5:混沌の渦中に呼び寄せられる

 相棒が、激しくコンクリート柱に叩きつけられ床に伏せる。

「ダーリン!」

 状況が予想の外を大回りしてしまって、サイネリア・ファニーは頭が真っ白に。

 MEGUの悲鳴で、ようやく『敵』が動き出していることに気づくほど。

『お前たちもあいつ、ジェントル・ササキの仲間なのか?』

「仲間じゃないわ! 未来の夫婦よ!」

『? 関係はあるが、一般人ということか?』

「関係!? そうよ! 今から『関係』を持つの! あと、私はアイドルよ!」

『ちょっと何を言っているのか……すまんな。どうも翻訳機の調子が悪いようだ』

 ……疑うのは、彼女の頭だと思うんですよね。

 とにかく、ササキは戦うことを選択した。ならば、相棒である自分も同じ。

 ……怖いですけど。

 高いコモンを有する彼を腕一本で弾き飛ばせる力だ。能力の劣る自分では、どうなるか。

 それでも、魔法少女としての義務はある。

「このサイネリア・ファニー! 街の平和を脅かす者を許しません!」

『サイネリア・ファニー。そちらはジェントル・ササキの仲間と認識する』

 重ね合わさる金属板を、がちがちと鳴らしながらバイル中尉が頷いてみせる。

『女子供に矛を向けるのは嫌なんだが、一般人でないのなら交戦規定には背かない』

 歩みは止まらない。

「危ないわよ、サイネリア・ファニー!」

 わかっている。だけど、ササキのおかげで膨らますことのできた自信を手放したくなんかない。また、自分のことを嫌になんかなりたくないのだ。

 ……せめて、あの人が回復するまでの時間を稼がないと。

 スタンバトンを構えて腰を落とせば、

『その構え……素人か?』

「え?」

 次の瞬間、鉄の手がバトンを握りつぶしていた。

 ……いつの間に!?

 ササキを弾き飛ばしたときは遠目だったが、この距離であの速度だと本当に見えない。

「うそ……」

『ここは訓練していない戦闘員を戦場に送るのか? 勘弁してくれ』

 機械音声は呆れと不快を明らかにして、肩を落とすと、

『腕と足を折る。恨んでくれて構わないからな』

 害意を込めて伸びる腕が、怖い。怖くて、震える。

「ひっ……!」

『すまんな』

 冷たい指先が二の腕に触れ、

「下がれ、サイネリア・ファニー!」

『ぐっ!』

 同時、投げつけられた鉄パイプが鉄の頭に直撃した。

『ジェントル・ササキ! 貴様……!』

 甲高い金属の悲鳴が上がり、中尉はよろめくように後退。声には激怒がこもる。

 ……助かりました!

 詰めていた息が、嫌な汗と一緒に吹き出す。

「ササキさん、ありがとうございます!」

 礼を言いながら振り返れば、ダメージなど無いかのように元気な相棒の姿を確認。

 同時、バイル中尉の激怒の理由がわかった。

「俺は、中尉が能力と士気の充分な軍人だと判断した。まっとうにやっては勝てない。

 だから、あらゆる手を尽くす! この街の平和を守るために!」

 覇気に満ちたジェントル・ササキが、羽交い絞めにした野次馬を盾にしながら、なんだかキレイなことを叫んでいたのだ。


      ※

「組合長、これが組合のスタンスで大丈夫なんですね? 危険はないんですね?」


      ※

『き、汚いぞ、ジェントル。ササキ!』

 敵が相棒を非難すると、

「そうだそうだ! 汚いぞ、ジェントル・ササキ!」

「それでも人間か! この童貞!」

「なんだバカ野郎! 童貞で何が悪いんだ! 言ってみろ、おいこら!」

 尻馬に乗った野次馬たちが、アイデンティティを賭けて殴り合いを始めた。

 未知の存在を目の前にして、普段と変わらない彼らの様子に、呆れ、感心する。

 あとは、

「ダーリン、カッコヨすぎるうぅぅ! あいつ、ビビってるわよ!」

 体をクネクネさせている、頭のおかしい中学生も相変わらず。

 騒がしい繁華街は、サイネリア・ファニーの贔屓眼に見ても、

『なんだ、この街は……! 狂っているのか……!?』

 おおよそ『異世界の人』の感想が正しい。あと、ビビるのは仕方ないと思う。

 うろたえる鉄の人に、人質を抱えたジェントル・ササキがにじり寄る。

「投降しろ、バイル中尉! 今なら……」

 ちらりとMEGUを見て、

「尋問は水責めに限るように進言できる! これは慈悲だ!」

『こ、こちらの軍では、戦争捕虜の虐待が認められているのか!?』

「ふざけるな! そんな恥ずかしいことが認められてたまるか!」

『お前は何を言っているんだ!』

「勘違いしているのは中尉の方だろう!」

『なんだと!?』

「俺は軍人じゃない! 俺を縛るのは、組合規約だけだ!」

 野次馬たちがひそひそと、

「おいおい、組合規約に『狂人禁止』を盛り込んどけよ」

「大半の魔法使いが禁止になるじゃねぇか。やっぱ、三十路の童貞は頭おかしいって」

「なんだバカ野郎! 童貞で何が悪いんだ! 言ってみろ、おいこら!」

 アイデンティティを賭けた殴り合いが、いま再び。

 再開された騒ぎに、中尉の視線がわずかだが揺れた。慣れていない証拠だ。

 しかし、相対するやべー奴はそれを見咎める。

 人質を相手に死角を作り出すように蹴り出すと、身を低く疾駆。

『くそ! 本物のろくでなしだな、貴様は!』

「なんとでも言え! 街の平和を守るためなら、何だってやってやる!」

 転がっていた鉄パイプを拾い上げると、飛びかかる勢いのまま殴打。

 鉄の腕で防がれてしまうが、運動エネルギーを利用して、

『なんだと!』

 アスファルトに組み伏せる。

「今だ、サイネリア・ファニー!」


      ※

 ……ちょ、ちょっと待ってください『今だ』ってなんですか!?

