?」

 現状、胸骨の一部が砕けて、内臓のどこかが損傷しているはずだ。吐血と傷の痛みがその証拠であるが、魔法使いは首を横に振って話の続きを促す。

「歩くと響く程度ですから。後回しです。まずは現状を把握したい」

 そうか、と組合長はまた一息。

「マレビトは、一般の人には開示されていない情報だ。組合内でも秘匿レベルが高い。

 魔法使いも魔法少女も、長い実務の後に適正な人間にのみ開示している。君たちが組合を抜けて実生活に戻ったとき、重荷になる情報だからね」

「……なるほど。だとすると、ベテランに属する綾冶さんが知らないのは……」

「おそらく今年で引退だ。組合職員となるなら開示するつもりだったんだが……」

「確かに、受験勉強もしていますし、その気配はなさそうですね」

「まあ……我々の怠慢もあるんだがね」

 マレビトの出現は、日本国で見ても三年、県で七年、本所市に限れば三十年ぶりとなる。

「奴らの出現には、必ず前兆がある。今回の『海の世界』は、侵攻前に必ず偵察兵を派遣してくるように。まあ、それからでも遅くないだろう、と見積もっていたわけだ」

 正直、危機管理が甘いと言っていい。

 しかし、三十年も再発がなければ、予防より実利を優先してしまうのもわかってしまう。

 誰が悪いともいえないから、新人魔法使いは無意味な弾劾よりも優先すべきことがある。

「それで、どう対抗します?」

「相手の出方、戦力がわからんからな。過去の記録を精査するところからだ」

「飽和戦術を取られたら、対抗できませんよ。他地域の組合に、増援は頼めませんか?」

「いつ出現するかもわからない大軍に備えるには、うちの予算では厳しいよ……言いたいことはわかっている。だから、記録を当たるんだ」

 時間をくれ、と組合長が苦く言葉をこぼすから、彰示もわかりました、と返すしかない。

「俺も、できる限りの準備をしておきます。まずは……」

 戦術に、装備に、できること、できないこと。

 そして、マレビトとの戦闘中に感じた、組合長が隠している『秘密結社の何か』について。

 が、そんな思考の脈絡をぶつ切るように、屋内につながるスチールドアが叩き開けられた。

「ダーリン! あやや! ダーリン、いたわよ!」

「こんなとこにいたんですか! あんな怪我で、急に姿を消すなんて……!」

 息を急く少女が二人、心配やら怒りやらを眉根に込めて飛び込んできた。

 組合長が強張っていた頬を緩めると、

「まずは治療だな」

「ですね。それが終わったら……澪利さんも残っていますよね? 三人を送って、そのまま帰ります。組合長は、これから記録に当たるんでしょう?」

 頭を下げる組合長に、お構いなく、と立ちあがると、小走りで迎えに近づいていく。 

 組合長から見えなくなった眼差しは、厳しく鋭く。

 歩くと響く、傷の痛みも忘れてしまうほどに。


      ※

「テイルケイプについて、ですか?」

 首尾よく助手席を確保した澪利は、運転席からの疑問を捉えかねていた。

「地方都市に根付く老舗の秘密結社、といういわばテンプレートな組織ですが……」

「幹部の数が足りなくて他から借りてるのも、まあテンプレートよね。私たちもそうだし」

 シートの間から、件の組織に所属する悪の魔法少女が顔を覗かせてきた。

 さすがはアイドルで、目の当たりにするとオーラが違う。十以上も年が離れているが、胸から腰にかけての肉付きは自分よりも良くて、年齢を考えれば成長も望めるから、

「な、なんでこの人、こっちを見ながら無表情のままワンカップを一気呑みしてるの!?」

「MEGUさん、刺激しちゃダメです! あ、ちょっと胸がつっかかって……!」

「ひい! ノータイムで二本目の封が開いたわ! ダーリン、怖い!」

 結果『お薬』は三本必要だった。


      ※

「それで、静ヶ原さんもテイルケイプについては、俺と同じ程度の知識しかない、と?」

「佐々木さんが求めるものは、私も知り得ません」

「そういうことなら、MEGUさんは何か知りません? 幹部なんでしょ?」

「うーん、ダーリンに協力したいところなんだけど……正直なところ外様だし、テイルケイプ頭領の顔も見たことがない程度だからねぇ……」

「頭領? 組織の代表のことかい?」

「古いとこだと、だいたい組織名と代表名が一緒で紛らわしいから、そう呼ぶのが慣例なの。

 で、その頭領だけど、幹部会議には一度も出たことないし、実務はテラコッタ姐さんが全部仕切ってるから……顔を知ってるのも、多分姐さんだけ……ダーリン?」

 アイドルの訝しげな声につられて、澪利も魔法使いの顔を覗きこむと、その表情は眉をしかめて行く先を睨みつけている。

 どうしたのか、と問いかけることを躊躇うほど、攻撃性が浮かぶ。

「問題は三つ」

 沈黙がおりた車内に、彰示が静かに声を放つ。

「組合と秘密結社の『本当』の関係性。秘密結社の『マレビト』に対するスタンス。そしてテイルケイプが持つ装備の性能」

 なるほど、と澪利は息をつく。

 この新人魔法使いは、直近の脅威である『敵性マレビト』に対して、テイルケイプの協力を取り付けられるかを考えていたのだ。

 地方都市においてすぐさま出動のできる人員は限られており、他地域から応援を呼ぶにしても『時間、経費、場所』などの問題がある。

 ゆえに、本所市内に常駐する戦力として、地元に根付く秘密結社に目を付けたのだろう。

 理に適ってはいるが、こちらの幹部連中を説き伏せる必要があり、それを踏まえて先方との交渉となる。新人一人には、たやすいことではない。

「可能なのですか? 佐々木さんの権限では難しいのでは」

「ちょ……あやや、ダーリンたち、何の話してるの……?」

「いや、あの、私もちょっと……」

 小娘二人が後ろで相談をしているが、まあ、そのままアホ面で胸を揺らしていればいい。

 胸中はともかく、無口クールムーブで彰示に向きなおると、

「方法はありますし、先のことを考えると成功させないといけません」

 彼は頼もしくも言いきってみせ、同時、車をゆるゆると路肩へ停車させた。

「それに、やり方は万が一にも漏らしたくない」

 当然だ。テイルケイプ側からのみならず、組合からも横槍が入るのは目に見えている。

 澪利は、彼の言いたいことがなんとなくわかっているし、直後の問いかけに『YES』以外の答えなど持ち合わせていないことも分かっている。

「三人とも、何も言わず、明日の夕方の時間を俺に預けてくれませんか」

 私情だけでなく、街を守る『組合員』としても『NO』などとは言えないのだ。

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