 突然『ひどい有様だ』と眺めていた混沌の渦中が、こっちにこいと呼びつけている。

 もう嫌な予感しかしないが、こんなザマでも相棒だ。小走りに近寄れば、

「言ったはずだ! 水責めは慈悲だと!」

『き、貴様、何をする気だ! 彼女はただの素人ではないのか!?』

「サイネリア・ファニー! 君のギフトを見せてやれ!」

 ……は?

「覚悟しろ! 彼女は径や溝切りに関係なく、物体を狭い空間に回しながら出入できる!」

『なんだと!?』

「わかりました! 緩めていけばいいんですね!」

 なるほど。これで無力化できる。

 自分のギフトが役に立つということに喜びを覚え、鉄の人の膝元へとしゃがみ込む。

 が、ササキは首を横に振り、

「違う! 締める方向に回しながら抜くんだ! ネジ山を完全に破壊してやれ!」

 その発想に、正直ヒく。

「えぇ……」

「まじか……無力化じゃダメなんか……?」

「なんで壊すん? 意味分かんないんだけど」

 野次馬たちもヒいている。

「彼女のギフトってそんなヤバいの……? お、怒らせないようにしないと……!」

 どうしてMEGUさんはこっちにヒいているんですか……!?

『さ、サイネリア・ファニー……頼む、それだけは……ネジ山が砕かれてしまうと、我々の体は補修が効かないんだ……しかし、どうして彼はそれを知っている……?』

 いやあ、それは多分、そちらの事情とは関係なく『壊す』ことに目的があるんですよ。

「送り返された使者が無残なほど、強いメッセージを送ることができるだろう!」

 ほら。挙句、ロクでもない。

『さ、サイネリア・ファニー……頼む……』

「大丈夫です! いまこの場では、ササキさんが頭おかしいだけなので!」

「サイネリア・ファニー! 俺は頭おかしいのか!?」

「この人を、人間に置き換えて考えてみてください!」

「……君がそこまでいうなら、わかった。バラバラにするにとどめよう」

『ありがとう、サイネリア・ファニー! 君は女神だ! あと、ササキは殺す!』

「サイネリア・ファニー! やはり敵性存在だぞ! ネジ山を破壊するんだ!」

『彼女は女神だぞ! そんな野蛮なことを……あぁ、膝が抜けていくぅ……』

 このあと滅茶苦茶ボルトを抜いた。

 途中、錆付いて頭のもげてしまったボルトを抜いてあげて、感謝されたりしながら。


      ※

『いい気になるなよ『陸の世界』の人間たちよ』

 体のあちこちの金属板を剥がされ、四肢の一部も外された満身創痍の状態で、異界の中尉は満ちた怒りを発した。

『自分は、偵察兵の一人にすぎん。そして仕事は終えた』

 残された小脇に、外された金属板やボルトを詰めた麻袋を抱えて、

『近いうちに、我が艦隊の最強部隊が送りこまれる。覚悟しておけ』

 サイネリア・ファニーに肩を貸してもらいながら、自らアスファルトの面に展開した『光の門』に半身を突っ込んでいる。

『数は少ないが、精鋭ぞろいだ。ジェントル・ササキ、お前のやり口も報告する。同じ手は通じないぞ。あー、あとは、えーと……』

「言いたいことがないのなら、そろそろ戻ってはどうです?」

『まて! 言いたいことがあるんだ! 決して『サイネリア・ファニーは柔らかいからずっとこうしていたい』なんて……だめだ、サイネリア・ファニー! 押しこまないでくれ!』

 無表情で『門』のなかに中尉を沈めこんでいく彼女の姿に、野次馬たちは、

「強くなったな、サイネリア・ファニー……!」

「あの落ちこぼれが、こんなにも逞しくなって……!」

「腰周りとか胸周りもあんなに逞しくなって……!」

 真実を告げたおっさんに、青空裁判で『無罪だが有罪』の判決が下った。

『最後! 最後に確かめたい!』

 残るは顔だけとなった鉄の人が、

『サイネリア・ファニーは女神! あとジェントル・ササキは殺す!』

 女神の手によって、完全に姿を消した。

 青空裁判で中尉の『有罪だが無罪』判決が下るなか、

「それで、ダーリン。結局、何者だったの、いまの?」

「組合は『敵性マレビト』と言っていたけどね。正直、わからないな」

 状況の不明さを確かめると、

「……ササキさん? それ、血ですか?」

「ダーリン! 口から血が出てるわよ!」

「うん?」

 言われて口元を拭えば、確かに袖口が朱に染まる。

 意識すると同時、体も傷を認識したかのように、

「っぐ! がっ……は!」

 咳きこみ、血の塊が喉を這いでてアスファルトを塗りつけた。

 途端、意識が濁りはじめ、

「ちょ……ダーリン!」

「ササキさん!?」

 崩れるように膝をつけば、こらえきれず体が倒れてしまう。

 ……思っていた以上に、ダメージがあったんだな。

 魔法使いは冷静に、しかし戦慄する。

 偵察兵一人にこのザマなのだ。

 最強の精鋭部隊が相手であるのなら。

 呼びかける声に霞む瞳で見上げれば、本所市の町並み、心配げに覗きこむサイネリア・ファニーの濡れる眼差し。

 ジェントル・ササキは、切に思う。

 自分に、守りきれるのだろうか。

 彼女のことを。

 何より、この素晴らしい生まれ育った街のことを。

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